19
「どうしてエミール様が?」
どうしてエミールが自分の部屋に居るのか。
セシルは混乱しながらも求めていた人物をしっかりと見上げた。
「驚かせてごめんね。君とどうしても話がしたくて、ちょっとずるをして入れてもらったんだ」
「ずる!?」
エミールはいつも笑顔なのに、今日はどこか冷たい表情に見えた。
セシルはその事に少し怯えながらも、エミールが近くに居ることの方が嬉しかった。
「どうしても、君に聞きたい事があってね」
エミールは言いながらも片手を壁に突き、もう片手をセシルの頬に添えた。
近い距離にセシルの心臓が跳ねる。
「セシル、君はどうして他の男とデートしていたの?」
エミールから発せられた冷たい声に、セシルの体は震えた。
セシルは問われた内容が理解出来なくて、答える事が出来なかった。
「婚約者の僕を差し置いて、他の男とデートするなんて、君は悪い子だね?」
エミールの怒ったような顔がだんだん近付いてくる。
「それに、服装を戻したのはなんで?あんなに可愛い格好をして、他の男の気を引く気だった?」
エミールの手がセシルの唇に触れる。
セシルは混乱して声が出ない。
「そんなにあいつの事が良かった?セシル、あいつは止めておいた方がいい。僕の方が君を幸せにしてあげられるし、君を必ず守るよ」
エミールの顔が触れそうな程近付いた。
セシルはこんな時なのに、エミールのその瞳に見惚れた。
(エミール様の瞳の色は深い緑色なのね。凄くキレイ)
こんなにも至近距離でエミールの顔を見たのは初めてだった。
肌に触れられることも、今までなかった。
エミールの瞳にセシルが映っている。
セシルはエミールの瞳に自分が映っているのを見て嬉しくなった。
今、エミールはセシルだけを映しているのだ。
「エミール様、お慕いしています」
どうやらエミールは怒っているようなのだが、セシルはどうしても自分の想いをエミールに伝えたかった。
エミールは驚いたように目を見開いた。
「セシル、本当に!?僕も、君の事が大好きだよ」
怒っていたはずのエミールはいつものように笑顔になり、セシルをその腕の中に閉じ込めた。
エミールに抱き締められて、セシルは幸せの中にいた。
もしかしたらこのエミールは幻なのかもしれない。
だって、エミールはセシルの事を嫌っているのではなかったのか。
セシルはこのエミールが幻でもいいと思った。
幻であったとしても、今は好きな人に抱き締められているのだ。
エミールが少し体を離してセシルの顔を熱を持った目で見つめる。
「セシル、僕と一緒に来てくれる?」
セシルは何も考えずに頷いた。
エミールの顔が近付き、唇と唇が重なった。
セシルは身を任せた。
エミールが幻かもしれなくても、想い出が欲しかった。
セシルが抵抗せずにいられたのは、口付けが深くなるまでだった。
それまでは身を任せようと思っていたセシルは、深くなる口付けに驚いて抵抗した。
エミールは残念そうに唇を離した。
「ごめん、セシル。ちょっとがっつき過ぎた」
セシルは真っ赤になりながらも顔を横に振った。
エミールに触れられて嬉しかったのはセシルの方だ。
「それで?セシル、話を戻すけど、昨日はどうしてアンリ・ロイドールとデートしていたの?」
エミールがまた声を低くしてセシルに聞いてきた。
セシルは困惑しながら答える。
「あの、昨日はポリーヌとその婚約者のロバート様とアンリ様とカフェに行きましたが、アンリ様とデートしていた訳ではありません」
「でも、君はあいつに笑いかけていた。最近は僕にも笑いかけてくれないのに」
セシルは怒っているようなエミールを見て、どうしたのだろうと思った。
(なんだか、エミール様嫉妬されているみたい?)
嫉妬と頭に浮かんで、セシルはまさかエミールに限って、とすぐさま否定したのだが、この雰囲気は嫉妬しているようにしか見えなかった。
「あの、アンリ様とは本当に何も」
どうしてアンリとデートしていたなんて勘違いをしているのか。
昨日のことを思い出して、確かに外の席に座っていたので通りから見られていても不思議ではなかったし、ポリーヌとロバートが席を立って2人で話す時間があったことを思い出す。
確かに、勘違いされても不思議でない時間はあったような気がする。
その時をエミールに見られていたということだろうか。
「本当にアンリ・ロイドールとは何もない?服装は?どうして前みたいに可愛い服に戻したの?他の男の気を引く為じゃない?」
エミールがしつこく詰め寄ってくる。
「服は、お姉様に持っていかれてしまったので、あの服を着るしか無かったのです」
セシルは困惑しながら事実を述べた。
「アナイス義姉上が?ちっ。余計なことを。せっかくセシルの良さが隠れて良かったのに」
セシルはエミールの舌打ちを初めて聞いた。
今日のエミールはセシルの知るエミールと違うらしい。
「あの、エミール様は、私の事が嫌いなのですよね?」
セシルは今までのエミールとの違和感に、疑問が自然と口から出た。
エミールは驚いた顔をしてセシルの両肩を掴んだ。
「どうしてそんな勘違いを!?」
「先週、聞いてしまったのです。エミール様が私の悪口を言っているところを。悪点を、稼いでいるみたいだと」
セシルが思い出して涙目になると、エミールが動揺したのが分かった。
「バカな!僕は君の話は誰にもしない!」




