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人に向けて魔法が撃てない俺はニートになろうとしたら底辺クランに入団させられました  作者: いぬぬわん


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第8話 日常


修行が終わる頃には、腕も脚も限界だった。


息を整えながら廊下を歩く。

陽翔の足は、自然と医療室の前で止まった。


(……今日も、起きてるかな)


数日前までは、覗くだけだった。

声をかける勇気なんて、なかった。


けれど今は――

ノックする理由が、少しだけ増えた気がしている。


「……失礼します」


返事はない。

それでも、ゆっくりと扉を開けた。


医療室の中。

ベッドの横に置かれた椅子に、千景が腰掛けていた。


「……あ」


先に声を漏らしたのは、陽翔の方だった。


「起きてたんですね」


千景はちらりとこちらを見る。


「見ればわかるでしょ」


「……ですよね」


思わず苦笑する。


以前なら、そこで終わっていた。

けれど今日は、違った。


「えっと……その、調子どうですか」


千景は一瞬だけ考えるように視線を上げる。


「動かなきゃ、死なない程度」


「それ、調子いいって言うんですか……?」


「悪くはないわ」


相変わらず、素っ気ない。


それでも――

ちゃんと、会話になっている。


陽翔は、少し勇気を出して一歩近づいた。


「俺、今……修行してて」


「知ってる」


即答だった。


「副団長が、朝からうるさい」


「うるさ……」


言いかけて、やめる。


「……厳しいですけど、ちゃんと見てくれます」


千景は、ふっと息を吐いた。


「そう」


短い返事。


それでも、否定はしなかった。


沈黙。

だが、居心地は悪くない。


陽翔は、指先を握ったり開いたりしながら、口を開く。


「千景さん」


呼びかけると、視線が向く。


「俺……あの時」


言葉が、詰まる。


「正直、何もできなくて」


はっきり言った。


「ただ千景さんに守られて……」


千景は、少しだけ眉をひそめる。


「……それで?」


「だから」


陽翔は、顔を上げた。


「次は、ちゃんと立ってたいです」


真っ直ぐな目。


「守られる側じゃなくて……一緒に戦える側で」


千景は、じっと陽翔を見つめたまま、何も言わない。


数秒。

あるいは、もっと短い沈黙。


「……生意気ね」


ぽつりと、そう言った。


「え?」


「新人のくせに」


だが、その声はどこか柔らかい。


「……待ってるわ」


それだけ言って、千景は視線を外した。


陽翔は、少し驚いてから、笑った。


「ありがとうございます」


「礼を言われるほどじゃない」


「でも、俺は言いたかったんで」


千景は、面倒そうにため息をつく。


「……勝手にしなさい」


そう言いながら、

口元がほんの少しだけ、緩んだのを――

陽翔は、確かに見た。


────────


医療室の扉が、勢いよく開いた。


「おーい、千景ー生きてるかー!」


「うるさい」


即答だった。


烈は悪びれもせず、腕を組んで笑う。


「いやぁ、さすが〝鉄の鬼姫〟────」


「こら、人の事を鬼とか言わない」


横から、冷静な声が割り込む。

澪が、呆れたように烈の後頭部を軽く叩いた。


「千景はまだ療養中なんだから。

 刺激しないの」


「刺激って言われてもなぁ」


烈は肩をすくめる。


「こうして起きてるなら、もう平気だろ?」


「アンタがいると悪化する」


千景は即座に切り捨てる。


「……が」


一拍置いて、視線を逸らす。


「……退屈ではあるけど」


「ほら」


烈がニヤッとする。


「退屈だってよ。陽翔、相手してやれ」


「え、俺ですか!?」


突然振られて、陽翔は目を瞬かせる。


「さっきまで修行で正直、休みたいんですけど……」


「ばーか、先輩命令だ」


烈は笑った。


「こらこら、先輩風吹かせない」


澪は、ふっと微笑む。


「烈、出て行きなさい、先輩命令」


千景がぼそっと刺す。


「ざんねーん、そんな命令聞けませーん!」


「はいはい、静かに静かに」


烈をたしなめると、澪は千景の様子を確かめるように視線を向ける。


「……痛みは?」


「動かなければ」


「じゃあ動かないで」


即断だった。


陽翔は、そのやり取りを眺めながら、胸の奥がじんわり温かくなるのを感じていた。


ここにいるのが、当たり前みたいで。


「……なに、その顔」


千景に睨まれる。


「いえ、なんでもないです」


「嘘ね」


「はい」


即答すると、烈が吹き出した。


「お前、だいぶ馴染んできたな」


「そうですか?」


「そうだよ」


烈は陽翔の背中を軽く叩く。


「もう立派に“暴黒の獅子”だ」


その言葉に、陽翔は少しだけ、胸を張った。

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