第6.5話 同じ夜に
同じ頃。
烈は、ビルの屋上に一人立っていた。
夜風が吹き抜け、汗の乾いた肌を冷やす。
だが、胸の奥に残った熱だけは、どうしても消えなかった。
(……クソ)
思い出すのは、あの男。
圧倒的な殺気。
間合いに入ることすら許されなかった感覚。
「……逃げるしか、なかった」
拳を握る。
千景を背負って、
陽翔を連れて、
ただ生き延びるために走った。
判断としては、間違っていない。
そう分かっている。
それでも──
「……俺じゃ勝てなかった……」
唇の奥で、低く呟く。
背中に感じた、千景の体温。
血の匂い。
あの重さが、何度も脳裏をよぎる。
(強いつもりでいたのによ……)
歯を食いしばる。
拳を壁に叩きつけたい衝動を、必死に抑えた。
その時、ビルの奥から、微かに響いてくる気配を感じた。
魔力の波。
(……薫兄ぃか)
いや──
(……陽翔)
感じ取れるほど、真っ直ぐで、荒削りな魔力。
「……あいつ」
無意識に、口元が歪む。
怖かったはずだ。
昨日の戦いで、心が折れてもおかしくなかった。
それなのに──
(前に、進んでやがる)
烈は空を見上げる。
雲に隠れた月が、淡く光っていた。
「……置いてかれねぇように、しねぇとな」
逃げたことは、消えない。
後悔も、悔しさも、残る。
だが──
(次は、逃げねぇ)
烈は深く息を吸い、拳を開いた。
同じ夜。
同じ時間。
それぞれが、
それぞれのやり方で、前に進んでいた。




