第9話 異変
医療室を出て、扉を閉めかけたところで──
「陽翔」
呼び止められて、足が止まる。
振り返ると、廊下に立っていたのは澪だった。
「……はい」
「ちょっと、いい?」
穏やかな声。
だが、逃げ道はないやつだ。
陽翔は、素直に立ち止まった。
澪は、陽翔の体を見る。
触れはしない。ただ、視線だけ。
「無理、してるでしょ」
「……してない、とは言えないです」
「正直でよろしい」
小さく、笑う。
「身体強化、部分的に覚え始めた頃が一番危ないの」
陽翔は、黙って聞いた。
「力が“思ったより出る”から
止めどころを間違える」
一瞬、視線が鋭くなる。
「千景は自分より〝仲間〟を守る」
「烈は、〝仲間〟の為に突っ込んで無茶する」
そこで、澪は陽翔を見る。
「……あなたはね」
少しだけ、間を置いた。
「〝仲間〟の為に壊れても、前に出ようとするタイプ」
図星だった。
「だから」
澪は、ぽんと指で陽翔の額を弾く。
「私が止める」
「え?」
「医療担当の仕事でしょ?」
何でもないことのように言って、澪は微笑んだ。
「強くなるのはいい。
でも、命は大事にしなさい」
それだけ言うと、踵を返す。
「……はい」
陽翔は、深く頷いた。
廊下に残ったあとも、
その言葉は、胸の奥に残り続けていた。
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ここ数日、近衛と月島は、フードの男の情報を集めるため、街のあらゆる場所へ出向いていた。
「……中々情報が集まりませんねぇ」
月島が小さくため息をつく。
団長は腕を組みながら街を見渡した。
「主な手掛かりはフードの男ってだけだからな」
「ですが、このままでは……」
月島の声には焦りが混じる。
二人が歩みを進めると、商店街の掲示板に貼られた小さな張り紙が目に入った。
近づくと、ここ数日、無差別斬殺事件が起きている。
そんな噂が、この街で現実となっているという。
現時点での被害は死亡者8名。
毎夜、被害が出ているらしい。
「斬殺事件ですか……」
月島の目が真剣に光る。
「放っておけません、団長!」
団長はしばらく沈黙し、状況を確認するように周囲を見渡した後、ゆっくりと頷く。
「そうだな……夜の街は、見回る必要がありそうだ」
二人は互いに目を合わせ、覚悟を固める。
誰に頼まれたわけでもない。
けれど、放っておくわけにもいかない。
夜の街に潜む影は、まだその正体を現さず、静かな不安だけが漂っていた。




