第7話 逃走と決意
烈は千景を背負い、陽翔と共に路地を抜ける。
荒い呼吸と血の熱さが烈の背中に伝わる。
千景はどんどん意識が揺らいでいる。
「……くそ、千景、しっかりしろ!」
烈は拳を握り、必死に足を前に運ぶ。
路地を抜け、ただひたすら走る。
だが千景の微かなうめき声に、胸が締めつけられる。
陽翔も横で必死に呼吸を整えながら千景の様子を見る。
「烈さん、こ……このままじゃ……」
烈は拳を握り、千景の重みを全身で支えながら走る。
陽翔も必死にその横を走るが
千景の傷を見ると最悪を考えてしまう。
その時────
「烈!千景!」
遠くから聞き覚えのある声が響いた。
視線を向けると、澪が全力で駆けてきていた。
街灯に照らされる紫がかった薄ピンクの髪、風になびく姿。
緊急信号を受けて飛んできてくれたのだ。
「澪姉ぇ!千景が……千景が!!」
「ごめん……!遅くなって……!!」
烈は一瞬足を止め、息を荒くしながら
澪に千景を託す準備をする。
澪はすぐに千景の状態を確認し
魔力を手に集めて応急処置の構えを取る。
「活性!!」
澪は瞬時に魔力を千景に流し込み
呼吸と血流を安定させる。
千景の体が少しずつ落ち着き、荒い呼吸が整い始める。
「烈、大丈夫?陽翔、大丈夫?
千景は……怪我は酷いけど応急処置は済んだわ……!
急いでビルに戻って集中治療するわよ!」
烈は頷き、千景を澪に委ねる。
「……頼みます」
烈と陽翔は澪と共に、千景を連れて安全な本社へ向かって走り出す。
────────
烈たちはビルの中にたどり着いた。
陽翔は体に感じる重みを押さえながら荒い呼吸を整えた。
「千景さん……しっかりしてください……!」
その時、月島が駆け寄る。
「千景!?烈!?陽翔!大丈夫!?」
焦った声、真っ青な顔。陽翔は胸が締めつけられる。
荒い呼吸、血に濡れた千景の姿を見て
陽翔は自分の無力さを痛感した。
「……俺が……もっと強ければ……」
澪はすぐに千景の体を診察し
本格的に治す準備をする。
「酷い傷なの………!結菜!治療室へ!」
「は、はい!」と月島が応じ、千景を治療室へ運ぶ。
澪と月島が別室で治療の準備をしている間、
陽翔は入り口のすぐ外で立ち尽くし、
ただ見守るしかなかった。
扉の向こうから、
千景の荒い呼吸や小さなうめき声だけが届く。
胸の奥に、後悔と申し訳なさが押し寄せる。
「俺の……俺のせいだ………!俺のせいで……!!」
自分の力不足で、
千景を傷つけてしまったことへの焦燥感。
戦場で、ただ守られるだけの存在だった
罪悪感が胸を締め付ける。
「俺が……もっと、強ければ…………」
小さく、震える声で呟く。
肩は落ち、足元もふらつく。
自分の無力さが、痛すぎるほど胸に刺さった。
そんな陽翔の肩に、重く温かい手が置かれた。
「陽翔」
振り向くと、烈が真っ直ぐにこちらを見つめている。荒い息の中にも、どこか落ち着いた力強さがあった。
「…………」
陽翔はうなだれたまま、目だけで応える。
烈は軽く肩を叩き、低く、しかし力強い声で言った。
「悔しい気持ちは分かる。
でもな、今は落ち込んでも仕方ねぇ」
陽翔は小さく息を吐き、肩越しに烈を見上げる。
「…………でも、俺……」
烈は強く陽翔の肩を掴み、少し引き寄せた。
「分かってるさ。でもな、俺達は生きてここにいる。後悔に潰されるんじゃねぇ」
陽翔の胸の奥に、少しだけ光が差し込む。
荒い呼吸はまだ整わないけれど、
烈の言葉が心を落ち着かせる。
「それに……命張って助けた相手がそんな死にそうな顔してたら流石の千景も泣くんじゃねぇか?」
「烈さん……」
小さく返す声に、わずかな決意が混じる。
烈は軽く頷き、視線を扉の向こうに向けたまま言う。
「よし……大丈夫だ!澪姉ぇが絶対治してくれる!
むしろ前より元気になるぜ、絶対!」
自分も悔しい思いをしているはずなのに、
俺を励ましてくれてこの人は…………。
陽翔は深く息を吸い、
覚悟を決めるように背筋を伸ばした。
「すんません!ちょっとウジウジしてました。
でも俺は────」
もう自分のせいで人が傷つかないように。
守られる存在じゃなく、守る存在になる為に。
もう、後悔をしない為に。
「────絶対に強くなります」
扉越しに聞こえる千景の声に今度は後悔ではなく、
守り抜く決意を胸に抱きながら、
静かに見守るのだった。
千景の集中治療を始めて数十分、
近衛と雨夜が本社へ戻ってきた。
近衛は荒い呼吸のまま、千景の治療を外で待っている陽翔たちを見て、静かに問いかける。
「何があった……?」
雨夜は陽翔の顔をまっすぐに見つめ、
眉を少しひそめた。
「陽翔くん……大丈夫?」
陽翔は胸の奥でくすぶっていた悔しさと
焦燥を思い出し、力強く答える。
「すいません!俺のせいで千景さんが……!」
雨夜は少し驚いた表情を見せ、
そして柔らかく微笑む。
「陽翔くん、落ち着いて。ゆっくり息を吸うんだ」
「でも……!」陽翔は思わず声を上げる。
雨夜は優しく、しかし確かな声で続ける。
「大丈夫、大丈夫。ほら、吸って、吐いて」
陽翔は深く息をつき、肩の力を抜く。
「……はい」
「で、何があった」
落ち着いた陽翔のタイミングを見計らって、
近衛が再度、静かに問いかける。
「実は────────」
陽翔は一通り経緯を説明した。
謎の男の事や千景が助けてくれたこと、
自分は何もできなかったこと、全てを。
「…………そうか」
「でも、本当に皆生きててよかった……!」
「あぁ、よくやったよ、お前らは」
近衛と雨夜に励まされ、陽翔は少し胸をなでおろす。
二人とも、千景が澪に治療されているなら
大丈夫だと信頼しているらしく、安堵の息をつく。
「団長、雨夜さん……俺、強くなりたいです!」
「強くなりたい──その気持ちは受け取るよ」
雨夜は穏やかに陽翔の肩に手を置き、
真っ直ぐに目を見つめる。
「でも……今日は無理しちゃダメだ。
体をゆっくり休めることも、
強くなるためには大事だから」
「で、でも……!」陽翔は言葉を続けようとしたが、雨夜の優しい視線に押され、言葉が途切れる。
雨夜は微笑みながら続ける。
「無理をしても強くはなれないよ。
今はとにかく休んで、明日から頑張ろう」
「……はい」
「千景の治療が終わったら、陽翔くんも澪に治してもらうといいよ」
「いや……大丈夫です」
「安心して、澪は回復のエキスパートだから
すぐに痛みも引くと思うよ」
「俺は……この痛みを、絶対に忘れたくないんです……!
今日の悔しさも、俺の弱さも……全部……!」
ここで簡単に痛みを治してもらうなんて
陽翔には到底できない。
自分の無力さを自身の心に刻み込むために。
「…………そうか」
雨夜は陽翔の固い意思を汲んでそれ以上は何も言ってこなかった。
少し沈黙が流れ、午後の光がビルの窓から差し込む。
陽翔は胸の奥で、まだ焦りと悔しさがくすぶっていることを自覚しつつも、確実に前を向き始めていた。
「じゃあ、行こうか、送るよ」
雨夜に促され、陽翔は自宅へと向かうためビルを後にした。
街の音や人々の声が、午後の柔らかい光の中に溶け込む。
足取りはまだ重いが、胸の奥には小さな火が灯っている──今日の痛みを力に変える決意の火だ。
「絶対に強くなってやる……!」
陽翔は小さく拳を握り、前を見据える。
雨夜がそっと隣を歩く安心感と温かさに
支えられながら、午後の街を抜け、
自宅までの道を静かに進んでいった。




