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「僕がそれを言ったのはきっとキースに対してだよ。もうすぐ僕が居なくなるのにいつまでたっても言い訳ばかりで何もしようとしないから、少しきつめに言ったことがあると思う」
キースはエミールと同じように第2王子の側に居ることの多い令息だ。
つまり、セシルが自分の悪口を言われていると思った言葉は、キースに対して言われたものだったのだという。
でも、とセシルは思った。
その言葉が自分にも当てはまるからセシルは自分の悪口を言われていると勘違いしたのだ。
「私も、悪口や愚痴の多い嫌な女です。エミール様はこんな醜い私が嫌ではないですか?」
キースのことが嫌ならセシルのことも嫌ではないのかとセシルは聞いたのだが。
「女性ならだいたいそんなものだろう?」
エミールはあっさり言った。
(エミール様の女性の認識が酷すぎる!?)
学園中に嫌われるほど悪点稼ぎをするのはやり過ぎではないかと思うのだが、エミールは女性なら悪口や愚痴など普通に言って当たり前のものだと思っているらしい。
「でもっ、私は皆に嫌われてっ。やり過ぎだったのでは………」
自ら罪を告げるのもどうかとセシルは思ったのだが、エミールがあまりに気にしていないようだったので自分から言ってしまった。
「確かに少しやり過ぎだったところもあるかもしれないけれど、暴力事は起こしていないし、大したことないと思うよ」
確かにセシルは口で暴言を吐くだけで、暴力は振るってはいない。
わざとぶつかる行為が暴力に入らないというのならだが。
(エミール様は私の悪点稼ぎを気にしていないの?)
セシルは困惑してどうしたらいいのか分からなくなった。
(エミール様が気にしていなくても、私がやってきたことが悪いことに変わりはないのよね)
セシルはそう思いながらも、だからといって何をどうしたらいいのかも分からなかった。
その時、セシルは気付いてしまった。
もしかしたら、エミールはセシルがどれだけ酷い悪態をついてきたか知らないのでは?
悪点稼ぎをするのに男女の差はつけていなかったが、それでもエミールの前だけは取り繕ってはいた。
セシルの基準はエミールかエミール以外かだ。
「エミール様は、知らないのです!私がどれだけ人を不快にさせてきたかっ。私は、くだらない八つ当たりで人に暴言を吐いてきた愚かな人間なんです。エミール様の為に、と心の中で思いながら、ただの八つ当たりだったのですよ!?」
セシルは自分がどれだけ愚かで醜いか、エミールに力説した。
「セシル!僕の為に頑張ってくれてたんだね」
エミールは自分の都合の良い言葉だけ受け取って感動した。
「エミール様!?そうですけど、そうではなくてっ。私は愚かで醜くて、バカなことをずっとしてきて、エミール様に相応しくない」
セシルの言葉はエミールに手で口を塞がれることで遮られた。
「君の口から相応しくないとかそんな言葉は聞きたくないな。セシル、君が何をしても僕の気持ちは変わらない。君が間違っていたとしても、僕はずっと君の味方だ。それに、君がそれを罪だと思うなら、君を止めなかった僕も悪かったんだよ。僕は君が人に避けられていくのを見て、君に余計な人が近寄らないことを喜んでいたんだから」
エミールは笑顔だが、少し怒っているようにも見えた。
「君は自分が悪いことをしていたのだと言うけど、時には君の辛辣な言葉で胸の空く思いをしていた者もいるんだよ?立場を気にしてはっきりと言えない者がたくさんいる中、君はバッサリ言い捨てていて、とっても格好良かった。人が言えない事をはっきりと告げる君に憧れる者もいた。特にアンリ・ロイドールをバッサリ言い捨ててくれた時は、紳士科のほとんどの生徒が君に対して「よく言ってくれた」と称賛してたよ。大して演奏が上手い訳でもないのに見た目だけで女性を惹き付けて調子に乗っている彼を、良く思っていない者は多かったからね。それに僕も、君に言われてから字を直そうと思えたし」
セシルは驚いた。まさかそんなことがあるとは思っていなかった。
「私の悪点稼ぎも、役に立つこともあったと………?」
「そうだよ、セシル。人がはっきり言えないことを、君が言ってくれていたんだ」
(私の悪点稼ぎも、ちょっとは役立つ事があったのね。でも)
それでもセシルのせいで傷付いた人がいるかもしれないことに変わりはないのだと思うと、セシルは素直に喜べなかった。
(それに、私はもう今までの私でいたくない。もう嫌われ『役』はたくさん)
誰かが言えないことを言ってきたセシルは時に勇敢な代弁者だったかもしれない。
でも、代わりにほとんどの時は嫌われ者なのだ。
セシルはもうその役割は疲れてしまった。
そもそもセシルは勇敢だったわけではなく、愚かな八つ当たりの末の副産物でしかなかったのだから。
「セシルは自分のしてきたことを気にしてるの?それなら、僕と一緒にこの国を出たら良いんだよ」
エミールが笑顔で言った。
「君が変わりたいと思うなら、環境を変えるべきだよ。今までと同じ環境で心持ちだけで変わろうなんて、無謀な事だよ。君が本気で変わる意思を見せたいなら、環境を変えることこそがその本気の見せ所になるんじゃないかな?」
「環境を変える?」
セシルは本気で変わりたいと思っている。もう今までの自分でいるのは嫌なのだ。
セシルの嫌われ者の『役』はもう終わりでいい。
でも、セシルは1つ引っかかることがあった。
「それは、逃げることにはなりませんか?」
「ん?逃げればいいんじゃない?逃げるのは悪いことかな?」
セシルは逃げることは良くないことだと無意識に思っていた。
逃げるということは、負けるのと同じではないのか。
でも、エミールが当たり前のように逃げることが悪くないと言うから、セシルもそんな気がしてきてしまった。
「セシル、逃げることも立派な戦略の1つなんじゃないかな?」
エミールに言われると確かに戦略として逃げることもあると思えてくる。
「セシル、僕の留学先に一緒に付いておいで。逃げるという意味では逃亡先ともなるし、君が罰を受けたいと思っているなら、今までの生活を捨てることを罰だと思えばいい。言葉も文化も違う、頼れる人が直ぐ側に居ない国での生活はきっと君が思っているよりも大変だと思う。正に罰とするにはうってつけだろう?」




