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東京魔法戦線 〜人に魔法を撃てない魔術師の成長録〜  作者: いぬぬわん
第1章

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第5話 初任務


入団式から、数日が経った。


暴黒の獅子の拠点は、今日も妙に静かだった。


「……暇だな」


烈が大広間の床に寝転がり、天井を見上げたままぼやく。


「暇っていうか、仕事がないのよ」


千景が腕を組み、ため息混じりに言う。


依頼掲示板は、相変わらず空白ばかりだった。

暴黒の獅子=底辺クラン。


その評判は、まだ何ひとつ変わっていない。


陽翔はその様子を見ながら、

何とも言えない居心地の悪さを感じていた。


人は揃っている。やる気もある。


それでも、依頼が来ない。


そんな空気を破ったのは、月島だった。


「あの……ちょっと、いいですか?」


少し控えめに切り出された声に全員の視線が集まる。


「実は、近所のおばあさんから相談を受けて……

飼い猫がいなくなったらしくて」


「猫?」


烈が勢いよく起き上がる。


「依頼ってわけじゃないんです。

でも……すごくすごく困ってて」


月島は申し訳なさそうに言ったが、

その目にははっきりとした想いがあった。


陽翔は、その表情を見て思う。断れない。

というより、断る理由が見当たらなかった。


「……探しに行くだけなら、いいんじゃない?」


千景が渋々といった様子で口を開く。


「よし! 決まりだな!」


烈が即答する。


結局、陽翔・烈・千景の三人で探しに行くことになった。


────────


猫の特徴は、月島から事前に聞いていた。

白と灰色の混じった毛並み。首輪はなし。

人懐っこいが、驚くとすぐ逃げる。


三人は街を歩きながら、周囲に声をかけていった。


「すみません、この猫見ませんでした?」


だが…………相手の視線が、途中で逸れる。


胸元の紋章に、ちらりと目が向く。


「……あ、いえ、知りません」


明らかに距離を取られる反応。


それが、一度や二度ではなかった。


(……これが、評判……か)


陽翔は、胸の奥が少しだけ重くなるのを感じた。


千景が小さく舌打ちする。


「……仕方ないわね」


そして、きっぱりと言った。


「こうなったら、広く探すわ。

三人で別々に行動しましょ」


烈と陽翔が頷く。


「何かあったら、このアプリ」


千景はスマホを取り出し、画面を見せる。


「緊急事態用。押せば位置情報が送られるから

何かあったらすぐに押して」



「あと、電話はワンコールで出なさい」


「はい!」


「よろしい……いいわね?」


烈を見て、念を押す。


「……はいはい」


烈はわかってますよ、と手をヒラヒラしながら答えた。


三人は、それぞれ別の方向へ散った。


────────────



陽翔は、路地の多い区域を歩いていた。


そのとき。


「……あ」


路地の先を、白と灰色の影が横切った。


「あ、待って!」


猫だ。


陽翔は、反射的に追いかけていた。


だが、猫は細い路地へと入り込み、暗がりへ消えていく。


「……ちょ、待ってって……」


足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。


湿った石畳。鉄のような匂い。鼻を突く、生臭さ。


「……?」


路地の奥で、人影が見えた。


倒れている……いや、倒されている。


血が、地面に広がっていた。


そして、その向こう。


立っている“何か”。


人の形をしている。

だが、陽翔の本能が叫んでいた。


────ヤバい。


目が合った、気がした。


次の瞬間、陽翔の体は硬直する。


思考が、完全に止まった。


視界の先────

倒れ伏した男の身体から、ゆっくりと血が滲み、路地の石畳を黒く染めていく。


息が、できない。


これは────

見てはいけない光景だと、本能が叫んでいた。


「……あぁ?」


低く、擦れた声。


フードの奥で、何かが動いた。


男が、ゆっくりと振り向く。

闇に溶け込むような黒い影の中で、その視線だけが、はっきりと陽翔を捉えた。


逃げなきゃ。


頭では分かっているのに、足が言うことをきかない。


次の瞬間だった。


地面を蹴る音。


風を切る気配。


男の身体が、一気に距離を詰めてくる。


「……チッ」


短く吐き捨てるような舌打ち。


腕が振るわれる。

ナイフの切っ先が、街灯の光を反射して鈍く光った。


────来る。


ようやく、身体が動いた。


反射的に身を捻り、壁に背中をぶつける。

ナイフは頬をかすめ、

冷たい風だけを残して通り過ぎた。


心臓が、耳鳴りみたいにうるさい。


「ほう……」


男は、わずかに口角を上げた。


「硬直してた割には………動けるじゃないか」


感情のない声。

それなのに、どこか楽しそうで……ぞっとする。


逃げ場のない路地裏。

壁と壁の間で、陽翔は完全に追い詰められていた。


「マズイ……!!」


その瞬間、頭をよぎるのは

千景の言葉。


『────何かあったら、アプリを押しなさい』


震える指で、ポケットの中のスマホを探す。


だが────


「……余所見をするな……!」


男が、再び踏み込んだ。


殺意が、はっきりと形を持って迫ってくる。


ここから先は、

もう「猫探し」じゃない。


これは────


陽翔が初めて直面する、

人の形をした〝脅威〟だった。



ナイフの切っ先が、再び迫る。


速い。

速すぎる。


(……っ)


身を引いた瞬間、背中が壁に当たった。

逃げ場が、ない。


男は距離を詰めながら、淡々と刃を振るう。


大振りじゃない。

殺すために必要な、最小限の動き。


「……はっ」


息を吐く音すら、無駄がない。


(この人……戦い慣れてる)


陽翔は歯を食いしばり、反射だけで身体を動かした。

避ける。かわす。ただ、それだけ。


反撃なんて考えられない。


ナイフが肩口を掠め、布が裂ける。

熱い感覚が遅れて走った。


「くっ……!」


足がもつれる。

次の瞬間、男の拳が腹に突き刺さった。


「ぐはっ!」


息が、一気に吐き出される。

身体が宙に浮き、壁に叩きつけられた。


視界が揺れる。


(立て……!)


膝に力を込めるが、思うように動かない。


男は、少し首を傾げた。


「……弱いな」


感想みたいに、そう言った。


でも、その目は油断していない。


「だが────」


男の手元で、何かが光った。



「────死んでもらおう」



小さな金属片。

それが、空中に放られる。


(────マズイ!!)


本能が叫ぶ。


次の瞬間、金属片が曲がった。


ありえない角度で軌道を変え、陽翔へと迫ってくる。


「っ!?」


身を捻る。

頬をかすめ、壁に突き刺さる。


終わらない。

二つ、三つ。


避けても、避けても、追ってくる。


(追尾……!?)


必死に路地を転がり、ゴミ箱を蹴り倒し、

視界を遮る。

それでも、刃は執拗に軌道を変え続けた。


「……面白い反応だ」


男の声に、僅かな愉悦が混じる。

素早く追尾してくるナイフを完璧には避けきれず

生傷ができ血が滴っていく。


(このままじゃ……)


魔法は使えない。

人に向けられない。


なら────


陽翔は、地面を蹴り、無理やり距離を詰めた。


「…………っ!」


男の懐に飛び込む。

完全な賭け。


一瞬、男の動きが止まった。


その隙に、体当たりするようにぶつかり

横をすり抜ける。


「……チッ」


舌打ち。


陽翔は、走った。

ただ、走った。


肺が焼ける。

足が悲鳴を上げる。


背後で、何かが壁に当たる音がした。


(……まだ、追ってきてる)


限界だった。


そのとき

ポケットの中で、スマホが指に触れた。


(……千景さん)


急いでスマホを取りだし

震える指で、画面を押す。


緊急事態アプリ、起動。



────────────


「……全然いないじゃないのよ」


千景は、苛立ちを隠そうともせず呟いた。


猫の影もない。

烈や陽翔からも連絡はなし。


(ほかの2人は何か手がかりを見つけただろうか…)


スマホを取り出し、烈に電話をかける。


「もしもし?」


『おー千景? こっちも全然みつかんねーぞ』


「はぁ? あんた本当に使えないわね」


『は!? お前はどうなん────』


烈が何か言いかけるが、

千景はそのまま通話を切った。


次。


陽翔。


コール音────1回。


……出ない。


眉が、きつく寄る。


「……?」


もう一度。


2回、3回。


出ない。


(ワンコールで出なさいって言ったでしょ)



そのとき────────

スマホが、短く震えた。


胸の奥に、嫌なものが広がっていく。


「……っ」


反射的に画面を見る。


表示された通知。


〈緊急事態 信号受信〉


地図が開き、赤い点が示される。


路地裏。

人通りの少ない、奥まった場所。


「……冗談じゃないわよ」


千景は、踵を返した。


走り出しながら、スマホを耳に当てる。


「烈、緊急事態!すぐ来なさい!」


『え? なに?何かあっ────』


「いいから!」


通話を切る。


(……無事でいなさいよ)


ツンとした表情の奥で、焦りが、確かに燃えていた。



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