第11話 狂気
雨夜は相手を視界に捉えたまま、スマホを手に取る。
耳に当て、澪と簡潔に状況を共有する。
「澪、位置情報送るよ。人通りほぼなし。フードを被って性別不明。赤紫の瞳、剣を持ってる」
澪の声が耳に届く。
「了解、すぐ向かうわ」
雨夜は刀を軽く握り直し、視線を相手に向ける。
フードの人物は、こちらを見ながら口をもごもごと動かす。
「ねぇねぇねぇ、もういい? いいよね? いくよ? いっちゃうよ?」
雨夜はタイミングを見計らい、電話を切る。
その瞬間、あいてのが夜の闇を切り裂き襲いかかる。
雨夜は即座に抜刀し、受け止める。
剣同士がぶつかる金属音が路地に響き渡る。
一閃の衝撃が腕を伝わり、雨夜は踏み込みながら体勢を整える。
雨夜は剣を構えたまま、少し間合いを取りつつ相手を見据える。
「最近、そのフードは流行ってるのかい?」
刃を微かに揺らし、相手の動きを慎重に観察する。
フードの人物は答えず、ただ笑みを浮かべるだけだった。
雨夜は目を細め、間を置いてさらに問いかける。
「じゃあ、追尾魔法を使う男を知ってるかい?」
フードの人物はとぼけたように肩をすくめ、柔らかく笑う。
「うーん、誰のことかなぁ? あたしは知らないけどね」
冷たい夜風に混ざり、背筋をぞくりとさせる不気味な笑い声。
雨夜は眉をひそめ、剣の握りを強くした。
「お兄さぁん、お喋りはおしまい。
ここからは楽しい時間の始まりだよぉ」
その瞬間、フードの人物の手元から赤紫の血がもやのように立ち上がり、鎖状に変化して雨夜の足を絡め取った。
「なっ!?」
「わぁぁ、つかまっちゃったぁ~? 大変だねぇ大変だねぇ」
雨夜は反射的に踏み込み、刀で鎖を切る。
しかし鎖はびくともしない。
痛みも、引っ張られる感覚もない。
まるで鎖自体に意思があるかのように、雨夜の動きを滑らかに受け止める。
「不思議そうな顔をしているね、お兄さぁん
これはね、血縛の鎖さ」
「……血縛の鎖……」
「そう、血縛の鎖!破壊することもできず
かといってぼくが引っ張ったりすることもできない」
挑発するように、フードの人物はにやりと笑う。
赤紫の瞳が暗闇に光り、楽しげな狂気が滲む。
「────でも鎖で繋がれたあたし達は、これ以上離れられないよぉ」
雨夜はその言葉に眉をひそめ、鎖を睨む。
現在の距離は約5メートル。
なるほど、自由を制限と言うよりは
相手を逃がさない為の鎖と言ったところか。
一人称もコロコロ変わる……全く不気味な相手だ。
夜の闇に赤紫の影が揺れるたび、雨夜の心臓が静かに跳ねる。
ただ一つ確かなことは雨夜の顔は焦りの一つも無い。いつも通りの、穏やかな表情だったということだ。
雨夜は構えを崩さず、相手の動きを鋭く見据える。
目の前のフードの人物は楽しげに笑いながらも、斬りかかってくる。
刀と刀がぶつかる金属音が路地に響く。雨夜の剣捌きは無駄がなく、相手の攻撃をことごとく受け止め、かわす。
(………斬られたらまずい気がするな……)
直感が警告する。
ただ刃先に漂う危うい気配が、雨夜の神経を尖らせる。
連続する斬撃を受け流し、払い、少し後ろに下がろうとした瞬間――
どん、と体の奥に壁にぶつかったような感覚が走った。
「……ん?」
周囲を確認するが、実体のある壁は無い。だが確かに、後退しようとしてもそれ以上は下がれない。
(……なるほどこれが……)
雨夜は刹那、あの赤紫の血の鎖が自分と相手をつなぎ、自由な後退を阻んでいることに気づいた。
フードの人物は笑いながら一歩も動かず、楽しげに挑発する。
「ふふっ、離れちゃやだよぉ」
雨夜は唇を引き結び、心の中で呟く。
(焦るな……鎖がある以上、逃げ場はない。
だが、それは相手も同じ……)
距離は約5メートル。鎖が制限するその範囲の中で、互いに斬り合う。
雨夜は一瞬、視線を鋭く相手に向けた。
「じゃ、そろそろ反撃しようかな」
フードの人物は楽しげに首を傾げる。
「お、いいねぇ。やる気だねぇ。どんな技を見せてくれるのかなぁ?」
雨夜は微かに笑みを浮かべ
青い方の刀に魔力を流す。
「今に分かるよ」
手元の刀に魔力を流す。
すると刀は青く光りだした。
「頑張って避けてね────
────────雨刃」
雨夜の一振りで、空中に魔力で作られた青い刀が無数に展開した。
まるで雨が降り注ぐかのように、刃が乱れ飛ぶ。
フードの人物の周囲を縦横無尽に駆け回る青い斬撃。
雨夜は静かに刀を構えたまま、目の前の敵の動きを冷静に追う。
「これでどうかな?」
雨刃が空を埋め尽くし、攻撃範囲を制圧していく。
フードの人物は笑みが崩れ、次第に動きが制限され始めた。
夜の路地を縦横に飛ぶ青い刀の形をした斬撃───
──雨刃。
フードの人物は必死に身を翻し、刃を避けようとするが、自身が定めた‘’5m以上離れられない‘’という
制限がデメリットとなり
そこに加え攻撃範囲の広さに逃げ場はほとんどない。
「…………!」
回避しきれなかった刃が次々と襲いかかる。
雨刃が遠距離から容赦なく追い詰め、斬撃は滅多刺しに相手を打ちのめす。
雨夜は静かに刀を構えたまま、相手の動きを鋭く見据える。
相手の姿は次第に動きを止め、青い斬撃の雨に包まれていた。
──路地に静寂が戻る。




