第27話 慢心と燃える華
西の拠点を抜け、北を目指して歩いていた。
獣道を抜けた先で、
視界が一気に開ける。
元々、何かの跡地だったのか広めの広場に
崩れた柱と、剥き出しの配管。
そして──
「……いるな」
烈が、足を止めた。
広間の中央。
魔人が、一体。
物陰に隠れるでもなく、
逃げる素振りもない。
最初から、
そこに“立っていた”。
「……一体だけ?」
姫華が、視線を走らせる。
増援の気配はない。
背後も、左右も、静かだ。
(包囲じゃない)
陽翔は、喉の奥で息を飲み込む。
(……一体なら)
さっきまでの戦闘が、頭をよぎる。
扉をぶち破って、乱戦になって、
それでも──
(……倒せた)
雷が、微かに足元を走る。
「俺が行く」
陽翔が踏み出した、その瞬間。
魔人が、笑った。
口元だけを歪めた、嫌な笑い。
待っていた、と言わんばかりの視線。
「……ッ」
嫌な予感が、遅れて背中を撫でる。
だが、もう止まらない。
「行くぞ!瞬雷!」
一気に距離を詰め、拳を振り抜く。
「はあっ!」
──重い。
当たった。
確実に。
だが、魔人は止まらない。
「っ!?」
逆に、腕を掴まれた。
握力が異常だ。
骨が軋む。
「ぐっ……!」
さっきまで相手にしていた個体より、
明らかに反応が違う。
「────っ!?」
衝撃。
腹に、重い一撃。
「がっ……!」
息が抜ける。
足が浮き、壁に叩きつけられる。
(……強い…!)
床を転がる。
受け身を取る前に、追撃。
「陽翔っ!」
姫華の声。
炎が割って入る。
魔人の動きが一瞬、止まる。
「調子に乗るな!」
烈が、横からハンマーを叩き込む。
金属音。
火花。
魔人は後退したが、倒れない。
「……硬っ」
烈が舌打ちする。
陽翔は、片膝をついたまま、腹を押さえた。
肺に空気が入らない。
(くそ……)
さっきまでの高揚が、
一気に冷めていく。
魔人が、こちらを見る。
まるで品定めするように。
「……なんだ、こんなものか」
低い声。
「侵入者。
お前らは、ここで止まれ」
そう言って、魔人は構えを変えた。
明らかに、さっきとは違う圧。
「陽翔、無理するな!」
姫華が前に出る。
烈も、半歩前へ。
二人が、陽翔を庇う位置。
(……守られてる)
その事実が、胸に刺さる。
(俺が、突っ込んだからだ)
インカムが鳴る。
『どうした? 状況は』
七瀬の声。
「……魔人と遭遇。
戦闘継続中です」
烈が短く答える。
『絶対に逃がしたらアカンで、確実にしとめ』
「わかってる。
でも……強いぞこいつ」
一瞬の、間。
『したらヒメちゃん中心でいき。
陽翔くん、烈くんはカバーに徹し』
淡々とした声。
「了解」
通信が切れる。
陽翔は、歯を食いしばって立ち上がった。
悔しさが、込み上げる。
(俺が、もっと……)
雷が、また足元に集まる。
だが、さっきより不安定だ。
魔人が、陽翔を見る。
「ほう、立てるか」
挑発するような声。
「……当たり前だろ」
自分でも驚くほど、
声が強く出た。
姫華が、横目で見る。
「陽翔」
「大丈夫」
即答。
(大丈夫じゃない)
分かっている。
それでも、引けない。
(ここで下がったら……)
〝今までの俺と変わらない〟
魔人が踏み込む。
次の瞬間、
烈と姫華が同時に動いた。
「合わせろ!」
烈のハンマー。
姫華の炎の斬撃。
二方向からの攻撃。
魔人が弾かれ、体勢を崩す。
「今だ!姫華!畳みかけるぞ!」
烈の声。
陽翔は、反射で走っていた。
(今なら…!)
雷を纏わせ、拳を振るう。
(決める…!)
そう思った、その刹那。
雷の動きを読んだように
魔人の目がこちらを捉える。
「────ッ!!」
顔面に、衝撃。
視界が裏返る。
音が遅れて届く。
床に叩きつけられ、
視界が白く弾けた。
(……なんで反応できんだ……)
思考が、途切れる。
遠くで、
姫華の叫び声が聞こえた気がした。
「陽翔!!」
(決めれると思ったのに)
その判断が、
どれほど甘かったのか。
理由は、まだわからない。
何を間違えたのかも、掴めていない。
ただ──
胸の奥にあったはずの確信が、
音もなく、崩れていく。
いけると思った感覚。
通るはずだった一手。
積み重ねてきた自信。
それらが、
まとめて否定された気がした。
(……くそ……!)
暗闇が、
ゆっくりと意識を覆っていく。
────────────
陽翔が、倒れた。
音が遅れて届くほど、重い一撃だった。
床に叩きつけられた体が跳ね、
そのまま、動かない。
「……っ」
姫華は、呼吸を止めた。
(まずい)
考えるより先に、体が動く。
「烈!」
「わかってる!」
烈が前に出る。
ハンマーを振り上げ、魔人の注意を強引に引き剥がす。
姫華は、陽翔の方へ視線を走らせる。
動かない。
魔力も途切れている。
(意識がきれている)
最悪の判断が、脳裏をよぎる。
────突っ込ませるべきじゃなかった。
さっきの戦闘。
東の拠点。
あまりにも、うまくいきすぎていた。
(……どこか油断してた)
それを、止めきれなかった。
魔人が、こちらを見た。
いや、正確には〝私〟を見ている。
「……2人は眼中にないって感じね」
低く呟く。
烈が弾き飛ばされ、
その一瞬の隙を、魔人は逃さなかった。
踏み込み。
間合い。
一直線。
「────っ!」
姫華は、刀を振るう。
炎が走る。
だが、浅い。
魔人は怯まない。
(硬い……!)
東で相手にした個体とは、明らかに違う。
耐久も、反応も、一段上。
烈が、横から割って入る。
「姫華!陽翔は俺が見る!」
烈は七瀬の言う通りに
私にメインを譲ってくれるらしい。
「……お願い」
言葉はそれだけ。
姫華は、前に出た。
魔力を、抑えきれない。
炎が、刀身から溢れ始める。
(……許さない)
魔人が笑った。
「やはり……〝お前〟か」
その声に、嫌な確信が走る。
(……最初から、ここに居た)
偶然じゃない。
遭遇でもない。
“待っていた”。
インカムに、ノイズ混じりの声。
『状況はどうや』
七瀬。
姫華は、一瞬だけ視線を伏せる。
「……強敵です」
短く、事実だけ。
『ヒメちゃん時間はかけられへんで。
〝アレ〟でさっさと終わらせぇ』
「……了解」
通信が切れ、姫華は前を見る。
魔人。
烈。
倒れたままの陽翔。
(……守らないと)
それだけが、残った。
炎を、強く纏わせる。
この戦闘は、
長引かせてはいけない。
ただ。
(……嫌な予感がする)
それだけが、確かだった。
魔人が一歩踏み込む。
踏み込みの重さが、さっきまでとは違う。
魔人の動きが、変わったり空気が軋む。
「……来なさい」
姫華は、小さく息を吐いた。
魔人の魔力が膨れ上がる。
筋肉が軋み、皮膚の下で何かが蠢く。
──ギアが、一段上がった。
(七瀬の言う通り時間はかけられない)
一瞬で判断する。
(……なら)
姫華は、刀を構え直した。
刀身にいつもの炎の姿はない。
烈が、その違和感に気づく。
「姫華……?」
答えない。
代わりに、姫華は深く息を吸った。
刀身に、静かに魔力を流し込む。
炎は出ない。
だが、確実に“溜まっていく”感覚。
魔人が、踏み込む。
烈が前に出る。
陽翔の方へ視線を走らせながら、魔人の進路を遮る。
「これでも食らっとけや!」
ハンマーが唸る。
重い一撃。
「クソが!!」
だが、魔人は止まらない。
弾き、押し返し、さらに前へ。
視線は、姫華だけを捉えている。
「……妙だな」
低い声。
「なぜ、炎を使わない」
一瞬、空気が凍る。
魔人は、確信した。
(何かを、狙っている)
狙いが、完全に姫華へと絞られる。
「ッ……!」
烈が追撃を入れるが、魔人は無視する。
強引に距離を詰め、姫華へ迫る。
(……流石に気づかれたか)
姫華は、歯を食いしばる。
刀だけで、捌く。
炎なし。
技だけ。
刃がぶつかり、火花が散る。
(……まだ)
体勢を崩され、肩に衝撃。
痛みが走る。
それでも、止まらない。
(……あと、もう少し)
その時。
刀身から、僅かに魔力が漏れた。
今までの魔力とは非にならない程の濃さ。
熱。
揺らぎ。
空気が、ざわつく。
魔人の目が、見開かれる。
「……これは」
焦り。
本能的に、理解した。
(完成される前に、潰す)
魔人が、大きく振りかぶる。
今までで、最大の一撃。
力任せの、だが致命的な一振り。
「────っ!!」
その瞬間。
烈が、横から踏み込んだ。
「させるかぁぁっ!!」
ハンマーが、正面から叩きつけられる。
轟音。
衝撃が、広場を揺らす。
力と力がぶつかり合い、
均衡が────崩れた。
魔人の体勢が、大きく流れる。
生まれたのは、
決定的な〝隙〟。
姫華の口元が、わずかに緩む。
「いい動きね……感謝するわ」
刀身が、眩く輝いた。
次の瞬間。
刀が────ほどける。
刀身に溜められた炎が宿り、
炎と刀が花弁として形作る。
無数の炎の花びらが、宙に舞う。
美しく、静かで、そして残酷。
「これで終わり────」
一拍。
「火焔・炎刃華」
姫華が、踏み込む。
舞う炎が、魔人を包み込む。
切り裂き、焼き、絡みつく。
悲鳴は、途中で消えた。
音は、
燃える音だけ。
花が散るように、
魔人の体が崩れ落ちる。
炎が、静かに消える。
広場に残ったのは、
焦げた跡と、
倒れた魔人。
姫華は、ゆっくりと刀を収めた。
一歩踏み出そうとして、膝が揺れた。
「……っ」
大技を使った反動がくる。
(……魔力を使いすぎた)
呼吸を整え、何事もなかったように立ち直る。
烈が、その様子を見逃さなかった。
「……大丈夫か?」
「ええ」
少し、無理をして笑う。
「問題ないわ」
肩で息をしながら、
視線を、陽翔へ向ける。
(……なんとか守れた)
ここで通信が入る。
『どーや、終わったか』
七瀬の声。
「……ええ」
姫華は、短く答えた。
『 ほな、北で待ってるで』
姫華は、何も言わなかった。




