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「実は、留学先が急遽変更になって、予定より遠い国になってしまったんだ。それで、多分3年では帰って来られないと思う」
エミールは言いながらセシルの手を取り、その甲にキスをした。
「だから、直ぐに僕と結婚して、君には付いてきて欲しいんだ」
セシルはエミールに求められた事が嬉しくて頷いた。
エミールが帰って来るまで不安な気持ちで待たなくてもいいのだ。
「君の家族は心配するだろうけど、僕ももう限界でね。これ以上愛しい婚約者に触れることも出来ない日々を耐えられる気がしない」
エミールはそう言いながらセシルをまた抱き締めた。
「触れられない?」
確かにエミールは今までセシルに触れてこなかった。
「もしかして、セシルは知らなかった?それなら不安にさせてたってことかな。ごめん、僕も辛くて、君を好きになりすぎないようにと思って避けていたから」
「どういうことですか?」
「婚約当日に君の父上を怒らせてしまってね。そしたら結婚するまで一切体に触れるなとか、会いに来るのは月に1回にしろとか、高価な贈り物はするなとか色々条件をつけられてしまったんだよ。流石に月に1回は少ないから何とか月に2回にしてもらったけど」
(お父様!?リアが言ってた約束事ってこのこと!?)
それにしても婚約者に一切触るなとか贈り物の条件など、父親が余計な取り決めをしなければセシルの悩みは減ったのではないか。
セシルは関わりたくないと思っていた父親を1発ぶん殴ってやりたくなった。
「僕も子供だったから、好きな君に触れられないのは辛くて。結婚も留学から帰って来るまで認めないとか言われるし。結婚まで何年もあるのに君を好きになりすぎると辛いと思って、少し君を避けてしまっていたんだ」
エミールとの仲が進展しなかった訳が分かった。やっぱり父親のせいだ。
「僕が婚約当日に君の頬にキスさえしなければこんなことにはならなかったかもしれないのに」
「え!?」
セシルは婚約時に頬にキスされたことを覚えていなかった。セシルとエミールが婚約したのは12歳。無邪気に頬にキスするには大きすぎる気がする、と心配する父親の気持ちがほんの少しだけ分かった気がした。ほんの少しだが。
「君が僕を追いかけて来てくれる内は大丈夫だろうと思っていたのに、君はいきなり会いに来てくれなくなるし、他の男に笑いかけているし、どうにかなりそうだった。でも、もう君を愛していいというのなら、僕は全力で君を愛する」
そう言ったエミールはセシルの頭やら頬やらに何度もキスをしてくる。セシルは真っ赤になった。
やっぱりエミールはちょっと手が早いのかもしれない。それでもセシルは嬉しくて抵抗しなかった。
「エミール様………。私は、エミール様の為にと思いながらも間違った行動をしてしまった愚か者です。なのに、エミール様の側に居られることがとても嬉しい。私は、こんなに幸せでいいんでしょうか。私はたくさんの人を傷付けてしまったかもしれないのに」
「君がそれが罪だと言うのなら、僕も一緒に罪を背負う。人はどうせ間違う生き物なんだから、また一緒に間違えばいいんだよ」
それでは失敗ばかりで成長しないような気がする、とセシルは思いながらも、エミールが言ってくれた言葉が嬉しくて微笑んだ。
罰はこれから受ける予定となった。エミールと一緒に。
ふと窓の外を見ると、庭にいるリアが驚いた顔をしてこちらを見ていた。
リアにエミールが居ることがバレた。
窓際で外から見られても仕方ない状態でずっと話していたのだ。
「気付かれてしまったか」
「エミール様は、リアのことを好きではなかったのですか?」
セシルが残っていた疑問を聞いてみると、エミールは何とも言えないような顔をした。
「妹のように可愛く思っているよ。リアの機嫌を損ねると君に会わせてもらえなくなるかもしれないし。リアはこの家の裏ボスだからね」
セシルが裏ボスとは何なのか、と聞こうとする前に、部屋のドアが外から叩かれた。
「開けて!開けなさい!居るのは分かっているんですのよ、エミール兄様!そこで何をしてますの!?」
リアが部屋の外から叫んでいる。
「さて、君と一緒になる為に、決着を着ける時だね。セシル、話を合わせてくれるね?」
エミールはセシルが着ている服の片方を肩より下に下げた。
片方の肩が出るだけで、少し服が乱れた様になった。
外から鍵を開けられる。執事が予備の鍵を持ってきたのだろう。
「エミール兄様、どうやって入って来たんですの!?」
リアが部屋に入って来た時、セシルはエミールに抱き締められていた。
リアの悲鳴が室内に響く。
「何をしているんですの!?お姉様から離れて、このケダモノ!」
リアは2人を引き離そうとした。
エミールがセシルを抱き締める力を強める。
「リア、見て分かるだろう?僕達は深い関係になってしまったんだ。僕は責任を取って直ぐにセシルと結婚するよ」
セシルは驚いてエミールを見た。
深い関係には、まだなっていない。セシルとエミールはまだ口付けを交わしただけだ。
けれど、セシルの乱れたように見える姿が真実味を増してしまうらしい。
鍵を掛けた部屋に2人でいたという状況も疑うには十分だった。
リアが大声を上げたことで使用人達がセシルの部屋の前に集まり、それらしい誤解が明らかに生まれていた。
セシルは否定も肯定も出来なかった、おそらく、どちらをしても恥ずかしい。
「ふざけないで!婚姻前に手を出す男となんて婚約は解消です!結婚なんてさせませんわ!」
リアが叫んでいるが、おそらく誰もが思ったはずだ。
この流れは解消ではなく責任を取るべき流れだろうと。
「リア、僕を不誠実な男にさせないでくれ。責任をちゃんと取るよ」
「婚約は解消です!早くお姉様から離れて!」
リアは頭に血が上っているようで話を聞いていない。
「この流れではダメか。ところでリア」
エミールが声の調子を変えた。いつもにこやかなエミールが低い声を出すと途端に冷たく聞こえ、自然と話を聞く体勢になる。
「貴族の手紙を偽造するのは罪になるのは分かっているね?僕はこんな手紙を書いた覚えはないんだけど?」
エミールの手にはいつの間にか昨日セシルがリアから渡された手紙があった。
リアの顔が一気に青褪める。
「そ、それは」
「僕達のことを認めてくれるのならこの手紙は見なかったことにしてあげてもいいんだけどね?」
エミールの交渉にリアは折れた。
「お姉様と合同結婚式をするのが夢だったのにー!!」
リアが最後に一声叫んだ。
セシルは、今までリアがセシルのことをとても想ってくれていたのだ、ということを知ると同時に思った。
伯爵家と子爵家では合同結婚式はムリだと。




