第46話 前へ
数日が経ち、四人はすっかり体調を取り戻していた。
近衛が静かに席につき、全員を見渡す。
「……それじゃあ、
あの時何があったか聞かせてくれるか」
最初に口を開いたのは陽翔だった。
「……俺から」
陽翔は言葉を探しながら続けた。
「魔眼が暴走して……正直、ほぼ覚えてないんですけど……七瀬に負けました」
陽翔は拳を強く握る。
姫華が眉をひそめる。
「陽翔は死んでないのよね……?」
近衛が頷く。
「間一髪だったが……な」
陽翔は息を飲む。
烈が次に口を開いた。
「じゃあ次は俺か」
烈は唇を噛み、笑わない声で言った。
「七瀬にボコボコにされて、
後ろから剣で胸ぶち抜かれて……死んだ」
姫華が息をのみ、手を胸に添える。
「私は……ナイフを何本も体に受けて…………死んだ」
千景が小さく頷く。
「そう。致命だった」
近衛は次に千景へ目を向ける。
「……千景は?」
千景は少し黙った後、静かに言った。
「七瀬に選択を迫られたの。
陽翔が死ぬか、私が死ぬか」
陽翔の手が震える。
千景は続ける。
「だから私は自死した……それだけよ」
簡潔で、残酷で、迷いがなかった。
烈が息を吐きながら言った。
「……死んでんじゃねぇか全員」
姫華が小さく笑い、次に小さく震えた声で言う。
「……でも、生きてるのよね」
近衛は深く息を吸い、告げる。
「死因は把握できた。では……」
短く間を置く。
近衛はゆっくりと腕を組み、口を開いた。
「……死んだのは事実だ。全員な」
その一言に、烈の表情が一瞬固まる。
姫華は手を胸に当てたまま、呼吸を浅くする。
陽翔は奥歯を噛みしめ、千景は静かに目を細める。
近衛は続けた。
「だが──“巻き戻った”」
烈の眉が上がる。姫華の視線が揺れる。
「ま……待てよ。巻き戻ったって……」
千景が僅かに息を吸い、答えの形を探すように呟いた。
「……時間?」
「そうだ」
近衛は短く答えた。
その声音は、事実を淡々と告げる。
「時間を……正刻が戻した」
言葉は簡潔だが、意味は重すぎた。
姫華は思わず息を呑む。
「時間を……戻した……!?」
椅子の背に寄りかかった烈は、
苦笑を含んだ息を漏らした。
「そんな……反則みてぇな魔法ありなのかよ」
「簡単に使える力じゃない、代償もある」
「……代償」
千景は深く目を伏せ、小さな声で言う。
そして姫華は驚いたように呟いた。
「聞いたこともない……そんな魔法……」
「そんな……魔法があるなんて……」
陽翔は無意識に指先が震えていることに気づいた。
自分の中の常識が静かに崩れていく感覚。
近衛は四人を見渡す。
「お前ら四人は一度死んだ。
その過去を正刻が“なかったことにした”」
静寂が落ちる。
烈は椅子から身を乗り出し、机に拳を叩きつけた。
「……七瀬はどうなったんだ……!」
姫華も視線を鋭くする。
近衛は短く告げた。
「逃げられた」
烈は舌打ちし、額に手を当てた。
「……クソが……!」
姫華も歯噛みするように呟く。
「絶対許さない……」
近衛は指を一本立てた。
「だが一つ収穫がある」
全員の視線が寄る。
近衛は言葉を選ぶように少しだけ間を置いた。
「奴は体に“黒い太陽”の刻印があった」
陽翔の呼吸が止まる。
千景の目がほんの僅かに揺れる。
「黒い……太陽……?」
姫華は困惑した表情で眉を寄せる。
烈が唸った。
「おい、それって……」
近衛は首を振り、ため息をひとつ落とす。
「あぁ、〝狂歌〟と同じ刻印だ」
陽翔は拳を握る感覚だけを頼りに、息を整えた。
七瀬の顔、声、殺意、
そして路地裏で戦闘したあの男を思い出す。
「……七瀬は〝あのフードの男〟
とも繋がりがあるかもしれないって事ですよね……」
近衛は結論を短く告げた。
「あぁ、その通りだ」
近衛は指を一本立てたまま、
ゆっくりと視線を落とす。
「……現時点で確認できているのは三人だ」
テーブルの上に名前が落ちるように並べられる。
「七瀬。狂牙……そして狂歌」
烈が眉をひそめる。
「共通点は黒い太陽の刻印……か」
「それだけじゃない」
近衛は短く言い切る。
「黒いフード……これは狂牙、狂歌、
そして路地裏で陽翔たちと交戦した男。
この三人が一致している」
千景が息を呑む。
「あの男にも刻印がある可能性は高い……」
近衛は続ける。
「そして……まだ他にもいるだろうな」
烈は即座に反応する。
「三人で終わるほうが不自然だわな」
姫華も静かに頷く。
「偶然とは……思えない」
近衛は腕を組み、重い結論を口にした。
「今、あがった4人は全員、手練れだ。
あれが集団だとすれば、生半可な連中じゃない。
個人の戦闘力が前提として高い可能性がある」
沈黙が広がる。
七瀬はもちろんのこと。
狂牙も狂歌も雨夜と澪がようやく仕留めた相手。
そしてフードの男に至ってはまだ勝ち筋が見えない。
陽翔が小さく呟く。
「……何者なんだろう、この人達は」
「わからん」
近衛の返答は冷静で、そして重い。
四人の視線が近衛に向く。
「だが、奴らは手練れだ。
今のままだと勝てる可能性は低いだろう」
烈が舌打ちし、拳を握る。
千景は表情を変えずにただ受け止める。
姫華は呼吸を整え、陽翔は黙って拳を見つめた。
近衛は続ける。
「そこで、正刻が提案してきた」
短く間があく。
「“強化合宿”だ」
四人の視線が一斉に上がる。
「東京クランの若手を集め、鍛えるらしい」
近衛は一度口を閉ざし、
言葉を選ぶように視線を落とした。
「……だがな」
声色がわずかに柔らぐ。
「俺はお前らの意思を尊重したい」
四人全員が驚いたように目を向けた。
近衛は腕を組み直し、静かに続ける。
「一度、死んだ。
その経験は痛く、怖く、苦しいものだろう。
無理に強くなる必要はない。
もう戦いたくないなら……それでいい」
部屋に短い沈黙が落ちる。
最初に立ち上がったのは烈だった。
「ハッ……何言ってんすか団長」
烈は肩を回しながら、笑った。
「俺はやるぜ……!
このまま舐められて終われるかってんだ」
すぐに千景が続く。
「当然よ。
やられっぱなしなんて性に合わない」
姫華は静かに息を吸い、言い切った。
「借りは返さないと気がすまないわ」
陽翔は拳を握りしめたまま顔を上げる。
「俺も……準備はできてます」
近衛は目を細めた。
「……お前ら」
烈がニッと笑い、さらに続けた。
「それによ……俺たち、一回死んでんだぜ?
もう怖いもんなんてねぇよ」
空気が変わった。
「……頼もしい奴だ」
近衛は深く頷いた。
「……分かった、正刻に伝えておこう」
烈は拳を握り、千景は目を細め、
姫華は静かに息をつく。
死んだという事実は消えない。
だが三人はそれを理由に止まる事を選ばなかった。
陽翔も前を向く。
昨晩、自分の信念と向き合い、覚悟を固めていた。
全員、痛く、苦しく、辛い経験をした。
だがその瞳の奥には〝前へ進む〟光が宿っている。
あの経験は、ただの傷では終わらない。
次は、強くなる番だ。




