第29話 カウントダウンの先
北拠点は、拍子抜けするほど静かだった。
陽翔が倒れていた時と同じように、
音がない。
風の流れも、魔力の揺らぎも、
敵の気配すら感じられない。
「……誰も、いねぇな」
烈が低く呟く。
陽翔は一歩遅れて周囲を見渡した。
さっきまで意識を失っていたとは思えないほど、
視線は落ち着いている。
建物は確かに拠点の構造をしている。
バリケード、補強された壁、侵入者を想定した動線。
それなのに──
「……空っぽ、ですね」
陽翔の言葉に、
姫華は小さく頷いた。
「ええ。
少なくとも“迎え撃つ準備”はされてない」
違和感が、積もっていく。
拠点がある。
痕跡もある。
だが、肝心の“中身”がない。
インカムに、ノイズ。
『……そっちはどうや?』
七瀬の声。
「……誰もいません」
烈が、短く答える。
『は?』
一拍。
『……おいおい』
少しだけ、間の空いた声。
『こっちもや。
奥から入ったけど、誰もおらん』
軽く笑うような調子。
『なんやこれ。
完全に空振りやんけ』
烈が、低く舌打ちする。
「……西に集めてたって線は?」
『それも薄いなぁ。
敵さんからしたらここが1番守りやすいはずや』
姫華は、黙って拠点の奥を見た。
七瀬の声は、いつも通りだ。
軽くて、余裕がある。
──だからこそ。
(……妙)
理屈じゃない。
直感だけが、胸に引っかかる。
「七瀬さん」
『ん?』
「この拠点、
“使われてない”感じがします」
一拍。
『……せやな』
ほんの一瞬だけ、
声のトーンが落ちた気がした。
『せやけど、今は確認が先や。
三人はそのまま前側に詰めて』
「了解」
通信が切れる。
沈黙が、戻る。
「……行くぞ」
烈が前に出る。
建物内部は、
思った以上に奥行きがあった。
足音が、やけに響く。
それが余計に、神経を逆撫でする。
陽翔は、歩きながら拳を握った。
さっきの戦闘。
殴られた感触。
叩きつけられた床の冷たさ。
まだ、覚えている。
(……でも)
一歩、また一歩。
(今度は、目を逸らさない)
拠点の最奥。
厚い鉄扉が、ひとつ。
「……ここか」
烈が、ハンマーを構える。
姫華は、その横で静かに息を整えた。
魔力は、まだ戻りきっていない。
それでも、立ち止まる理由にはならない。
「開けるわ」
姫華が言う。
烈が、扉に手をかける。
ぎ……、と重い音。
扉が、わずかに開いた。
中は、暗い。
照明は落ちている。
だが──
「……影?」
陽翔が、思わず声を漏らす。
奥の方。
闇の中に、人影がひとつ。
動かない。
こちらを迎え撃つ素振りもない。
ただ、立っている。
姫華は、刀の柄を握り締めた。
(……誰)
息を詰めた、その瞬間。
影が、わずかに揺れた。
それだけで、
胸の奥が、ひどく嫌な音を立てた。
この時、まだ三人は知らなかった。
この“空白”が、
取り返しのつかない一手に
繋がっていることを。




