18
セシルが家に帰ってくると、妹のリアがセシルを待っていた。
リアはエミールからだと言いセシルに手紙を渡してきた。
紙を4つに折り畳んだだけのそれには、綺麗な字で『婚約関係を見直したい』と書かれていた。
「こんなの嘘よ!」
セシルは1週間前の自分に戻ったように大きな声で否定した。
「お姉様、ちゃんと現実を見て。これはエミール様が私の前で書かれたの。間違いなくエミール様の意思よ」
セシルは堪らなくなって自分の部屋に駆け込んだ。
どうしてエミールからの手紙をリアから渡されたのか。
2人がそれ程親しい仲だということなのか。
手紙を目の前で書く程2人は親しい間柄だということなのか。
セシルはエミールを諦めると決めたはずなのに、悲しくて泣き出した。
(私は、悪点稼ぎをするようなバカをするくらい、エミール様の事が好きなのに!)
その時、セシルの心の内から上がってきた“声”はエミールを諦めると決めた時と反対のものだった。
(エミール様の事をこんなに好きなのに!やっぱりエミール様の事を諦めるなんてムリ!)
物分かり良く諦められるくらい器用なら、始めから悪点稼ぎをするような愚か者にはなっていなかっただろう。
たとえエミールがセシルの事を嫌いでも。
エミールの今までの笑顔が嘘だったとしても。
エミールのあの優しい笑顔が誰にでも向けられるものだとしても。
セシルは、エミールの事が好きなのだ。
セシルは涙が枯れるまで泣き続けた。
泣き疲れて眠ってしまったセシルは、夕食も食べることなく部屋に引き籠った。
一晩経って、少し落ち着いたセシルは昨日のリアの言うことが怪しいことに気付いた。
(エミール様の本当の字はもっとヘタクソなはず。リアはエミール様が目の前で書かれたと言っていたけど、それはおかしいわ。この手紙はエミール様が書いたとは限らないはずよ!)
セシルは手紙を確認した。
エミールが書いたならもっとミミズがのたくったような解読すら難しい字であるはずだと気付いた。
時々貰うエミールからのメッセージカードの字と似ているように見えるが、セシルはその字が代筆だったことを知っている。
この手紙はその代筆者の字を真似しているのだろう。
でも、そうするとリアが嘘を吐いたことになる。
リアがエミールのことを好きならそういう嘘を吐く可能性もあるだろうか。
休日だったが、母親は姉のアナイスが婚家の領地に行ってしまう前にとアナイスと孫と温泉地に行っているので静かだ。
2週連続部屋に引き籠ったセシルを使用人が心配して軽食などを持ってきてくれたが、セシルは全く食べる気がしなかった。
(私は、エミール様に嫌われているのかもしれないけれど、でも、それでもまだ諦めきれない………)
セシルは制御出来ない恋情を持て余してふて寝することにした。
ベッドに横になっても睡魔は襲ってこない。
セシルは1週間前から熟睡出来ていない。
疲れた頭でそれでもエミールの事を考えてしまう。
(今エミール様に会えるなら、私は絶対素直に想いを伝えるわ)
セシルはごろんと大きく寝返りを打った。
ワンピースの裾が大きくめくれ上がったが、どうせ部屋には誰もいないのだしと直す気にもなれない。
胸が、痛いと思った。
セシルはこの痛みの取り方が分からなかった。
(悪点稼ぎをするくらいバカな私は、もっと苦しむべきだということ?)
こんなにも苦しいのに、まだ苦しみは終わりではないのか。
セシルは思考の中に入っていて自室の部屋の鍵が開けられた音に気付かなかった。
静かに部屋に入ってきたその者が、部屋の鍵を内から掛けたことにも気付かなかった。
「セシル、とても魅力的な格好をしているね」
掛けられた声に、セシルは驚いて目を開けた。
その声の人物を見て、セシルの思考が停止する。
「エミール様………?」
婚約者のエミールがそこに居た。
どうしてエミールがセシルの部屋に居るのか。
どうやって入ってきたのか。
「セシル、その格好はとても魅力的だけど、目には毒だね」
エミールが近付いてきてセシルの頬に手を添えた。
「泣いていたの?」
心配そうにそう言ったエミールの体温が触れられた頬から伝わってくる。
その熱でセシルの意識が戻ってきた。
「ひゃぁぁぁぁ」
セシルは叫んでベッドから飛び降りた。
(足!エミール様に見られた!ていうか、エミール様本物!?)
セシルは部屋から出ようとして鍵が掛かっているのに気付いた。
ガチャガチャと何度か取手を回して開かないのを確認して、混乱したセシルは窓際まで走って行った。
窓を開けて外に出ようとしたのは無意識だった。
エミールがセシルの両手を掴んで窓を開ける手を止めなければセシルは2階から飛び降りていたかもしれない。
「セシル、落ち着いて」
セシルの体はエミールに囲われるような形になっていた。
「エミール様、本物………?」
セシルは涙目でエミールを見上げた。
セシルの焦がれていた人物が目の前に居た。
しかも今までにない至近距離にいるのだ。
「もちろん、君の婚約者のエミールだよ」




