第6話 鉄の意志
すぐに追いつかれ相手の猛攻に、防御が崩れ、陽翔はなんとか間合いを取ろうとするが……。
「くそっ……このままじゃ……」
男の猛攻を拳で受け止め、足で踏ん張るが、男の身体能力の前ではもはや意味は無い。
「ぐはっ……!」
一撃一撃が重く、痛みが体に染み渡る。
そして、男がゆっくりと近づき、目の前で鋭いナイフを構えた。
「死ね」
陽翔の目に、刃が光る。
絶望の中で、心が静かに覚悟を固める。
死を、覚悟した瞬間────
鉄の盾が叩きつけられる衝撃とともにナイフが寸前で止まった。
「────ったく、死んでないわよね、新人!」
鋭い声と共に、千景が姿を現す。
黄色の瞳が光り、相手を睨みつける。
「千景さん……!!」
千景が来たことにより安心する陽翔だが状況はまだ何も変わってない。
千景は、路地の地面に軽く足を踏み込み、身体のバランスを整える。
男はフードの奥から冷たい視線を向け、手にしたナイフを次々と投げ放つ。
「生成・鉄刃!」
瞬時に鉄の剣とナイフが生成される。
千景は、魔力を込めた鉄の刃で的確に受け流す。
刃が空中で交差するたび、かすかな光が散った。
その背後で────
「千景さん、気をつけてください!」
陽翔の声が、必死に張り上げられる。
「アイツが投げたもの……追ってきます!」
一瞬、千景の視線が揺れた。
「……追尾?」
次の瞬間。
弾いたはずのナイフが、ありえない角度で軌道を変え、再びこちらへ向かってくる。
「っ!」
千景は即座に鉄の盾を展開する。
(本当ね……ただの投擲じゃない)
羅刹は微かに眉を寄せ、低く呟いた。
「……鉄魔法か。生成速度も上々……厄介だな」
千景は生成した鉄の短剣でナイフを弾き返し間合いを詰める。
滑るように踏み込み鉄の剣を生成し一直線に振り下ろした。
しかし男は、軽やかに身をひねってそれをかわす。
壁を蹴り、反転。
小型のナイフを放ち、視界をかく乱する。
千景は即座に防御へ移行し、鉄の盾を展開する。
飛び交う刃を防ぎながら、距離を詰める。
「……こいつ強いわね」
小さく笑い、鉄の刃を生成する、剣と盾、ナイフがぶつかる音が路地裏に響き、空気が張り詰めていく。
男は一瞬の隙を見逃さず、鋭い踏み込みで距離を詰めた。
千景の側面へナイフが迫る。
咄嗟に盾で受け止めるが、衝撃が腕に走る。
「……ったく、新人を守るのも大変ね」
歯を食いしばり、鉄の刃を連続で繰り出す。
男も応じ、刃が火花を散らすように交錯する。
互いに呼吸を整えながら、わずかな隙を探る。
その緊張の中で。
男が、わずかに口角を上げた。
手元から放たれた刃が、宙で不自然に軌道を変える。
そして今まで投げられて地面に散らばっていたはずのナイフが再び浮かび上がり陽翔の方を向いた。
「……っ!?」
千景の目が見開かれる。
刃は、意思を持っているかのように標的を失わない。
陽翔の全方位を囲む。
「こんのクソ野郎!!」
男の目論見に気づき千景は叫び即座に鉄の盾を展開する。
陽翔の前に立ち、防御の壁を作る。
だが、すべてを防ぎきれない。
生成できる鉄の量には制限があり、全方位に盾を出すことは不可能であった。
陽翔を守る盾は充分。
だが残った刃が、陽翔を守ろうとした千景へと迫る。
陽翔の視界で、光を帯びた刃が彼女に向かっていく。
「千景さんッ!!」
身体が硬直する。心臓が耳を打つように鳴り、 息が詰まる。
叫ぶことしか、できなかった。
数本の刃が、鋭く千景の体を貫く。
肩、腕、脇腹──血が飛び散る。
「……っ!」
呻き声を上げそうになる唇を必死に噛み締め、千景は前へ体を出す。
傷は深い。
痛みが全身を焼き尽くす。
だが、それでも彼女は陽翔の前に立ち続けた。
「大丈夫……! 絶対……守るから……」
陽翔の目の前で、千景の体から血が滴り落ちる。
盾を広げ、剣を振るい、飛び交う刃を必死で弾き返す。
魔法を込めた鉄の盾と剣が、かすかに火花を散らしながら、無数のナイフを受け止める。
筋肉が悲鳴を上げ、血の熱さが体中に広がる。
陽翔は胸が張り裂けそうだった。
「千景さん……!!」
陽翔は咄嗟に駆け寄ろうとした。
「俺もまだやれます!」
陽翔もボロボロで体には限界が来ているのだが
自分のせいで千景が傷つく現実がどうしようもなく
悔しくて根性だけでそう言い放った。
千景はそれに答えるように、
痛みをこらえ、必死に顔を上げる。
血に濡れた髪の隙間から、鋭い黄色の瞳が陽翔を見つめる。
「……平気……あんたは、後ろに……」
その声は震えていない。
必死に陽翔を安心させようとする
気丈さだけが、そこにあった。
だが、無数のナイフの攻撃は容赦なく続く。
肩、胸、腕、脚、幾本もの刃が千景の体を貫き、鉄の魔法で守っても体の動きも鈍り全ては防ぎきれない。
「……くっ………」
男のナイフが、とどめを刺そうと迫る。
陽翔は体を前に出す。
「やめろ!!」
走り出す、間に合わないことは分かっている。
────だが体が言うことをきかず地面に倒れる。
「くそっ! くそっ! やめろ……!」
その瞬間────────
ドォォォン!!
路地裏を震わせる爆音。
火と煙が舞い上がり、視界が遮られる。
追尾する刃の軌道も乱れ、空気が一瞬にして変わった。
千景は、傷だらけでも陽翔の前に立ち続けたまま、わずかに肩を揺らす。
「……やっと来たのね」
血まみれの瞳に、まだ強さが宿る。
路地に響く爆音とともに、烈が姿を現した。
その表情には、いつもの無邪気さはない。
ぎゅっと引き締まった口元。
瞳は冷たく、しかしどこか焦燥に揺れている。
「てめーがやったのか……おい、ツラ見せろよ」
言葉には静かな怒りと苛立ちが混じり、しかしまだ抑えた声だった。
その視線の先には、路地に散らばる無数のナイフと、敵の姿がちらりと見える。
「……まだ増えるのか」
敵は薄笑いを浮かべ、わらわらと近づいてくる。
どこか軽くバカにしたような態度だ。
烈は一瞬、千景と陽翔の状態を確認した。
ボロボロに傷つき、必死で戦ったであろう二人。
胸を抑え、息を荒げ、血まみれの千景。
地面に倒れながらなんとか起き上がろうとする陽翔。
その光景を目にした瞬間。
烈の中で抑えきれない感情が爆発した。
「てめぇがやったのかって聞いてんだよ!!」
叫びとともに、烈は両手で巨大なハンマーを振り上げ、敵へ全力で殴り掛かった。
その一撃に、怒りと仲間を守る決意が渾然一体となり、路地に轟音が響く。
「オラァァァ!!」
足を踏み込みハンマーを振り上げ、
強烈な一撃を放つ。
地面にぶつかり、響く爆発音が路地を揺らす。
男は素早く身をひねり、壁を蹴って距離を取りつつ、手元のナイフを投げつける。
複数の刃が空を舞い、烈の視界を切り裂く。
烈は体を低く落とし、
回転しながらハンマーで刃を叩き落とす。
火花が散り、路地に閃光が走る。
だが、男の動きはさらに速い。
左右に跳び、手元から飛び出す刃を正確に制御する。
「こいつ……強え!!」
烈の心に焦りが走る。
しかし視線は2人の仲間に向けられている。
千景と陽翔は無事か。
路地の奥で血まみれで立つ千景の姿が見えた。
陽翔も必死に後退している。
「オラァァァ!」
烈は怒りを胸に爆発させ、
ハンマーを連続で振り下ろす。
男は鋭いステップでかわしつつ、短剣を放つ。
旋回する刃を烈は弾き返す。
体術と魔法の力を巧みに混ぜた攻防が路地を満たす。
「……ほう、けっこうやるな」
「.……..」
男はわずかに口角を上げ、軽く挑発するように動く。だが烈は無言。
怒りを抑え、冷静に攻撃と防御を繰り返す。
ハンマーの一撃ごとに衝撃が男を押し返す。
刃を避けながら、距離を詰め、路地の隅に追い込む。
「これはどうかな……?」
男が突然、腕を大きく振り上げ
複数のナイフを烈に向かって投げ放つ。
旋回し、追尾性能を持つ刃が烈を狙う。
烈は咄嗟にハンマーを振り、飛来する刃を砕く。
だが体力は徐々に削られ、連続攻撃で息が荒くなる。
視界の端に、再び千景と陽翔の姿を確認する。
二人は退避に専念し、
この男から逃げるには充分の距離が出来ている。
だが次の瞬間、刃が一気に飛来し、
あらゆる角度から烈を襲う。
防ぎながら距離を取る烈。
烈は戦いながら自分一人ではこの男を倒せない事を悟り、攻撃を続けつつも狙いは、二人の安全を確保することに変わっていた。
「……よし、これで……!」
「爆連破!!」
烈は一気に魔力を込めてハンマーを地面に叩きつける。
その衝撃で、周囲に大きな爆発が連続で起こり粉塵と火花で視界が遮られる。
男は視界が遮られ、何度もナイフを振るった手が空を切る。
「くっ……ちっ……!」苛立ちが声に混じった。
烈はその隙を逃さず冷静に、千景と陽翔を庇う形で距離を取る。
爆発の煙に紛れて荒い息を整えながら悔しい気持ちを抑えハンマーを握りしめ、2人に駆け寄る。
「千景……!」
ついに声を上げる間もなく、千景の膝が崩れ、背中から路地の地面へ倒れ込む。
鉄の剣も盾も重力に引かれるように宙を滑り
路地に無造作に消える。
浅く震える呼吸。
しかしその瞳にはまだかすかな意識の光が残る。
烈はすぐに駆け寄り、血まみれの彼女を抱き起こす。
「大丈夫か……!? しっかりしろ!」
烈の声は低く、しかし怒りと焦燥が混ざり合っていた。
「陽翔、走れるか?」
「俺は……大丈夫です! 俺より千景さんを……!」
言葉に迷いはない。
悔しさと焦り、そして自分の弱さのせいで千景が傷つき、後悔が込み上げる中、陽翔は必死で後方へ足を踏み出す。
「くそ……!千景しっかりしろよ!」
烈は千景を抱き上げ、その重みを全身で支えた。
血で濡れた髪が顔に張り付き、呼吸は荒い。
烈は言葉を飲み込み、
血まみれの千景を背負ったまま路地を後退する。
煙と瓦礫の中、目標を失った羅刹の目を
かいくぐり、慎重に距離を稼ぐ。
「……もう少しだ、千景、頑張れ」
烈の声は低く、静かだが
その奥には怒りと焦燥が滲んでいる。
千景は肩にかけられた状態でも微かにうなずく。
痛みと血の熱さをこらえながらも、
仲間を気遣うその瞳には気丈な光が残っていた。
爆煙は濃く立ち込め、路地の視界を完全に奪っていた。
男は刃を振るうが、どこに敵がいるのか分からず
焦った動きが目立ち、背後で響く羅刹の怒号と刃の音が、三人の心臓を締め付ける。
だが、爆煙と慎重な動きで距離を稼ぐ事ができ、ようやく安全圏へと到達する。
千景の微かに開いた瞳と、陽翔の無事な姿を確認し、ようやく胸の奥の緊張が少しだけ解けた。
路地にはまだ煙が立ち込め
戦いの痕跡だけが残っている────。




