第38話 奥の手
七瀬は、止まらない。
さらに魔力を積み上げる。
「……まだやで」
次に展開したのは、鉄。
床が軋み、金属音が連続して鳴る。
空間に、剣が生まれた。
一本や二本じゃない。
十本。
二十本。
三十本。
刃はすべて、同じ形。
同じ重さ。
同じ角度。
千景の生成魔法。
だが、精度は異常だった。
「生成速度、質、配置……」
七瀬は、淡々と計算する。
「この子の魔法、やっぱええなぁ」
剣が、宙に浮かぶ。
その全てに追尾魔法が絡みつく。
烈の爆破とは違う。
姫華の炎とも違う。
対象を“捉え続ける”ためだけの魔法。
「ほな、いこか」
七瀬が、指を鳴らした。
次の瞬間。
剣が、一斉に走った。
雨のように。
獣の群れのように。
全方位から、
時間差で、
角度を変えて。
陽翔の魔眼が反応する。
見る。
剣が、数本消える。
だが。
消えたのは、見えた分だけ。
背後。
上空。
足元。
死角から来た剣が、
地面に突き刺さり、爆ぜた。
「……ホンマ、ええ反応してるわ」
七瀬は、感心すらしている。
爆破。
炎。
鉄。
追尾。
同時展開できるのは〝2つまで〟だが
〝切り替え〟を行い、
当たる直前で追尾を切り、爆破を付与。
もはや、神業に等しいこの行為。
それでも、七瀬の呼吸は乱れない。
魔眼が、炎を消す。
爆圧を消す。
剣を、消す。
だが処理が、追いつかない。
消した瞬間に、次が来る。
視認した瞬間、別方向から来る。
陽翔の身体が、
無意識に避ける。
跳ぶ。
捻る。
着地する。
だが。
「動きが、読めてきたで」
七瀬の目が、完全に“狩り”のそれになる。
鉄剣の軌道を、わずかにズラす。
爆破のタイミングを、半拍遅らせる。
炎を、逃げ道だけに集中させる。
誘導。
「ほら」
黒雷が、剣を消す。
その瞬間。
消えた剣の“影”から、
別の剣が突き出た。
「……ッ!」
初めて、
陽翔の身体が崩れた。
膝が、地面に触れる。
黒雷が荒れ狂い、
周囲を焼き焦がす。
だが、七瀬は止めない。
「暴走はな」
淡々と、告げる。
「力はあるけど」
剣を、さらに増やす。
「戦術が、ないねん」
炎が壁を作る。
爆破が逃げ道を潰す。
追尾が、選択肢を奪う。
そして、鉄剣が一点に、収束する。
「終盤や」
七瀬は、静かに言った。
「ここまで来たら」
「もう、勝ち筋しか残っとらん」
無意識の陽翔が、
必死に黒雷を放つ。
消す。
放つ。
消す。
だが。
同時に来る“数”が、
ついに限界を超え始める。
戦場は、
完全に七瀬の支配下だった。
「こっちもしんどいから、はよ諦め」
七瀬が放った剣が、空中で消える。
炎も、爆圧も。
視認した瞬間、魔眼に呑まれ、消失する。
「……気張るねぇ」
七瀬は、攻める手を緩めない。
剣。
炎。
爆破。
追尾。
次々に放たれる魔法が、
絶え間なく陽翔を襲う。
消す。
消す。
消す。
魔眼が、確かに応じている。
だが……一本。
鉄剣が、消えずに残った。
「……ん?」
剣は、陽翔の脇を掠め、床に突き刺さる。
致命傷ではない。
だが、異常だった。
七瀬は、眉をひそめる。
「今の……」
追撃。
炎を放つ。
爆圧を重ねる。
炎は消える。
爆圧も消える。
——だが。
その直後に放った、
三本目の剣。
消えない。
魔眼が、遅れた。
「……あぁ」
七瀬は、はっきりと悟った。
「君、限界きとるやん」
手数を、さらに増やす。
剣の数が、増える。
爆破の間隔が、縮まる。
追尾の角度が、複雑になる。
黒雷は、まだ走る。
だが、魔眼は全てを処理できていない。
消えるもの。
消えないもの。
割合が、変わっていく。
七瀬の攻撃が、
確実に通り始める。
鉄剣が、陽翔の肩を裂く。
爆圧が、身体を吹き飛ばす。
それでも、陽翔は立っている。
だが、もう。
黒雷は、荒れ狂っていない。
一撃ごとに、細く。
一閃ごとに、弱く。
「……ギア上がったまま
最初からアクセル踏みっぱ」
七瀬は、静かに告げる。
「よー持ったほうやで、ホンマに」
魔力が、尽きるまで。
最後の黒雷が、走る。
が、七瀬は避け鉄の剣を飛ばす。
七瀬の剣が今度は確かに、陽翔を貫いた。
膝が落ち、身体が傾く。
そしてようやく……倒れた。
七瀬は、剣を構え直す。
「やっと……これで終いやな」
もう、黒雷は出ない。
魔眼も、沈黙している。
後は殺してコピーするだけ。
「最後は、仲間の魔法で死に」
鉄の剣を、振り下ろす。
「君の物語はこれで────終いや」
——キィンッ!!
鋭い音が、刃を弾いた。
間に、刀。
雨夜 薫が、立っていた。
「……終わらせさせない」
息を切らしながら、
それでも視線は逸らさない。
「この子は」
一歩前に出る。
「俺の仲間だ」
雨夜は、刀を構えたまま七瀬を睨みつけた。
「あれ?君、暴黒の副団長やん」
七瀬は肩をすくめ、軽く笑う。
「やっぱり君が仕組んだんだね」
「はぁ……勘弁してや」
頭を掻きながら、心底めんどくさそうに言う。
「やっとこれから、魔眼奪えるっちゅうんに」
視線が、倒れ伏した陽翔へ向く。
動かない。
呼吸も、弱い。
「神様は残酷や……」
七瀬の声が、わずかに低くなる。
「また、殺さなあかんやん」
その言葉で。
雨夜の中で、何かが切れた。
視界に入る惨状。
血を流し床に倒れた千景。
爆心の跡に横たわる血まみれの烈。
血に染まり、動かない陽翔。
守ると決めた。
背中を預けると決めた。
そして何より大事な〝仲間〟
それを、
目の前で踏み躙られて。
怒りに、ブレーキをかける理由は、
もうどこにもなかった。
「……七瀬」
声が、低く震える。
「やれるもんなら────」
七瀬は、笑う。
「やってみろ!!」
魔力が、両者から一気に膨れ上がる。
刀が鳴り、炎が揺れ、
空気が、張り詰めたその瞬間。
低く、冷たい声が落ちた。
「────何をやっている、七瀬」
世界が、止まる。
七瀬の動きが、ぴたりと止まった。
雨夜も、思わず視線を向ける。
そこに立っていたのは。
銀白の髪。
細身の体躯。
感情を映さない瞳。
白銀の翼・団長。
白銀 正刻。
「……ありゃ」
七瀬は、乾いた笑みを浮かべた。
「アンタも来たんかいな」
肩を竦め、
いつもの軽い口調で言う。
「意外と早かったなぁ、団長さん」
だが。
その場の空気は、
冗談を一切許さないほど、冷え切っていた。
白銀は、倒れている陽翔たちを一瞥し、
ゆっくりと七瀬を見る。
「説明しろ」
短く、断定的に。
逃げ道のない声だった。
戦いは、
まだ終わっていない。
ただ、舞台が変わっただけだ。




