第三章 地上への誘い ~いざ、『地獄の入り口』へ~
第三章開始です。
ここから少し、話的に動きがあるはず? です。
三日後、あたし達は夜も更けて人影もまばらになったころロードウェイに乗って『箱』から出た。行き先は都市の端にある地上への出口。わざわざ遠くを選んだ理由は二つ。『何か』あったときにその方がいろいろと都合が良いだろうからと言うのがひとつ。もうひとつは、最後の調査隊が使用した所だから一番確実に地上に繋がっていると思われる事。因みに〝獏〟はどこから出たかと言うと、近所のダクトからとの事だった。
「フィルターが付いてたでしょう? どうやって動かしたのよ」
「動かしてませんよ、必要がないので」
「はあ?」
「フィルターは濾過するものでしょう? つまり隙間だらけ、なんです。少しでも隙間があれば、私は通り抜けられるんですよ。普通の生物と違うと、こういうとき便利です」
少し自慢げに〝獏〟は言った。つまり、今あたしがしているような準備はしなくていい訳だ、ずるいなあ……。
「じゃあ、密閉されてたら通れないの?」
不公平感を感じたあたしは訊いてみた。
「そうですね。ここも扉を開ければ出入りできますが、閉めたままでは無理ですから」
「ふうん、そっか」
そんな話をしながら、あたしは『箱』の中にあるものを中心に準備を進めた。
用意したのは、サバイバルキットに入っていたハンドライト・酸素吸入器・酸素濃度測定器・ガイガーカウンター・ゴーグル、それから簡易食一日分。
「でも、どうして地下都市にサバイバルキットなんて必要なんです?」
ロードウェイに乗りながら〝獏〟が訊いた。
「地下都市だからよ」
「?」
「なにかあったら、それこそ火災でもあったらすぐに煙が充満してしまうでしょ。おまけに閉ざされてるからどこへも逃げられないし、なかなか拡散しない。それにこれだけ人口が密集していると、一人ずつ助けるなんて不可能に近いじゃない? だから自分の身は自分で守れってことで、一人に一つずつ用意されてるの」
「ふーん」
「……でも」
くすり、とあたしは笑った。
「まさか《中央政府》もこんな使い方をされるとは思わなかったでしょうけどね」
「そうですね」
〝獏〟もつられたように笑った。
それからしばらくは、あたしも〝獏〟も口を開かなかった。
目的が近づくに従って、あたしはだんだん緊張してきた。
「あ、あのあたりです」
〝獏〟が言った。あたしは一瞬息を止めて、先を睨んだ。
地上への出口、通称『地獄の入り口』の付近は照明装置もまばらで、薄暗く不気味な感じがした。それまでの気持ちの高揚が嘘みたいに冷えて、できることならすぐにでも逃げ帰りたくなった。それでも何とか留まる事が出来たのは、〝獏〟がいたからだ。あたしの中に占める〝獏〟の存在の大きさを、改めて認識させられた。
二重の扉で地下と地上を完全に隔てている、180年以上開けられた事のない扉の前に立つ。歯がカタカタなって、足が震えてきた。止めようとしても止まらない。
「大丈夫ですか? 震えてるじゃないですか」
足元で〝獏〟の声がする。
「べ……べつに」
精一杯の虚勢を張って何気なさそうに振舞おうとしたが、どうしても声が震える。それがなお一層恐怖心を煽った。
顔から血の気が引いていくのが分かる。目眩がする。脂汗がにじんでくる。喉が粘ついて息ができない。吐き気までしてきた……。
足がふらついて立っていられなくて、あたしはとうとうしゃがみ込んだ。
「本当に大丈夫ですか? 顔色が真っ青ですよ。地上へ行くの、止めましょうか?」
〝獏〟が心配そうに覗き込んだ。闇の中に溶け込んで姿が見えないはずなのに、本当に心配している〝獏〟の姿がはっきり分かった。それに少し元気づけられる。
「……へーき。一度行くって決めたんだもの……。でも、ちょっとだけ待って……」
あたしは顔を引きつらせながら、それでも笑おうと努力しながら言った。
そんなあたしに〝獏〟は優しい口調で言った。
「無理はしないでください。私はそんなに負担になるとは思わなかったんです。どうしても地上へ行かなければならない訳では、ないんですよ」
「大丈夫よ。市民として教育を受けた人はみんなこうなると思う。あたしはまだ軽いと思うから……。大丈夫、ずいぶん落ち着いてきたし……」
〝獏〟に応えながら、あたしは自分自信に言い聞かせていた。
「そうですか、じゃあ……。そのかわり、少しでもダメだと思ったら言ってください。それ以上行くのは止めますから」
「わかった」
しばらくして吐き気が治まって、あたしはゆっくりと立ち上がった。大丈夫、目眩もしない。目を閉じて、何度も深呼吸をする。うん、呼吸もちゃんとできる!
あたしは目を開けて自分の目の前にある扉を見ると、大きく一つ深呼吸をしてノブを回して力を込めた。
ギギギ────
何故だか扉には鍵がかかっていなかった。不思議に思いつつも、地上へ行こうって酔狂なのがあたしみたいなの以外にいるわけがないから鍵が掛かってなくても問題がないか、なんて勝手に納得した。
中へ入れるほど開けようと全身を預けるつもりで力を入れると、すっかり錆付いた扉は驚くほど大きな音を立てて動いた。きゅっと心臓が縮む。
耳を澄ませてあたりの様子をうかがう。──人の気配はない。
なんともいえない臭いが鼻をついた。閉じ込められた180年前の空気の臭いだ。
開いた隙間から急いで体を横にして滑り込ませようとした時、足元の〝獏〟がそれを止めた。




