第3話 入団式 ②
大広間の隅では、烈と千景が何やら言い合いをしていた。
澪はその様子を苦笑しながら眺め、薫は机に向かって静かに書類を整えている。
穏やかで、どこか家族のような空気。
昨日まで想像していた“荒れた底辺クラン”とは、あまりにも違っていた。
陽翔は、月島の方へ視線を向ける。
「……月島さん。ひとつ、聞いてもいいですか」
「はい?」
「なんで……こんなに普通で、いい人たちなのに、悪い噂が立ってるんですか」
月島は一瞬だけ言葉に詰まり、それからゆっくり息を吐いた。
「……噂、間違ってない部分もあります」
陽翔は思わず、言葉を失った。
「暴黒の獅子は、もともと本当に噂通りのクランでした。
実力の低い人も多くて、任務も失敗続きで……」
視線の先で、近衛が団員たちと何気ない会話をしている。
「それでも近衛さんは、見捨てなかったんです」
月島は、少しだけ遠い目をした。
「一年前……この拠点が、魔人に襲われたことがありました」
当時のメンバーで魔人を討伐できる実力者がいるはずもなく、被害はただただ増えていく一方だった。
「そのとき、近衛さんは偶然居合わせて……迷わず、助けに入ってくれたんです」
壊された建物。
逃げ惑う人々。
混乱の中で、ただ一人前に出た男。
「……その惨状を見て、私、思ったんです」
月島は胸元に手を当てる。
「このままじゃ、何も変わらない。
弱い人は、ずっと切り捨てられたままだって」
彼女は、クランを変えようとした。
無茶な依頼を断り、最低限の規律を作り、
“弱くても守れる組織”を目指した。
「でも……誰も、ついてきませんでした」
理想論だと笑われ、
お前らにはついていけないと背を向けられ、
一人、また一人と脱退していった。
「気づいたら、残ったのは……近衛さんと、私だけでした」
静かな沈黙が落ちる。
「それでも近衛さんは言ったんです。
『これでいい。最初からやり直そう』って」
月島は小さく笑った。
「任務を受けるより先に、仲間を集めようって」
無理に仕事を取らず、
評価を取り戻すよりも、
“信頼できる人間”を集めることを選んだ。
「そして薫さんと澪さんが加わって、
そのあとに千景さんと烈さんが来ました」
そして今。
陽翔がここに立っている。
「だから……この一年、暴黒の獅子はほとんど任務をしていません」
月島ははっきり言った。
「評判が更新されることもなく、
昔の“底辺クラン”って印象だけが、残ったままなんです」
「だから……暴黒の獅子は、今も“底辺”って言われてます」
悔しそうに月島は、はっきりと言った。
「過去が、そうだったから」
陽翔は、胸元の獅子の紋章を見る。
横を向いた獅子の顔と、金色のたてがみ。
誇示するでもなく、吠えるでもなく、
ただ静かに前を見据えている。
「……でも」
月島は、ほんの少しだけ誇らしげに微笑んだ。
「今は、違います」
陽翔はゆっくりと頷いた。
噂は、過去の影。
そして暴黒の獅子は——まだ、変わり続けている途中なのだ。




