第二章 秘密 ~成り行き任せの決心~
第二章、終わりです。
そんなあたしの考えを読み取ったかのように〝獏〟は、にやりと笑った。
「以前、図書館へ行った時見つけたんです、地下都市の地図と古書の類。それで調べたんです」
「………………」
「どうします? 地上への出口がわかったら出るんでしょう?」
……開いた口が塞がらなかった。〝獏〟は『夜の散歩』なんかを提案した時から、これを計画していたのだ。その為にあたしをまず図書館へ誘い、次に地上へ誘った。思いがけなくあたしが拒否したので、独断先行の実績を作ったのだ。それにあたしはまんまと乗ってしまったのだ!
あたしは思いきり顔をしかめた。
口から出てしまった言葉はもう引っ込められない。にんまり嗤う〝獏〟を横目で睨みつけ、あたしは単純な自分を呪い、腹をくくった。
「いっ、いいわよ。でっ、出てやろうじゃない! そっ、そのかわり、すっ、少しでも変だと思ったらすぐ引き返すからねっ!」
精一杯強がったのはいいが、声が震えて裏返っていたのが何とも情けない。
「かまいませんよ」
平然と言った〝獏〟が、少し憎らしかった。
「じゃあ、明日から情報収集と準備をして、それから行動に移りましょう」
「情報収集と準備? 何、それ? 何で今更そんな事するの?」
あたしはものに対する認識が甘いのか、それとも単に考え無しなのか、この時の〝獏〟の言葉に対してトンチンカンな言葉を返してしまった。
〝獏〟はげんなりとした顔であたしを見た。
「何でって……180年間人間が足を踏み入れていないところへ行くんですよ。よく調べて必要なものはちゃんと揃えておかないと、ヘタをすると生命にかかわるかもしれないでしょう?」
「だって、あんたが行って来たじゃない」
「私はあなた達人間とは違うんですよ!」
「? ……あ、そっか」
〝獏〟は今地下にいる生物とは違って、いるはずのない想像上の生物だということを、いつもあたしは忘れている。あたし達人間と同一の生き物だと思ってしまう。こうやってちゃんと意思の疎通が図れるのだから無理もないと思うのだが……。
「でもさ、あんたが地上へ行くまでに見てきたことを教えてくれれば、情報収集の必要なんて無いんじゃない?」
あたしの気楽な意見を聞いて、〝獏〟はガックリと力を抜いた。
「だから、私は一般的な生物じゃないんですってば! 一般的な生物にすぐ当てはめられるはず、ないじゃないですか!」
「そう……かしら……?」
「そうなんです!」
それでも要領を得ないあたしを、呆れ返って半ば無視するように〝獏〟は決断を下した。
「とにかく、明日から情報収集と準備ですよ。わかりましたね?」
「………わかった」
まだ納得していないあたしは、それでもしぶしぶ返事をした。
だけど後になって考えてみれば、いくら証拠があったからといって人外の、しかも生き物ですらない〝獏〟が行ってきた地上へ、よく行く気になったものだと思う。〝獏〟の作為は確かにあっただろうけれど、それは絶対的なタブー(地上=死)を犯してまで実行するには動機として弱いような気がする。
*** ***
翌日、あたしは学校でクラスメイト達に地上への出口についてそれとなく訊いてみた。
意外にも彼らの大多数が存在について知っていた。どうやらあたしには意図的に知らされていなかったようだ。
まぁ、知っていたらいつかはそこへ行くだろうから、賢明な判断といえる。「君子、危うきに近寄らず」ならぬ「君子、危うしを近寄らせず」というところか……。
彼らの間では、地上への出口は『地獄の門』――確かにそうだろうが、すごいネーミングだ――と言うらしい。あたしはそれを聞いた瞬間、絶句してしまった。一番最初に言い出した人の顔を見てみたい、とも思った。
しかも〝獏〟が言っていたように、『地獄の門』はそこかしこにあるらしい。
例えば、換気ダクトがあるところには必ずあるらしいし、それ以外にも専用の出口が数か所設置されているらしい。考えてみれば排気は都市の外へするわけだから、ダクトと繋がっていて当たり前だ。今まで気付かない方がおかしい。
そこまで考えて、ふと気がついた。……もしかすると、あたしは『深層探査』で記憶操作されていたかもしれない、と。
〝獏〟のように乗せられたのがわかっているのは、さして不愉快ではない。少なくとも自分の意思が入っている。が、知らない間に意識を弄られているかもしれない、というのは少し――いや、とても不愉快だ。
「地上への出口について、何かわかりましたか?」
学校から帰ってきたあたしに〝獏〟が言った。
「うん……」
「どうしたんです?」
不機嫌なあたしを心配して〝獏〟が訊ねた。
あたしは学校で聞き込んできたことと、ついでに生じた『深層探査』での記憶操作の疑問も話した。〝獏〟はきょとんとした。
「『深層探査』? 何なんです、それ? どうしてそんなもの受けるんです?」
「あれ? 説明してなかったっけ? 『要注者』は三か月に一度『監査』といってユニットの検査と『深層探査』を受けるように義務付けられてるの」
「聞いてませんよー!」
〝獏〟が悲鳴を上げた。
「何なんです、その個人の意思を無視したような義務は! あなたもよくそんな人間性を否定するようなものを黙って甘受してますね! 信じられない!」
「そんなこと言ったって、有無を言わさずだもの。あたしが学校行ってる間にユニットを検査するし、『深層探査』の方は学校から先生の付き添いで直行だもの。拒否することも逃げることもできないのよ!」
言いたい放題言われて、あたしはだんだん腹が立ってきた。ついに半分ヤケになって怒鳴った。
「誰が好き好んで自分のプライバシーいじくりまわさせるもんですかっ!」
多少息を切らせて睨みつけるあたしの迫力に押されたのか、〝獏〟は黙り込んだ。しばらくして、上目遣いにあたしをちらりと見ると、
「すみません、つい感情的になって……。言い過ぎました。あなたはそんなことを良しとするような人じゃないって、わかっているはずだったんですけど……。本当にすみませんでした」
と、頭を下げた。素直に出てこられると、こっちとしても〝獏〟に腹を立てているわけではないのだから、それ以上怒り続けることはできない。
「まあ、分かってくれればいいのよ……。こっちも感情的になったことだし、おあいこね」
あたしがそう言うと、〝獏〟は一応ほっとしたようだった。それでもまだ不安なことでもあるのか、おずおずと、
「ところで、その『監査』ですが、次はいつなんですか? 近々あるとか……?」
「ああ、それは大丈夫。あんたと初めてあった日の前日に終わってるから。次は……んと、来月の末ぐらい、かな……? 何、心配してるの?」
「当たり前じゃないですか。バレたら大変なんでしょう?」
あたしは笑い飛ばした。
「大丈夫だって。近くなったら言うからさ、その時にどっかへ姿を隠しといてくれればいいから。元々想像力過多なんだから、それがひどくなったぐらいで済むわよ」
「でも、『規格外者』に……」
「それこそ大丈夫! 忘れた? あたしは『規格外者』になりたいくらいなんだから」
〝獏〟はまだ何か言いたそうにあたしを見つめていた。しかし、あたしが取り合おうとしないので諦めたみたいだった。
この時もう少し〝獏〟の心配を汲み取っておけば、と後になって死ぬほど後悔することになるとは、この時のあたしには予想も想像もできなかった。




