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東京魔法戦線 〜人に魔法を撃てない魔術師の成長録〜  作者: いぬぬわん
第2章

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第45話 信念と覚悟

外はすっかり夜の帳が降りていた。

部屋の中は静かで、わずかに窓から

漏れる街灯の光が二人の影を映している。


陽翔はそっと千景の隣に座った。

昼間、少しだけ交わした言葉や、

抱きしめたときの感触が、

まだ心の奥に温かく残っている。

だが、同時に胸の奥には

後悔や謝罪の念も渦巻いていた。


「…千景さん」


陽翔の声は、夜の静けさに少し響く。

千景は目を閉じてからゆっくり開け、

陽翔を見つめる。


目を伏せたまま、低く震える声で口を開く。


「俺、あの時……何も選べませんでした」


千景はゆっくりと視線を上げ、

真剣な表情で彼を見つめる。

言葉を待つように、静かに耳を傾けた。


「俺が選ばなかったせいで……

みんなに死を押し付けてしまった」


胸の奥がぎゅっと締め付けられる。

声は震え、唇は少し噛みしめられていた。

陽翔の瞳には、後悔と自己嫌悪が滲んでいる。


千景は静かに息をつき、

優しく肩の力を抜かせるように言った。


「……それは違うわ」


陽翔は顔を上げることができず、

ただ千景の声に耳を傾ける。


「貴方のせいじゃない」


千景の言葉は穏やかで、

でも決して揺らがない強さを持っていた。


それは、陽翔の胸にじわじわと届き、

少しずつ固まっていた罪悪感を

溶かしていくようだった。


「陽翔が気に病む必要は──」



陽翔は胸の奥に渦巻く後悔と怒りを言葉にする。


「────死んだんですよ……!?」


「陽翔……」


「烈さんも姫華も千景さんも……!

俺のせいで死んだんですよ!?

なんで俺を……責めないんですか……!」


その声に、千景は少し眉を寄せ、静かに答える。


「確かに……陽翔は選べなかったかもしれない。

でもね、そもそも何で選ばなくちゃいけないの?」


小さく肩をすくめ、

でも目は真っ直ぐに陽翔を見つめる。


「あんな理不尽な選択、選ばなくていいのよ。

それに……悪いのは全部七瀬でしょ?」


「それは……!」


「それに……あの時は、みんな自分の

〝信念〟と〝覚悟〟を貫いただけ」


「信念と覚悟………」


「そう。だから陽翔を責める気はない」


千景の言葉には迷いや遠慮はない。


「陽翔、貴方にはある?」


「俺……の?」


「そうよ、陽翔の」


少し考える。

自分の心の底にある、素直な想い。


「俺は……みんなを守り……たいです」


「もう……誰も死んで欲しくない……!」


千景は陽翔の言葉を聞くと、

わずかに目を細めた。

そこには驚きではなく、

どこか安心したような光が宿っていた。


「……それがあなたの“信念”なのね」


千景は、柔らかく微笑みながら言葉を紡ぐ。


「みんなを守るなんて……大きく出たわね」


柔らかな声とは裏腹に、瞳には重さがある。


「でも……現実は厳しい。

今の私達じゃ……人を守れるほど強くない。

私達より強い魔人なんて、いくらでもいるわ」


言葉は冷静で、容赦がない。

だが次の瞬間、千景はほんの少し微笑んだ。


「だからこそ……

守りたいって気持ちが大事なんだと思う」


陽翔は顔を上げる。

千景の表情は冗談でも慰めでもない。

真剣で、揺らがない。


「その気持ちがあれば、

多少、辛い事があっても乗り越えていけるわ」


千景は静かに息を吸い、そして告げた。


「私は……“死んでも仲間”を、守る」


陽翔は言葉を失う。

千景は淡々と続ける。


「それが私の……信念」


千景の言葉が空気の中に沈んでいく。

陽翔は拳を握りしめ、ぽつりと呟いた。


「……なら俺は千景さんが死ぬ前に……俺が守ります」


千景の目がわずかに揺れた。


「……え?」


それは決して勢いだけの言葉ではなかった。

陽翔の声は震えていない。

覚悟を滲ませた静かな声だった。


「千景さんは……仲間を守る為なら本当に……死ぬ」


陽翔は千景をまっすぐ見た。


「だったら俺は……千景さんが死ぬ前に守ります。

 ……俺は誰一人死なせない」


千景は一度だけ肩を震わせた。

笑ったのか、泣き出しそうになったのか、

判別できないほど微妙な揺れだった。


「……生意気」


でもその声音には怒りはなく、

むしろわずかな震えと、

誤魔化そうとする照れの色が混ざっていた。


千景は少し間を置き、

くすっと笑うようにかすかに声を漏らした。


「でも……お願いするわ。

ちょっと……頼りないけど」


陽翔は思わず口角を少し上げ、目を細めて応じる。


「頼りないけど……任せてください。

〝覚悟〟決めたんで」


千景はその返事を聞き、

少しだけ目を丸くして驚いた表情を見せる。

でもすぐに、安心したような微笑を浮かべた。


ほんの少し息を整えたあと、ふっと表情を和らげる。


「……あと私が話したかったこと、言うね」


陽翔は視線を向ける。

千景は静かに言葉を紡ぐ。


「約束……守ってくれてありがと」


「約……束……?」


千景は目を細めた。

その瞳はどこか遠くを見ているようだ。


「生きていてくれて────ありがとう」


その一言は、夜の空気より静かに、

でも太刀のように鋭く陽翔の胸に刺さった。


──そうだ。あの時の……。


千景は死んだ。

体温も、声も、鼓動も、完全に消えていた。


痛くて、怖くて、理不尽で、救いようがなくて。

その全部を一度味わった人なのに。


それでも千景は、今こうして。


自分より先に、俺のことを気にかけている。

励まし、支え、優しさをくれる。


陽翔は瞳の奥が熱くなるのを感じた。

言葉が出ない。

ただ、息だけが白く震える。


夜は静かに更けていき、

二人の声はそこに確かに刻まれた。



────────


陽翔は昼前になって、

少し寝過ごした感覚で目を覚ました。


まだ眠気が残るまぶたの奥で、

昨夜の千景との会話や、

交わした言葉の余韻が静かに胸に残っている。


まだ体は眠気に包まれているが、

どこか騒がしい声が耳に入る。


「……え……俺……生きてる!?」


低く荒い声。すぐに続く、少し高い声。


「私も……何故……?」


陽翔は目をこすりながら、視線を上げる。

そこには、かろうじて体を起こそうとする烈と、

戸惑った表情で目をぱちぱちさせる

姫華の姿があった。


陽翔は思わず声をかける。


「……烈さん!姫華!」



「……陽翔……?」


二人は互いに顔を見合わせ、

まだ完全には状況を理解できていない様子だ。


烈は少し力を込めて拳を握り、

姫華は手を胸に当てながら小さく息をつく。


「……これ……夢じゃねーよな……?」


「私も……どうして……生きてるの……?」


陽翔はゆっくりと立ち上がり、二人に近づく。


「よかった……目を覚ましてくれて」


陽翔が二人に近づくと、

部屋の奥から澪の柔らかな声が響いた。


「落ち着いて……大丈夫。痛みはないでしょう?」


烈はまだ半信半疑の様子で、

腕を少し伸ばして体を支えながら

視線を左右に走らせる。


「……え、でも……俺は七瀬に……」


姫華も、手を胸に当てたまま小さく息をつく。


「……信じられないわ……傷が……無い」


澪は二人を順に見渡し、静かに微笑む。


「大丈夫、みんな無事よ」


烈は力を込めて拳を握り、視線を陽翔に向ける。


「……七瀬の野郎は……?」


姫華もゆっくりと立ち上がり、

まだ震える声で尋ねる。


「あいつは……どうなったの?」


陽翔は深呼吸をひとつして、応えた。


「すいません、俺もわからなくて……」


近衛が静かに部屋の扉を開け、

落ち着いた足取りで入ってきた。


「その件は、俺が後で話そう」


その声に烈と姫華はようやく、

少し落ち着きを取り戻す。


烈はまだ拳を握ったまま、

眉をひそめながら問いかける。


「……俺達に何が起こったってんだよ」


近衛は肩をすくめ、冷静に答える。


「詳しい話は落ち着いてからだ」


姫華も小さく息をつき、

手を胸に当てて微かに震えている。


「……そう……」


近衛は二人を順に見渡し、静かに頷く。


「皆、目が覚めてよかった。

体調が戻り次第、話をしよう」


部屋の奥から千景と月島の声が聞こえ、

二人も部屋に入ってくる。


千景は静かに微笑みながら、皆の様子を確認する。

月島は少し慌てた様子で、

手にはいつものように小物を持っていた。


「よかった、目が覚めたのね」


「えっと……りんご、剥いてきたんだけど」


「でた、りんご」


陽翔はクスッと笑い、

皆が目覚めた安堵の気持ちを噛みしめる。


静かな部屋に、ようやく安心できる空気が広がった。



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