第7話 目覚め②
雨夜は、陽翔の脚に残る微かな帯電が消えたのを確認してから、静かに口を開いた。
「……今日は、属性付与は置いておきましょう」
「え?」
陽翔は思わず聞き返す。
「今は、混ざってしまっています。
それを追えば、どちらも中途半端になる」
雨夜は、はっきりと言った。
「まずは、部分強化の習得です」
「部分強化……」
「ええ」
雨夜は頷く。
「身体強化を、身体の一部にだけ留める。
それが安定して使えなければ、Lv2には進めません」
陽翔は、脚を見下ろす。
さっきまで感じていた、あの速さ。
名残惜しさは、確かにあった。
けれど――
「……わかりました」
「では、始めましょう」
────
何度も失敗した。
魔力が拡散し、全身に回ってしまう。
あるいは、集中しきれず、何も起きない。
「違います」
雨夜の声が、淡々と響く。
「留める。
押し出さず、溜める」
陽翔は、歯を食いしばり、魔力を巡らせる。
腕だけ。
今度こそ。
(……ここだ)
魔力が、右腕の内側で留まった。
ズシリ、と重さが乗る。
「……っ!」
拳を握ると、確かな感触が返ってくる。
「今のです」
雨夜の声が、少しだけ温度を帯びた。
「そのまま、解かないで」
陽翔は、息を殺しながら、数秒耐える。
腕だけが、強化されている。
全身ではない。
「……できた」
「ええ」
雨夜は、はっきりと頷いた。
「部分強化、習得です」
胸の奥に、静かな達成感が広がる。
派手さはない。
だが、確実な一歩だった。
「では手合わせをしましょう」
「実際の動きで使えなければ、意味がありませんからね」
身体の感覚を確かめる。
右腕にだけ、意識を向ける。
(……出せる)
雨夜が、一歩踏み込んだ。
「行きますよ」
空気が、張り詰める。
拳を握り、足の感覚を確かめる。
全身には流さない。
必要な場所だけ。
次の瞬間、雨夜が踏み込んだ。
速い。
だが、先ほどの雷脚ほどではない。
(……見える)
雨夜の拳が、一直線に伸びてくる。
「――右腕!」
声に反応し、陽翔は瞬時に右腕へ意識を集中させた。
ガッ!!
受けた瞬間、衝撃が鈍る。
「っ……!」
腕が痺れるが、骨まで響かない。
「今のです」
雨夜の声は、冷静だった。
「受ける瞬間だけ、そこに留める。
少しでも遅れれば致命傷になりますよ」
間髪入れず、次。
足払い。
「――左脚!」
陽翔は跳ねるように脚に力を込める。
ドン、と床を蹴る音が重く響く。
わずかに浮いた体が、攻撃をやり過ごした。
「いい反応です」
だが、休む間はない。
肘。
掌底。
連続する攻撃。
「攻める時も同じです!」
雨夜の声が鋭くなる。
「出す瞬間だけ、腕!」
陽翔は踏み込み、右拳を振るう。
部分強化が乗った拳が、雨夜のガードにぶつかる。
ガッ!!
確かな手応え。
「……っ」
雨夜が、わずかに後ろへ下がった。
「今の出力、覚えてください」
息を整える暇もなく、また踏み込まれる。
陽翔は、必死に考える。
(止める)
(留める)
(必要なところだけ)
攻撃を受けるたび、衝撃が軽くなる。
動きの一瞬に、力が乗る。
――使えている。
「防御も、攻撃も」
雨夜は言う。
「部分強化が安定すれば、
被ダメージは確実に減ります」
汗が、頬を伝う。
それでも、陽翔は前を向いた。
「……っ、まだ……!」
「ええ」
雨夜は、ほんの少しだけ、口元を緩めた。
「今のあなたは、
“戦いながら覚えられる”段階に来ています」
拳と拳が、再びぶつかる。
この修行は、
確実に、陽翔を次の場所へ押し上げていた。




