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東京魔法戦線 〜人に魔法を撃てない魔術師の成長録〜  作者: いぬぬわん
第1章

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第28話 劣等感と折れなかったもの


陽翔は、動かなかった。


胸は、確かに上下している。

呼吸もある。

生きていることは、誰の目にも明らかだった。


だが意識が、戻らない。


顔面を強打した痕が生々しく残っている。

唇の端は切れ、頬は腫れ、痛々しい。


「……くそ」


烈は歯を食いしばり、陽翔の体を背負い直した。


重い。

だが、それ以上に────


(何やってんだ、俺は……!!)


頭の中で、何度も同じ言葉が反響する。


突っ込ませたのは誰だ。

無理だと止めなかったのは誰だ。

フォローに回ったつもりで、結局何も出来ていないのは────


(俺だろ……!)


外傷は、確かにある。

なんとか陽翔も生きてる。


それでも。


烈には、分かってしまった。


あの瞬間。

陽翔が殴られる直前に浮かべていた、あの表情。


「今ならいける」と、信じきっていた目。


それが、砕かれた。


(……ただのダメージじゃねぇ)


心の方が、先にやられている。


烈は、奥歯を強く噛み締めた。


「……北だ。急ぐぞ」


誰に言うでもなく、そう呟いて歩き出す。


移動中、烈は何度も背中越しに

陽翔の呼吸を確かめた。


一定だ。

乱れてはいない。


それが、逆に胸を締めつける。


(生きてる。

……意識が戻らねぇ)


視界の端で、姫華が周囲を警戒している。


隙がない。

一歩一歩が、迷いなく前に出ている。


さっきの戦闘が、頭をよぎる。


炎刃華。

溜めの時間。

炎を使わず、刀だけで耐え切った動き。

もちろん威力も。


(完成度が……違う)


比べるつもりはなかった。

それでも、否応なく突きつけられる。


姫華は、一人で“決めきれる”。


自分はどうだ。


魔人に有効打を与えたのは隙が出来た時の1回だけ。

それ以外は脅威だと思われてもいなかった。


(……クソが)


烈は、陽翔の脚を強く抱え直した。


(自分が情けねぇ……!!)


怒りが、自分に向く。


それでも足は止めない。

止める資格なんて、ない。



姫華は、少し前を歩きながらインカムを叩いた。


『どや、もーそろそろ着きそうか?』


七瀬の声。


「……もう少しです」


短く答える。


『こっちは先に着いとる。

千景と一緒に、北側の奥や』


「了解」


通信は、それで切れた。


合理的。

無駄がない。


それなのに。


姫華の胸に、小さな引っかかりが残る。


無意識に、左手を握り込む。

指先が、わずかに震えていた。


(……使いすぎた)


炎刃華の反動。

魔力の消耗。


それでも、足取りは乱さない。

弱みを見せる場面じゃない。


考えるべきことは、他にある。


歩調を少し落とし、背後を見る。


烈の背中。

その背中に背負われた、陽翔。


ぐったりとした体。

力の抜けた手。


(……陽翔)


あの時。

止められなかったのは、自分も同じだ。


違和感に名前をつけるのを、姫華はやめた。


今は彼を北まで運ぶこと。

それだけでいい。



北拠点が、視界に入り始めた。


静かだ。


風の音すら、遠い。

敵の気配も、魔力反応もない。


(……静かすぎる)


本来なら、何かしらの反応があっていい。

見張り。

警戒。

あるいは、撤退の痕。


だが、そこには何もなかった。


まるで、最初から

誰もいなかったかのように。

その時だった。


「……っ」


微かに、声にならない息が漏れる。


烈の肩が、ぴくりと揺れる。


「……?」


背中から伝わる、わずかな動き。


指が、かすかに動いた。


陽翔が、意識の底から、浮かび上がろうとしていた。



────────────



指が、もう一度動いた。


今度は、はっきりと。


「……っ」


烈は足を止め、陽翔の名を呼ぼうとして、

その前に、背中から声がした。


「……すいません」


かすれた、だが確かな声。


「……重いっすよね」


「────ッ!」


烈は思わず息を呑んだ。


「陽翔……?」


「……起きました

まだボーッとしてますけど」


烈は急いで陽翔を下ろし、木に寄りかからせた。

陽翔は額を押さえ、何度か瞬きをする。


視線は、ぶれていない。


それどころか。


(……目が)


烈は気づいた。


怯えも、焦りもない。

さっきまであった、あの“砕けた感じ”が、ない。


「……大丈夫か」


「……はい」


一瞬、陽翔は言葉を探すように視線を伏せた。


「正直……

自信、無くしてヘコむと思ってました」


烈の胸が、ぎゅっと締まる。


「……でも」


陽翔は、拳を握った。


「逆でした」


顔を上げる。


「自分、まだ全然足りないって

はっきり分かったんで

むしろ清々しいというか…」


その声は、静かだった。

だが、揺れていない。


「悔しいですけど……

逃げたいとか、折れたとかは、なくて」


烈は、言葉を失った。


(……あ)


理解する。


これは、ただの強がりじゃない。

負けを“負け”として受け止めた上で、前を見ている目だ。


(……前までの陽翔じゃねぇ)


殴られて、倒れて、

それでも“折れなかった”。


それどころか、芯が太くなっている。


(……こいつ)


烈は、知らず歯を食いしばっていた。


(ちゃんと、成長してやがる……!)


「……すいません」


陽翔が、もう一度言った。


「背負わせて」


烈は、短く息を吐く。


「バカ言え」


そして、陽翔の頭に手を置いた。


「後輩を背負うのは先輩の役目だ」


一瞬、陽翔が驚いた顔をする。


烈は、視線を逸らしたまま続けた。


「……次は、ちゃんと一緒に行くぞ」


陽翔は、少しだけ笑った。


「はい」


────────



インカムに、ノイズが走る。


『着いたか』


七瀬の声。


「はい。北側拠点、到達しました」


烈が答える。


『よし。

したら三人は前側から詰めてくれ』


一拍。


『こっちは奥側から詰めて、一網打尽や』


『『『了解』』』


三人の声が、重なった。


静かに、空気が張りつめる。

インカムが、短く鳴った。


『じゃ、カウントダウンいくで』


七瀬の声は、いつも通りだ。

軽くて、飄々としている。


だが、その裏にある緊張を

姫華は聞き逃さなかった。


『5』


その一言で、空気が張り詰める。


烈は、無意識に足の裏へ力を込めた。

瓦礫を踏めば音が出る。

呼吸すら、うるさく感じる。


陽翔は、前を見ている。

目は、もう曇っていなかった。


『4』


風が吹き抜ける。


北拠点の外壁に絡んだ鉄材が、かすかに軋む。

敵影は、ない。


それが、逆に不安を煽る。


(……何人居てもぶっ飛ばす)


烈の喉が鳴る。


『3』


陽翔の足が、半歩だけ前に出る。


姫華が、わずかに腰を落とした。


いつでも踏み込める姿勢。

刀の柄にかけた指は、驚くほど静かだ。


『2』


陽翔が、息を吸う。


深く、短く。


その拳が、固く握られる。


痛みもある。

恐怖も、残っているはずだ。


それでも。


(……もう前を向いてやがる)


烈は、気づいてしまった。


折れたのは自信だ。

だが、心までは折れていない。



『1』


一瞬の、静寂。


次の言葉が、来る。


『────気張りや』


七瀬の声が、耳に落ちた、その瞬間。


全員の意識が、前へ揃う。


烈は、拳を握り締めた。


姫華は、一歩、踏み出す。


陽翔も、遅れずに前へ出る。


北拠点、突入。


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