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東京魔法戦線 〜人に魔法を撃てない魔術師の成長録〜  作者: いぬぬわん
第1章

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第11話 目覚め

雨夜との修行が始まって、数日が経っていた。


身体強化の練習から入り、

疲労が溜まった後は木刀で模擬戦。


息が上がり、腕が重くなっても、

雨夜は決して手を緩めなかった。


それでも、修行に向かう前、

陽翔には必ずやることがある。


医療室を覗くことだ。


千景の様子を確かめる。

それが、いつの間にか日課になっていた。


「……今日も、寝てるよな」


自分に言い聞かせるように呟きながら、

陽翔は医療室の扉に手をかける。


静かに開ける。


そのはずだった。


「……え」


ベッドの上。

横になっているはずの千景が、上体を起こしていた。


朝の光が、窓から差し込み、

灰色の髪を照らしている。

顔色はまだ悪い。それでも、目は開いていた。


「……起きてる」


思わず声が漏れる。


千景は、こちらに気づいたのか、

ゆっくりと顔を向けた。


「……おはよう」


かすれた声。

それが現実だと理解した瞬間、

胸の奥がぎゅっと締めつけられた。


「ち、千景さん……」


足が動かない。

駆け寄りたいのに。

近づいていいのかわからなかった。


「……起きていいんですか」


「さあ」


短い答え。


その距離感が、逆に怖かった。

その沈黙を破るように、

千景がもう一度、口を開いた。


「……新人」


呼ばれて、陽翔はびくっと肩を跳ねさせる。


「怪我は……大丈夫?」


一瞬、何を聞かれたのかわからなかった。


「……え」


次の瞬間、言葉が勝手に飛び出る。


「な、何言ってんすか」


声が少し、裏返った。


「まずは自分の心配してくださいよ。

 千景さん、倒れて……三日も……」


そこまで言って、言葉に詰まる。


自分で思っていたより、感情が溢れそうになっていた。


「俺は平気です。

 擦り傷ですし、もう修行も────」


「……そう」


千景は、それ以上深く聞こうとはしなかった。


けれど、ほんの一瞬だけ、

安堵したように視線を伏せたのを、

陽翔は見逃さなかった。


「……無茶、しないでね」


小さな声だった。


それが、忠告なのか、お願いなのか、

陽翔にはわからない。


「それ、こっちのセリフです」


即座に返す。

千景は、わずかに口の端を上げた。

笑ったのかどうか、判断できない程度の変化。


それでも、陽翔の胸の奥に溜まっていた重さが、

少しだけ和らいだ。


生きている。

こうして言葉を交わせている。


それだけで、この朝は、昨日までとは違っていた。


────────



毎日、同じことを繰り返す。

魔力を巡らせ、出力を上げ、

限界の一歩手前で止める。


最初は、ほんの一瞬しか保てなかった。


それが、今では。


「……ソフトボール、くらいですかね」


雨夜の前で、陽翔は肩で息をしながら呟いた。


「ええ」


雨夜は頷く。


「圧縮をかなり使えるようになってきましたね」


雨夜は、少し考えるように視線を落としたあと、

口を開いた。


「……一つ、提案があるんだ」


「はい」


「今の陽翔くんであれば、

部分的なLv2なら使えるかもしれない」


陽翔は、思わず息を呑んだ。


「部分的、って……」


雨夜は、自分の腕を軽く叩く。


「腕だけ。

 あるいは、足だけ」


「身体全体ではなく、一点にだけ出力を集中させる」


頭の中で、映像が浮かぶ。


踏み込みの瞬間だけ。

振り抜く、その一瞬だけ。


「……できますかね」


「できるかどうかは、

やってみないとわからないけど……」


雨夜は、はっきりと言った。


「でも成功すれば……

 Lv2習得にグッと近づくよ」


「……やってみます」


「足からいこう」


雨夜の声に、陽翔は頷いた。


右脚だけ。

踏み込む、その一瞬だけ。


陽翔は深く息を吸い、力を込める。


(押し出せ)


魔力が脚に集まる。

その瞬間、バチッと、

皮膚の内側で弾ける感覚が走った。


「……っ?」


違和感に、眉をひそめる。


次の瞬間。


バチバチッ!!


脚の周りに、青白い火花が散った。


空気が、震える。


「っ!?」


踏み込んだ。


ビュンッ!!


視界が一気に流れる。

地面を蹴った感触が、遅れて追いかけてくる。


速い。

考えるより先に、身体が前へ飛ばされた。


「うわっ!」


壁。


避けられない。


ドンッ!!!


衝撃が体を駆け、息が潰れる。


床に転がり、陽翔は咳き込みながら天井を見上げた。


(……なんだ、今の)


脚が、まだバチバチと微かに鳴っている。


「陽翔!!」


雨夜が駆け寄ってくる。


「大丈夫かい!?今のは……!?」


陽翔は、壁に手をつき、ふらつきながら立ち上がる。


「い、いや……」


自分の脚を見る。


「力を入れたら……

 急に、電気が走って……」


雨夜は、一瞬、言葉を失った。


「……帯電、してるね」


「え?」


「雷魔法特有の反応だね」


陽翔は、脚を軽く動かす。


すると、またバチッと、小さな火花が弾けた。


「……これ」


胸の奥が、ざわつく。


「これが……Lv2……?」


「残念ながら、違うよ」


雨夜は、はっきりと否定した。


「今の速度は、Lv2以上の速度だ」



雨夜は、陽翔の脚から目を離さず続ける。



「偶然なのか、雷魔法を付与した形だね」


陽翔は、ゆっくりと息を吐いた。


説明されて、ようやく腑に落ちる。


「……だから、あんな速度が」


「うん」


雨夜は、少しだけ考えるように視線を落とした。


「でも、身体強化と属性付与は別物です」


陽翔は顔を上げる。


「身体強化は

 魔力を体の内側に留める魔法」


「展開したあとは、

 解除しない限り、魔力はほとんど減らない」


「……はい」


陽翔は静かに頷く。


「だからこそ、基礎として大事なもの」


一拍。


「でも、属性付与は違う」


雨夜は、指先で空をなぞる。


「魔力を流し続ける魔法」


「雷なら、雷として。

 炎なら、炎として」


「使った分だけ、

 確実に、魔力を消費する」


陽翔は、脚に残る痺れを意識した。


(……確かに)


踏み込んだ瞬間。

魔力が、外へ流れ出た感覚があった。


「使いすぎは厳禁。魔力切れを起こせば、

 身体強化ごと、崩れる。でも────」



「───制御できれば、陽翔くんは

 “速度”という最大の武器を手に入れる事になる」


陽翔は、無意識に拳を握った。


(……使える)


陽翔は、もう一度、脚に意識を向けた。

まだ、微かに痺れが残っている。


(……わかる)


理屈じゃない。


どう魔力を流したのか。

どう雷に変わったのか。


説明しろと言われても、できない。


それでも。


(こうすれば、速くなる)


踏み込む瞬間。

力を込める、

その“入り口”だけは、はっきりと覚えていた。


雷を纏う、という感覚。


それが、偶然にできてしまった。


(……おかしいよな)


雨夜の言う通り、本来なら別次元の難しさだ。


けれど、陽翔の中では。


身体強化よりも、

雷を“走らせる”方が……

どこか、しっくり来ていた。


「……」


陽翔は、何も言わずに脚を見つめた。


わかってしまった感覚は、

もう、なかったことにはできない。


雨夜は、陽翔の脚に残る微かな帯電が

消えたのを確認してから、静かに口を開いた。


「……今日は、属性付与は置いておこう」


「え?」


陽翔は思わず聞き返す。


「今は、混ざってしまってるからね。

 それを追えば、どちらも中途半端になる」


雨夜は、はっきりと言った。


「まずは、部分強化の習得が優先」


「部分強化……」


「ええ」


雨夜は頷く。


「身体強化を、身体の一部にだけ留める。

それが安定して、

使えなければ全身のLv2には進めない」


陽翔は、脚を見下ろす。


さっきまで感じていた、あの速さ。

名残惜しさは、確かにあった。


けれど。


「……わかりました」


「じゃあ、始めようか」


────


何度も失敗した。


魔力が拡散し、全身に回ってしまう。

あるいは、集中しきれず、何も起きない。


「違う」


雨夜の声が、淡々と響く。


「留める。

 押し出さず、溜める」


陽翔は、歯を食いしばり、魔力を巡らせる。


腕だけ。

今度こそ。


(……ここだ)


魔力が、右腕の内側で留まった。


ズシリ、と重さが乗る。


「……っ!」


拳を握ると、確かな感触が返ってくる。


「今のだよ」


雨夜の声が、少しだけ温度を帯びた。


「そのまま、解かないで」


陽翔は、息を殺しながら、数秒耐える。


腕だけが、強化されている。

全身ではない。


「……できた」


「ええ」


雨夜は、はっきりと頷いた。


「部分強化、習得だね」


胸の奥に、静かな達成感が広がる。


派手さはない。

だが、確実な一歩だった。



「じゃあ手合わせ、しようか」


「実際の動きで使えなければ、

意味が無いからね」


身体の感覚を確かめる。

右腕にだけ、意識を向ける。


(……出せる)


雨夜が、一歩踏み込んだ。


「行くよ」


空気が、張り詰める。

拳を握り、足の感覚を確かめる。

全身には流さない。

必要な場所だけ。



次の瞬間、雨夜が踏み込んだ。


速い。

だが、先ほどの雷脚ほどではない。


(……見える)


雨夜の拳が、一直線に伸びてくる。


「右腕!」


声に反応し、陽翔は瞬時に右腕へ意識を集中させた。


ガッ!!


受けた瞬間、衝撃が鈍る。


「っ……!」


腕が痺れるが、骨まで響かない。


「今の今の」


雨夜の声は、冷静だった。


「受ける瞬間だけ、そこに留める。

 少しでも遅れれば致命傷になるからね」


間髪入れず、次。


足払い。


「左脚!」


陽翔は跳ねるように脚に力を込める。


ドン、と床を蹴る音が重く響く。

わずかに浮いた体が、攻撃をやり過ごした。


「いい反応!」


だが、休む間はない。


肘。

掌底。

連続する攻撃。


「攻める時も同じ!」


雨夜の声が鋭くなる。


「出す瞬間だけ、腕!」


陽翔は踏み込み、右拳を振るう。


部分強化が乗った拳が、雨夜のガードにぶつかる。


ガッ!!


確かな手応え。


「……っ」


雨夜が、わずかに後ろへ下がった。


「今の感じ、完璧だよ」


息を整える暇もなく、また踏み込まれる。


陽翔は、必死に考える。


(止める)

(留める)

(必要なところだけ)


攻撃を受けるたび、衝撃が軽くなる。

動きの一瞬に、力が乗る。


使えている。


「防御も、攻撃も」


雨夜は言う。


「部分強化が安定すれば、

 被ダメージは確実に減る」


汗が、頬を伝う。


それでも、陽翔は前を向いた。


「……っ、まだ……!」


「ええ」


雨夜は、ほんの少しだけ、口元を緩めた。


「今の陽翔くんは

 “戦いながら覚えられる”段階に来てる」


拳と拳が、再びぶつかる。


この修行は、

確実に、陽翔を次の場所へ押し上げていた。




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