第25話 作戦開始
箱根の山道を抜けると、空気が変わった。
街中とは違う。
音が、極端に少ない。
風が木々を揺らす音。
遠くで鳥が羽ばたく気配。
それ以外は、やけに静かだった。
「……ここが、箱根」
陽翔は小さく呟く。
専用車が止まったのは、舗装の終わる手前。
そこから先は、獣道に近い山道が続いている。
「静かすぎだろ……」
烈が周囲を睨みながら言う。
「人の気配、ほとんどしねぇ」
「かえってやりやすいでしょう」
姫華は淡々と答えた。
「一般人を巻き込む訳にはいかないもの」
千景も頷く。
「静かに行動しないと、すぐバレそうね」
その時。
「せやな」
七瀬が、車の後部を開けながら言った。
「ほな、ここからは完全に任務や」
トランクから、小さなケースを取り出す。
中には、イヤーピース型の装置が並んでいた。
「これ、全員つけぇ」
「……インカムか?」
烈が眉をひそめる。
「普通のやつちゃうで」
七瀬は一つ手に取り、軽く振る。
「魔力で動く通信機や。
魔力通したら、仲間全員に声が届く」
陽翔が受け取り、まじまじと見る。
「……魔力で?」
「せや。
電波使わんから、妨害もされにくい」
姫華が静かに言った。
「……タイミング重視の作戦、というわけですね」
「察しええな」
七瀬はにっと笑う。
「今回の流れ、もう一回言うで」
全員の視線が集まる。
「まず二手に分かれる」
指を二本立てる。
「西と東。
それぞれにある魔人のアジトを同時制圧」
「同時……」
陽翔が息を呑む。
「どっちかが遅れると、敵さんが警戒する」
七瀬は指を一本折る。
「せやから、連絡は必須や」
最後の一本。
「西と東、両方片付いたら」
「全員で北のアジトを叩く」
静かに、だが重い言葉だった。
「なんかあったらな」
七瀬はインカムを指で叩く。
「魔力通したら、全員に聞こえる」
「……便利すぎだろ」
烈が呟く。
「その分」
七瀬は急に真顔になる。
「めちゃ高級品やから、壊さんといてな」
「そこ?」
千景が即座に突っ込む。
「1番大事や」
即答。
「弁償とか言われたら、俺泣くで?」
「……泣く前に弁償してください」
姫華が淡々と言う。
小さく、だが確かに空気が緩んだ。
七瀬はインカムを装着しながら、最後に言う。
「ええか」
声が低くなる。
「ここから先は、静かに、確実に」
箱根の森が、全員を包み込む。
「行こか」
それぞれが、頷いた。
────────────
森の中へ、一歩踏み込んだ瞬間。
空気が、さらに冷たくなった。
足元の落ち葉が、微かに鳴る。
それだけで、やけに音が大きく感じられる。
「……気配、消していこ」
七瀬が小声で言う。
全員が頷き、魔力の流れを抑える。
存在感が、森に溶けていく。
少し進んだところで、七瀬が足を止めた。
「ここで分岐や」
指で、左右の森を示す。
「西と東。
地形的にも、ここがちょうど分かれ目やな」
七瀬は一度、全員を見渡した。
「改めて確認するで」
低く、はっきりした声。
「西は俺と千景ちゃん」
千景が短く頷く。
「了解」
「東は、ヒメちゃん、烈くん、陽翔くん」
陽翔は無言で息を整え、烈は軽く首を鳴らした。
姫華は、すでに森の奥を見据えている。
「……問題ありません」
七瀬はインカムに指を当てる。
「通信テストや」
軽く魔力を流す。
『──こちら七瀬。聞こえるか?』
すぐに返答が返る。
『千景、聞こえてます』
『烈だ、問題ねぇ』
『……陽翔、聞こえる』
姫華の声も、はっきり届いた。
「よし」
七瀬は満足そうに頷く。
「どっちかで問題起きたら、即連絡や。
無理はすんな」
視線が、陽翔に向く。
「特にや」
「……はい」
姫華が、一歩前に出る。
「突破口は陽翔、
烈がフォロー、私が詰める」
淡々とした作戦確認。
「異論は?」
「ねぇよ」
烈が即答する。
陽翔も頷いた。
「……行けます」
七瀬は一瞬だけ、陽翔をじっと見てから、軽く笑った。
「ヒメちゃんはじゃじゃ馬やから
ちゃんと手綱握っといてな」
「……俺にそれ言います?」
「〝君〟やから言うんや」
そして、背を向ける。
「ほな、行こか」
西と東。
二つのパーティが、別々の方向へ歩き出す。
森が、それぞれの背中を飲み込んでいく。
足音は、すぐに消えた。
残るのは、風と、木々のざわめきだけ。
インカム越しに、七瀬の声が一度だけ響いた。
『──慎重にな。
生きて、北で合流や』
短く、強い言葉。
誰も、返事はしなかった。
それぞれが、覚悟を決めていた。
箱根の森の奥で、
二つの戦いが、静かに始まろうとしていた。
────────
箱根の森を抜けた先。
木々の切れ目に、古びた建物が見えた。
山の斜面に食い込むように建つ、
コンクリート造りの施設。
外壁には蔦が絡まり、
窓のいくつかは板で塞がれている。
魔人のアジト。
陽翔は、喉が鳴るのを自覚した。
(……着いた)
烈が前で足を止め、拳を握る。
姫華は一歩後ろ、静かに呼吸を整えていた。
「人の気配、複数」
烈が小声で言う。
「中にいるな」
陽翔は、耳に指を当てた。
インカムに、ほんのわずか魔力を流す。
『……こちら東。姫華班』
一瞬の間。
『いつでもいけます』
自分の声が、思ったより落ち着いて聞こえた。
内心は、心臓がうるさいほど鳴っているのに。
すぐに、返答が来る。
『了解や。西も準備完了』
七瀬の声だ。
軽い調子なのに、不思議と背中を押される。
『カウント、俺がやるで』
陽翔は、一歩前に出る。
姫華が、その動きに気づく。
「……陽翔」
「俺が行く」
短く、はっきり。
烈が、後ろで笑った。
「ハッ……任せるぜ、陽翔」
「あざっす」
「無茶はすんなよ」
烈はハンマーを握り直す。
「ミスったら、即引きずり戻す」
「助かります」
姫華は、何も言わず一歩後ろに立った。
先頭は任せる、という位置取り。
『──5』
空気が、張り詰める。
『4』
烈の足が、地面を踏みしめる。
『3』
姫華の炎が、刀身にごく薄く灯る。
『2』
陽翔は、扉を見据えた。
『1』
一拍。
『 ────作戦開始』
陽翔は、雷を纏い踏み込んだ。
地面を蹴る音すら、森に溶ける。
体が、前へ弾け飛ぶ。
「…!?敵し────」
叫び声が上がろうとする。
だが、もう遅い。
陽翔の拳が、扉ごと叩き込まれた。
金属が歪み、敵と扉が内側へ吹き飛ぶ。
陽翔は、開いた隙間へ滑り込む。
「続くぞ!」
烈が、ハンマーを振り上げて突入。
姫華は、最後に入る。
刀身に、薄く炎が灯る。
建屋の中、空気が一変する。
戦闘開始。
インカム越しに、七瀬の声が一言。
『気張りや、陽翔くん』
陽翔は、前を見据えた。
(……ここからだ)
箱根・東アジト。
姫華班の戦いが、始まった。




