第22話 同級生
ラウンジの空気が、微妙に固まっていた。
赤い長髪の少女は何事もなかったかのように
背筋を伸ばし、月島の前に立っている。
「突然失礼します」
「不知火家の姫華と申します」
声は落ち着いていて、礼儀正しい。
昔と同じ、完璧な“名家の長女”の顔。
(……変わってねぇな)
いや、正確には。
(“俺の前では”変わってなかっただけか)
「今日は、暴黒の獅子の団長さんに用があって来ました」
姫華はそう言って、軽く一礼する。
「……団長は今、外出中だよ」
月島が柔らかく答える。
「そうですか」
「では、出直します」
姫華はそう告げ、軽く一礼する。
その動きだけで、何も無駄がないことが分かる。
無駄に食い下がらないところも、昔のままだ。
────なのに。
「……」
その視線だけは、はっきりと俺を捉えていた。
逃げ場のない感覚。
胸の奥が、じわりと重くなる。
「知り合いか?」
烈が小声で聞いてくる。
「……同級生、でした」
それだけ答えるのが精一杯だった。
姫華は、俺から目を離さないまま
ふっと口角を上げる。
「久しぶりね」
「随分……雰囲気、変わったじゃない」
その声と視線に、嫌な記憶がざわりと蘇る。
────
木刀同士がぶつかる音。
何度打ち合っても、食らいついてくる赤い影。
『…………俺の勝ちだ……!』
『……そんな……私が負けた…………?』
負けたことがなかった彼女の目に、
初めて浮かんだ“悔しさ”。
そして勝ったはずの俺に向けられた、執着。
『もっと強くなって』
『逃げないで』
────
「……陽翔?」
呼ばれて、はっと現実に戻る。
姫華が、少し首を傾げていた。
「聞いてる?」
「……クランに入れたのね」
「……ああ」
短く答える。
それ以上、会話を続けたくなかった。
「ふーん」
姫華は一歩、近づいてくる。
無意識に、俺は半歩下がった。
その動きを、彼女は見逃さない。
「……まだ、避けるのね」
低い声。
昔、試合前によく聞いたトーン。
「別に」
「ふふ」
姫華は小さく笑った。
「変わったと思ったのは気のせいかしら」
胸の奥を、指で押されたみたいに息が詰まる。
「魔法」
「まだ、撃てないんでしょ?」
その一言で、空気が冷えた。
陽翔が言葉を失った、その瞬間。
「ちょっと、あんた」
低く、鋭い声。
千景が一歩前に出る。
その背中の気迫だけで、ラウンジの空気が締まる。
「それ、今言う必要ある?」
「随分と無神経なお嬢様ね?」
腕を組み、はっきりと姫華を睨む。
「ここが何処かわかってる?仲間を侮辱するなら……」
「お嬢様であれ、容赦しないわよ」
ラウンジに、ピリッとした緊張が走る。
姫華は一瞬だけ目を細め、
けれど、すぐに肩をすくめた。
「事実を言っただけですが」
「……事実でも」
千景が一歩、踏み込む。
「言い方ってものがあるでしょうが」
その時。
「大丈夫です」
陽翔の声だった。
自分でも驚くほど、落ち着いていた。
「……陽翔?」
千景が振り返る。
「気にしてません」
「それ、分かっててここにいますから」
姫華を見る。
真正面から。
「魔法が撃てないのは事実」
「でも、‘’強さ‘’は人それぞれですから」
一瞬の沈黙。
姫華の口元が、わずかに歪んだ。
「……へぇ」
興味を持ったような、昔と同じ目。
千景は、陽翔を一度だけ横目で見る。
(……ふん)
何も言わず、一歩下がった。
守る必要はない。
もう、自分で立っている。
「……ふふ」
姫華が小さく笑う。
「やっぱり……変わったわね」
「前は、もっと分かりやすく逃げてた」
「逃げてたんじゃねぇ、避けてたんだ」
短く、はっきり。
その言葉に、
千景の口元がほんの一瞬だけ緩んだ。
「……そう」
姫華はくるりと踵を返し、扉に向かう。
「用件は、改めて話すわ」
「団長がいる時に」
ドアノブに手をかけたところで、振り返る。
「それと…………」
一瞬だけ、昔の“ライバルの目”になる。
「今度は」
「逃げないでね」
ドアが閉まる。
コン、と静かな音。
しばらく、誰も何も言わなかった。
「……」
俺は、ゆっくり息を吐く。
(来やがった……)
過去だと思っていたものが、
まだ、現在進行形だったと突きつけられた。
暴黒の獅子に、
不知火姫華が来た。
それが、何を意味するのか。
(……めんどくせぇ)
心の底から、そう思った。




