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紫色の獏  作者: 丸虫52
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第四章 運命の流れ ~『監査』~

第四章、始まりです。

 その日、あたしは学校で先生に呼び止められた。

 なんだろう? ここしばらくは波風も立てていないし、クラスメイト達とも円満にやっている。特に目立った事はやってないはずなのに……。

 訝りながら先生と向かい合った。

 先生は上機嫌だ。ますますわからない。問題は起こしていないけれど、喜ばせる事をした覚えもない。

「あなたは最近ずいぶんと落ち着いてきたようですね」

 先生はにこやかに笑いながら、次の瞬間とんでもない事を言った!

「これなら今日の『監査』が終われば、『要注者』の肩書も取れるでしょう」

 息が。止まるかと思った。

 ――『監査』。『要注者』に課せられた三カ月に一度の義務。――すっかり忘れていた!

 顔から血の気が引いていくのが分かった。

 先生が怪訝な顔をした。

「どうしました?」

「あ……はい、すっかり忘れていましたので……」

 硬直しきった顔の筋肉を無理やり動かして笑顔を作ると、何もない風を装って答えた。

「そうでしょう。本人が忘れるほどなら、きっと大丈夫ですよ」

「はい」

 声に力を込めて答えた。少しでも力を抜くと、声が震えてしまう。先生に疑問を持たせては、悟られてしまう。

 では、と言って先生は私の先に立って歩き始めた。あたしはその背中を睨んで、歯を食いしばって足を動かした。足は枷でも着けたように重く、動かすのはひどく骨がおれた。


 歩きながらあたしは〝獏〟の事を思った。

 〝獏〟――何も知らないでユニットにいるであろう〝獏〟。そこにセンターの局員が来る――見つかってしまう!

 ――逃げて!

 あたしは必死に〝獏〟に呼びかけた。

 ――逃げて、〝獏〟! そこから出て! お願い!

 あたしにテレパシー能力があればいいのに……! 無くても、今だけは届いてほしい――そう思いながら必死で念じた!

 ――〝獏〟! 逃げて! 《センター》の局員が来る! 逃げて!

 届いたかどうかわからない。でも届いていると信じたかった。

 ――早く、逃げて!

 逃げている、と信じたかった。〝獏〟から返事があるまで、あたしは呼びかけたかった。でも――――。


 目の前にある建物が近付いてきた。

 《心理センター》――あたしの『深層心理探査』をする所。

 『探査』の怖いところは、一切の隠し事が出来ないこと。心の奥の奥、自分が気付かない事でさえ、暴かれてしまう。当然の事ながらこのままでは〝獏〟の事がばれてしまう。

 騙せるか、騙せないか――自分の記憶の中から〝獏〟の事を消してしまわなければ! 自分で自分を騙してみる――いや、騙す!

 ――〝獏〟はいなかった。〝獏〟なんて知らない。

 あたしは必死に思い込もうとした。

 ――あたしはずっと独りだった。夜何処へも行かず、誰とも話さず、独りぼっちでいた。寂しかった。でも、独りだった……。

 見慣れたドアの前に立つ。

 ――独りぼっちでユニットにいた。変わったことなんてなかった。

 顔見知りと言っていいほどの、白衣の局員達。いつものように無言で頭を下げる。

 ――今までと同じ日々がずっとずっと続いていた。つまらない、寂しい日々。

 ベッドの上に仰向けになると、手際よく端子やケーブルが繋がれる。目だけ動かして、それを見る。

 ――寂しい日々。辛い日々。誰かに側にいてほしいと願った日々。 

 口にマスクを当てられる。麻酔ガスだ。

「深呼吸をして」

 白衣の一人が言う。

 指示に従うと、少しずつ頭の中に白い霧がかかる。誰かがカウントを取っている。

 頭の中の霧は次第に濃度を増し、やがて白から黒へ転じる。

 ――誰か側にいてほしいと、ずっと思っていた。……〝獏〟!

 その途端、意識がブラックアウトした――――。


          ***      ***


 音がした。――どこかで聞いた事がある。どこで?

 眼をあけると闇の中だった。まだ眼を閉じているのかと思って瞬きをした。でもやっぱり闇の中だった。

 頬に何かが触れた。手を当てると、手に触れていった。この感触は……そう、風だ。風が吹いている。じゃあここは、地上?

 視線を落とすと、足元で草が風に揺れてかさかさ音をたてている。音はこの音だったのだ。

 呼ばれた気がして、顔を上げた。

 闇の中に浮かび上がるように〝獏〟がいた。あたしは嬉しくて呼んで駆け寄った。

「よかった。心配したのよ、無事だったのね」

 〝獏〟は何も言わない。あたしとは反対にどこか哀しそうだった。

 急に嫌な予感がした。心臓が掴まれたように息苦しくなった。

「どうしたの?」

 問い掛ける声が思わず知らず震えた。〝獏〟は眼を伏せた。

「お別れを言いに来たんです」

 とっさに声が出なかった。

「……な……に、冗談……」

 ようやく出た声は、掠れて、震えて、はっきりした言葉になっていなかった。笑おうとした顔が引き攣っているのが自分で分かった。

「今までお世話になりました。いろいろ無理を言って引き摺り回してごめんなさい、ありがとう……そして、さようなら」

「いやよ!」

 あたし叫んでいた。

「いやよ、いやよ、いやよ! さよなら、だなんて! あんたとはこれからもずっと一緒にいるのよ! 一緒に散歩したり、話したり……いろいろやっていくのよ!」

 〝獏〟は何も言わない。身動きもしない。

「やっと、やっとあたしの事をて理解しくれるひと(人じゃないけど)ができたのに……独りだけ周りから浮いてる辛さを味わわなくて済むようになったのに……。また、独りになる。独りきりになっちゃう! 行かないでよ、どこにも行かないで!」

 〝獏〟は眼を上げて、あたしを見た。とても辛そうだった。

「ごめん……なさい」

 そう言うと、ゆっくり体の輪郭がぼやけ始めた。

「だめえぇ!」

 あたしは飛びついて、消えようとする〝獏〟を抱きしめた。けれどその腕は〝獏〟の体を通り抜けて空を掻いた。

 茫然としているあたしの頬を、ぺろりと〝獏〟が舐めた。そしてそれを最後に〝獏〟は消えてしまった――――。

タイトル付けは嫌いです。なかなか決まりません。面白みの無いサブタイトルですね、いい方法はないかなぁ……。

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