第26話 時間差
扉が、内側へ吹き飛んだ。
金属の悲鳴。
砕けた蝶番。
舞い上がる粉塵。
「なっ────!」
「侵入者だ!」
怒号と悲鳴が、同時に重なる。
視界は白く霞み、
敵味方の輪郭が曖昧になる。
(……数がわからない)
烈の姿も、姫華の位置も見えない。
インカム越しの音すら、少し遠く感じた。
(でも俺は〝突破口〟この状況を変える……!)
足元に、雷が走る。
呼吸を一つ、強く吐いた。
「散れ!」
烈の声が、背後から響く。
次の瞬間、横から衝撃。
「っ!」
魔人の肩がぶつかり、体勢が崩れる。
重い。
思ったより、重い。
反射で肘を振る。
手応え。
だが、倒れたかどうかは確認できない。
(……止まらない!?)
「こっちだ!」
別方向から声。
魔法の光が、粉塵の中で弾ける。
姫華の炎が、空間を切り裂いた。
「固まりすぎないで!」
視界が一気に明るくなる。
炎に照らされ、
魔人が三体、こちらを向いているのが見えた。
(多い……!)
一瞬、判断が遅れる。
雷を出すか。
距離を詰めるか。
その一拍。
「邪魔だぁぁ!」
烈が突っ込んできた。
ハンマーが、床ごと叩き割る。
衝撃波で、敵も瓦礫も吹き飛ぶ。
「陽翔、今だ!」
「了解!」
迷いを切り捨てる。
雷が、陽翔の足元を走る。
粉塵を蹴り裂き、
一体の懐へ。
拳を叩き込む。
「ぐっ────!」
倒れない。
(まだだ……!)
なら、二撃目。
腹。
鳩尾。
三撃目。
膝。
魔人が崩れ落ちる。
横から、刃。
「っ!」
間一髪で避け、
体を回して拳を振るう。
当たった。
壁に叩きつけられ、
魔人は動かなくなる。
息が荒れる。
肺が、焼けるように熱い。
視界の端で、姫華が一体を斬り伏せる。
烈が、残りをまとめて吹き飛ばす。
そして、静寂。
粉塵が、ゆっくりと落ちていく。
壊れた扉の向こうから、冷たい空気が流れ込む。
「……終わったか?」
烈が周囲を見渡す。
陽翔は、拳を握りしめた。
微かに、敵を殴った感触が走る。
震えが、まだ止まらない。
(……勝てた……!)
乱戦。
連携も、正直綺麗じゃなかった。
それでも。
「……やれた」
自分の声に、驚く。
胸の奥が、熱くなる。
姫華が、鋭く言う。
「油断しないで
今回は、運もあった」
「……おう」
そう返しながら、
陽翔の胸の奥には、別の感情が残る。
(でも……〝役割〟は果たせたよな?)
インカムが鳴る。
『東、状況どうや?』
「制圧完了です」
『早いな』
七瀬の声。
「……問題ありません」
通信が切れる。
陽翔は、奥へ続く通路を見る。
暗い。
まだ、先がある。
(次も、この調子でいける)
そう思った瞬間、
胸の高鳴りが、少しだけ強くなった。
その考えが、
後に“間違い”だと気づくことになるとは
まだ、知らない。
────────
鉄の棘が、床に突き刺さったまま残っている。
一本、二本じゃない。
ざっと見ただけで、十は超えていた。
(……多い)
息を整えながら、千景は視線を走らせる。
倒れている魔人は、まだ完全に動きを止めきっていない者もいる。
「……七瀬さん、下がって」
「はいはい」
七瀬が軽く返事をし、半歩下がる。
千景は、魔力を抑えながら剣を生成した。
一人一人確実に倒す……!
(想定より、明らかに数が多い)
事前情報より、敵の数が多い。
だからなのか、連携が妙に統制されていない。
────が、楽な相手じゃない。
だからこそ。
油断はしない、確実に、的確に。
インカムに、七瀬の声が入った。
『あっちはもう終わったみたいやで』
一瞬、思考が止まった。
「……え?」
無意識に、声が漏れる。
『東側な。
制圧完了やって』
「……」
千景は、返事をする前に一度、周囲を見回した。
倒れている魔人。
崩れた壁。
床に残る戦闘の痕。
(………負けてらんないわね)
同時制圧。
多少の時間差が出るのは、想定内だった。
でも。
(……私ももっと気合い入れないと)
千景は、口には出さなかった。
七瀬は、いつも通りの調子で言う。
『まぁ、ええこっちゃ。
こっちも片付きそうやし』
「……そうですね」
短く返す。
西側は、簡単じゃなかった。
一体ずつ確実に削らなければ、押し切られる。
七瀬が前に出て。
千景が制圧する。
教科書通りの、勝つ為の正しい戦い方。
(無茶してないといいけど…)
千景は、鉄を消しながら、インカムに指を当てた。
『西も、まもなく制圧完了です』
『了解』
通信は、それだけで切れた。
静かになった建物の中で、
千景は、ほんの一瞬だけ立ち止まる。
(北で合流……か)
嫌な予感が、胸の奥に残る。
でも、それを言葉にするには、
まだ“理由”が足りなかった。
千景は視線を上げる。
東の方角。
森の向こうを、見ることはできない。
それでも。
(……何事もありませんように)
そう、心の中でだけ呟いて、
再び歩き出した。




