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人に向けて魔法が撃てない俺はニートになろうとしたら底辺クランに入団させられました  作者: いぬぬわん


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第15話 返らないもの

雨夜は浅く息を整えながら、剣を構えていた。


腕を走る鈍い痛みは、すでに感覚として馴染み始めている。

血を吸ったあの剣の重さ。

斬り合うたびに増していく圧。

斬られた箇所から止まらない血。


(……クラクラしてきた……そろそろ決めないとマズイな)


目の前のフードの人物は、まだ笑っている。

だが、その笑みの奥にあるのは焦りではない。

ただ楽しんでいるだけのようだ。


そのときだった。


路地の奥、夜気の向こうから、ぞくりと背筋を撫でる感覚が走る。


(……澪……?)


理由はない。

音もない。

ただ、空気が一瞬だけ歪んだ。


血と魔力が衝突したような、嫌な気配。


雨夜は思わず視線を逸らしかけ、すぐに踏みとどまる。


(誰と戦ってるんだ……?)


胸の奥が、静かに軋んだ。


澪が戦っている。

それも、ただ事じゃない相手と。


雨夜は刀の握りを強くする。


「……あんまり無茶してほしくないんだけどな」


呟きは夜に溶ける。


だが、今は目の前の敵を倒さなければならない。

視線を戻すと、フードの人物はにやりと笑っていた。


「よそ見は感心しないなぁ、お兄さぁん?」


雨夜は表情を崩さず、静かに答える。


「……悪いね。

ただ、仲間がちょっと怖い戦い方をしてそうでね」


刀を構え直す。


(……早く片付ける)


雨夜の瞳に、夜の色が深く沈んだ。

相手の立ち姿をじっと見据える。


さっきの攻撃は致命傷のはずだった。

雨刃は確実に急所を捉え、身体を裂いていた。


……それでも、立っている。


だがよく見ると、違和感があった。


(……傷口が、塞がっている……?)


違う。

治っているわけじゃない。


裂けた肉は元に戻っていない。

骨の位置も、呼吸も、どこか歪んだままだ。


それでも“崩れない”。


(……なるほど)


雨夜は、静かに納得する。


「傷を……血で塞いでいるのか」


フードの人物の身体から滲む赤紫の血。

それは地面に落ちることなく、まるで意思を持つかのように、裂け目へと集まり、絡みつき、縫い留めている。


止血ではない。

回復でもない。


ただ無理やり形を保っているだけ。


(だから、動ける……

でも、その分――)


「長くは持たないようだね……」


血を使えば使うほど、身体は重くなる。

無理を重ねれば、いつか支えきれなくなる。


フードの人物は、雨夜の視線に気づき、楽しそうに笑った。


「えへへ……その通りだよ、お兄さぁん」


「でもさぁ、どうせ壊れるなら……

死ぬまで遊ぼぉ?」



雨夜は構えを低くし、2本の刀に魔力を込める。



「そうだね、最後までやろう」



今度は、

“塞がせない前提”で斬る。


「……は、はは……」


息を乱しながら、それでも楽しそうに。


「ねぇ、お兄さん」


雨夜は刀を下げない。

静かに相手を見据える。


「ここまで楽しいのは、お兄さんが初めてだよ」


赤紫の瞳が、まっすぐに雨夜を捉える。


「名前、聞かせて?

ぼくは──狂牙きょうが


ほんの一瞬だけ、風が止まったように感じた。

雨夜は、構えを崩さないまま答える。


「……雨夜です」


それだけ。


余計な言葉はない。

だが、それで十分だった。


狂牙は、口元を歪める。


「へぇ……いい名前。お兄さんにピッタリだぁ」


血が、再びざわめく。

最後の悪あがきか、最期の一撃か。


雨夜は、青い刀に魔力を込め直す。


「じゃあ……」


夜が揺れ、雨が呼ばれる。


「終わりにしよう、狂牙」


赤紫の血が刃となり、棘となり、四方から雨夜へと襲いかかる。

殺意だけで組み上げられた、無差別な血の斬撃。


雨夜は踏み込まない。


ただ、静かに刀を振る。


薄い黒の膜が、夜の帳のように広がった。


「──夜」


展開された黒い膜が、雨夜の周囲を包み込む。

受け止めるのではない。

刃を逸らし、流し、向きをずらす。

‘’防御‘’じゃなくて‘’逸らす‘’に向いている能力。


血の斬撃は夜に触れた瞬間、軌道を歪められ、空を切って散っていく。


「なぁにそれぇ……?」


狂牙の声に、苛立ちが混じる。


(……重いな)


夜に流れ込む魔力が、確実に削られていく。

展開している間はどんどん魔力を消費する。

長くは保たない。


だからこそ――


雨夜は、一歩だけ前に出た。


夜で凌ぎ、間合いを詰める。


そして、青い刀に魔力を集束させる。


「雨は……避けられない」


静かな声。


次の瞬間、空気が震えた。


「────雨刃」


夜を展開しつつ、雨夜が刀を振るう。

上空に展開された無数の青い刃が、重力に引かれるように一斉に落ちてくる。


逃げ場はない。

血で塞いだ身体ごと、範囲を削り取る斬撃。


狂牙の血が、再び傷口へ集まろうとするが――


間に合わない。


今度は“塞がる前提”を許さない。

塞ぐより先に、次が来る。


「……っ、は……?」


笑みが、完全に引き攣った。


夜で凌ぎ

雨で終わらせる。


それが、雨夜の戦い方だった。


雨刃が、最後の一振りを刻む。


青い刃が降り注ぎ、血で縫い止められていた身体を、今度こそ逃がさず削り取っていく。

塞ぐよりも早く、裂く。

支えるよりも先に、壊す。


赤紫の血が空中に舞い、意思を失ったように地面へ落ちていく。


「……あ……」


狂牙の口から、初めて意味を成さない声が漏れた。


血は、もう集まらない。

剣も、強化を保てない。


膝が、路地に落ちる。


「……ねぇ……」


それでも、笑おうとする。


「……たの……し……かった……」


言葉は、そこで途切れた。


身体が傾き、そのまま崩れ落ちる。

血縛の鎖が、音もなく霧散した。


夜の路地に残ったのは、静寂と、青い刃の名残だけだった。


雨夜は、しばらく動かなかった。


刀を下げ、浅く息を整える。

勝利の実感よりも先に来たのは確信だった。


(……これで終わりだ)


血で塞ぐことも、形を保つこともできない。

完全に、終わった。


雨夜は静かに踵を返そうとした、その時。


────足音。


軽く、けれどはっきりとした音が、路地の奥から近づいてくる。


雨夜は、再び刀を構え直す。


だが、現れたのは――


フードを被った、もう一人の影だった。


赤紫の髪。

赤紫の瞳。


だが、その表情は、さきほどの狂牙とは違う。


目が、地面に倒れ伏した存在を捉えた瞬間。

その足が、止まった。


「……?」


一歩、近づく。


「……ねぇ……?」


声が、わずかに震える。


そして、理解した瞬間。


「……狂……牙……?」


その名を呼ぶ声は、冗談めいていなかった。

笑いも、ふざけた抑揚もない。


ただ、ぽつりと零れ落ちた。


狂歌は、ゆっくりと膝を折る。

倒れた狂牙のそばにしゃがみ込み、その顔を覗き込む。


「……なにしてるの……?」


返事は、ない。


血は、もう動かない。

剣も、沈黙している。


数秒。

あるいは、それ以上。


狂歌の表情から、感情が消えた。


次の瞬間。


ぎり、と歯を噛みしめる音が、はっきりと聞こえた。


狂歌は、ゆっくりと立ち上がる。


そして、雨夜を見る。


赤紫の瞳が、濁る。


「……ふぅん」


声は低く、冷えていた。


「そっかぁ……」


一拍。


「……殺したんだ」


そこには、さっきまでの狂気じみた軽さはない。

代わりにあるのは、はっきりとした憎悪。


「………返してよ……

……あたしの弟を返せよ!!!!」


叫びが、夜の路地に叩きつけられた。


空気が震え、血の匂いが一瞬だけ濃くなる。

だが、それ以上に────冷えた。


怒りではない。

悲鳴でもない。


奪われたものを、理解した者だけが放つ声。


狂歌はその場から動かない。

視線は、倒れ伏した狂牙から一瞬も離れなかった。


拳が、わずかに震える。


涙はない。

嗚咽もない。


ただ、取り返しのつかない“欠落”だけが、

その場に残っていた。

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