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紫色の獏  作者: 丸虫52
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第三章 地上への誘い ~地上の風景~

 あたしと〝獏〟は地面に並んで座って、黙って空を見上げた。

 満天の星―─それこそ手を伸ばせば届きそうなほど間近に星々が、輝いていた。

 周りには何もない。

 耳元を通り過ぎる風の音と、それに反応する草の音――やがてその音さえも感じられなくなり、体が浮き上がるような気がして、意識だけが空へ向かって飛び出した。真っ直ぐに進んでいくと周りは星の光だけになり、あたしはその中でゆらゆらと漂っているような気持ちになった。――宇宙空間て、こんな感じなんだろうか……?

「星座を知っていますか?」

 突然、〝獏〟があたしに尋ねた。

「一応は……。でもスライド学習でしょ、あれってまるっきり役に立たないわ。だって実際の星は線で繋がれてないんだもん。さっきから見てるけど、どれとどれを結べば形になるのか、さっぱりわかんない」

「そうでしょうね」

 〝獏〟が笑いながら言った。

「慣れないとまったくの点でしかないですからね。コツを教えてあげましょう。明るくて、目立つ星から手繰っていくんですよ」

 星は時間がたつにつれたくさん見えるようになってくるのだ、ということもわかった。

 あたしは上を向いたまま、瞬きも忘れて星を見つめた。隣では、〝獏〟が星座にまつわる神話を話している。

 ふいに、あたしの頭の中にある疑問が浮かんできた。あたしはそれを〝獏〟に訊ねた。

「ねえ、どうしてそんなにいろいろ知ってんの?」

「え?」

 空を見上げていた〝獏〟が、不意を衝かれたようにあたしのほうを見た。その慌て様にあたしのほうが驚いた。

「いろいろ知ってちゃ、おかしいですか?」

「いや、おかしくはないけど……」

「そうでしょう。あなただっていろいろ知ってるでしょう」

「でもさ、あたしとじゃ知ってる範囲が違うじゃない? どうして?」

「どうしてって……それは、あなたと私とではいろいろと違いますから」

「違うって、なにが?」

 〝獏〟がおたおたしている様子が珍しくて、あたしは調子に乗ったのだけど、

「全部ですよ。忘れたんですか? 私は空想上の産物なんですよ?」

「あ……」

 〝獏〟が呆れたように言った。どうもあたしは〝獏〟が普通じゃないという事を失念してしまう……らしい……。

 そこであたしはあることに気づいた。

「ちょっと待って、あんたが想像上の生き物であたしと違うって言うんなら、『地獄の入り口』のとこであんたが大丈夫だからって、あたしが大丈夫って言う保証はなかったんじゃない?」

「おや、ようやく気が付きましたか」

「なっ……!」

 しれっと、〝獏〟があたしの考えを認めた。あたしは開いた口がふさがらなかった。ちょっとはあたしに遠慮しろよ~!

「じゃあ、最初から引き返す気もなかったって事?」

「少しはありましたよ。でもチャンスは確実に生かさないと。まあ、あなたは結構負けず嫌いだし、ノリが良いからそういう風に操作する事は可能ですけど――」

「あのねぇ……! そういうことを本人に言う!?」

「これでもあなたの気持ちを最優先にしているつもりですが?」

 ……確かに最終的に決めたのはあたしだ。

「えっとねぇ、〝獏〟」

 バツが悪くてあたしは話を変えた。

「なんですか?」

「星座って昔からあるんだよね?」

「そうですけど……それが?」

「うん……今あんたの話を聞いてて思ったんだけど、昔は想像力があるというかロマンチストって言うか、そんな人がいたんだなあと思って」

 首が疲れてきたので、首筋を揉みながら話しかけると〝獏〟は、

「昔はみんなロマンチストだったんですよ」

「みんな?」

「そうです。そしてその中のもっともロマンチストな人達が星座を作ったり、暴挙とも思えるような冒険をしたり、馬鹿らしい自分の夢を叶えようとしたりしたんですよ。いつの世でもそういう人が必ずいるもんなんです」

「へえぇ」

「今みたいにまるっきりいないほうがおかしいんですよ」

「そう?」

「そうです」

 きっぱりと言い切った。あたしは現代人の代表として、それ以上のことが言えなくなってしまった。

 あたしは自分が嫌いではないけれど、みんなの中に入っていけないということがちょっぴり寂しい。人間は孤独に弱い生き物で、集団の中で心の安定を得られると習った。他人に干渉しないという現代でも、ユニットで生活しているのはそのためだという。

 でも〝獏〟の言うことが正しいとしたら、人間は元来孤独に強い事になる。でも、あたしは自分も含めて孤独に強い人なんて知らない。それともあたしが気付いてないだけで、ちゃんといるんだろうか?

「どうしたんです? 急に黙り込んで」

 〝獏〟が覗き込んで訊ねた。夜空より真っ黒な瞳があたしを見詰めた。

「……なんでもない」

 あたしはその場に仰向けに倒れこんだ。

 目の前には真っ暗な夜空と降るような星、耳に入ってくるのは草を渡る風の音だけ。自分の呼吸音すら聞こえない。

 ――独りなんだ。

 急に孤独感が押し寄せて来た。それが胸の辺りを押し潰し、喉を詰まらせ、星を滲ませてこめかみへと流れた。

「……帰りましょうか?」

 耳元で優しい声がした。あたしは声を出せずに、ただ頷いただけだった。


           ***      ***


 あたしたちはユニットへ無事帰りついた。

 と言っても、あたしの記憶はハッキリしていない。自分の足で歩いて来たはずなのに、どうやって帰って来たのか、思い出せない。

「ちゃんと帰って来れたのですからあまり気にしない方がいいですよ」

〝獏〟はそう言った。

「一度にいろいろな事を体験したので脳がオーバーヒートしたんでしょう」

「でも、悔しいじゃない! せっかくの初体験なのに! どうせなら全部覚えていたいわよ!」

「体験ならこれから何度もできるじゃないですか」

 そう言って〝獏〟はあたしを宥めた。実際、その後何度もあたし達は夜の地上散歩を楽しんだ。

 地上は行く度、違った顔であたし達を迎えてくれた。

 暴風雨で出口から出て行けず、狂った様に降り注ぐ雨を溜息とともに見詰めていたことも、暖かくねっとりとした空気と灰色の空で迎えてくれた事も、明るい月の光の下で夜しか咲かない花を探したりした。

 あたしにとって地上はびっくり箱だった。次に何が出てくるのか、わくわくしながら階段を上った。

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