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「セシル、一緒にお昼を食べましょう?」
セシルは隠れるようにお昼を食べようとしていたところをポリーヌに声を掛けられた。
強引なポリーヌはセシルの返事を聞く前にセシルを無理やり連れていった。
ロバートと待ち合わせをしていたのだろう。ポリーヌは淑女科と紳士科の建物の真ん中にある中庭のテーブルまでセシルを連れてきた。
そのテーブルには既にロバートともう1人が座っていた。
そのもう1人が誰か気付いた時、セシルはポリーヌの腕から逃れようとしたのだけれども、ポリーヌの力は思っていたよりも強かった。
ロバートと一緒に座っていたのは、アンリ・ロイドール。
セシルが彼のピアノの演奏は「綺麗だけれどそれだけ」と酷評した相手だ。
セシルがその酷評をしてからアンリはしばらく人前で演奏しなくなった。
「ロバート、お待たせ」
セシルの心情に気付くことなく、ポリーヌは非情にもテーブルに近付いた。
「ポリーヌ、来たか。おや、君はもしかしてセシル・ジラン嬢か?驚いた。今日は随分と印象が違う」
ロバートはセシルがこの前と違い淡い色のワンピースを着ているのでその印象の違いにとても驚いていた。
セシルはアンリが気になってそれどころではない。
「セシル・ジラン………?」
アンリはセシルの名前を呟いて、少ししてからはっとしたように顔を上げた。
「セシル・ジラン!」
どうやらセシルのことに気付いてしまったらしい。ロバートの人名をフルネームで言う癖が仇となった。
セシルがどうしようか、謝った方がいいのかと一瞬迷っている間に、アンリは叫声を上げて椅子から転げ落ちた。
「うわあああああ!バカにしたければバカにしろ!悪かったな!自惚れ野郎で!!」
セシルはアンリの突然の行動に驚いて何も言えない。
「どうせ俺は自惚れバカの恥ずかしい野郎だよ!分かってるよ!あんたに言われるまで気付かずに余裕ぶってた大バカ野郎だよ!」
アンリは体が地面に付いて服が汚れるのも気にせず悶えている。
アンリ・ロイドールは、男爵家の3男で、その繊細なピアノの演奏は誰をも魅力する。平均より小さい身長に、中性的な美貌から、儚げな美少年と呼ばれていた。
以上がセシルの知るアンリの情報である。
(儚げ??)
セシルはアンリとほぼ初めて喋ったが、どうやら思っていた人物と大分かけ離れているようだった。
ロバートとポリーヌはアンリに構うことなくお昼の準備をしている。
(ど、どうしたらいいの?)
セシルが戸惑ったまま動けずにいると、ポリーヌがお昼を食べようと椅子に座らせてきた。
(え、アンリ様は放置でいいの?)
ロバートとポリーヌは椅子から転げ落ちたまま地面で悶えるアンリを放置して食事を始めた。
「セシルもほら、お弁当を広げて?」
セシルはどうすることも出来なかったので、ポリーヌに言われるまま自分のお弁当を机の上に置いた。
今日のお昼もジラン家料理人特製ソースのサンドイッチだ。
「アンリ・ロイドール氏も早く食べないと無くなるぞ」
ロバートに声を掛けられてアンリは体を起こした。
「俺のごはん………」
どうやら精神的な回復はしていなくとも食欲はあるらしい。
アンリはテーブルの上にロバートとポリーヌが用意した食事に手をつけた。
「うまい………」
ロバートとポリーヌに負けぬ早さでアンリもお昼を食べていく。
セシルは驚きながらその光景を見ていた。
「あんた、本当にセシル・ジランか?」
ある程度食べて満足したらしいアンリに声を掛けられて、セシルは驚きながらも頷いた。
「そんな風に大人しくなって、どうしたんだよ?今度はそうやって皆を騙すつもりか?」
アンリの嫌味にセシルは答えることが出来ず、唇を噛んだ。
「それとも今更自分がしてきたことを反省した?そんな大人しくしたって、あんたがしてきたことは無くならないからな。俺は忘れてないし、忘れてやらないからな」
セシルはただ俯いて項垂れた。
アンリが言うことは最もだ。今更反省したとして許されるとは思ってない。
「アンリ・ロイドール氏、そのくらいにしたまえ」
アンリを見兼ねたのかロバートが会話に入ってきた。
「何だよ、ロバートだってこいつがどんなに暴言吐いてきたか知ってるだろ?」
「以前の彼女がどうであれ、今日は何も言われてないじゃないか。彼女はポリーヌの大切な友人。婚約者の大切な友人が責められているのを黙って見ていることは出来ないな」
「何だよ、綺麗事かよ!こいつは本性隠してるだけだ!ほら、いつもみたいに暴言吐いてみろよ!」
以前のセシルだったらこんなことを言われたら言い返していただろう。
今のセシルは言葉を忘れたように何も言い返すことが出来なかった。
「は!今更本当に反省しましたってか?ふざけんな。どうせ反省してるふりなんだろ?」
「アンリ・ロイドール氏、それでは以前彼女がしていた事と同じ事を君がしているみたいだ。以前の彼女がどうであれ、君が彼女を責め立てていい理由にはならない。剣を抑えたまえ」
「何だよ!俺が悪いのかよ!こいつは散々やらかしてきたんだ。責められて当然だろ!」
「いいや。それでも君が責め立てていい理由はどこにもない。彼女は剣を抑えたんだ。その勇気を称賛こそすれ、責め立てるのは誰にも許されていない。君も剣を抑えるんだ。剣は君をも傷付ける。彼女がまた剣を握る可能性を君は作りたいのか?」
睨み合うアンリとロバートに、セシルは居たたまれなくなった。
心配そうな顔をしたポリーヌはセシルの味方だというように手を握ってくれている。セシルは泣きそうだった。
「なんでこんなやつ庇うんだよ!」
「剣を抑える勇気を称賛して何が悪い。どんな彼女でも僕は婚約者の友人を迎えるけれど、剣を抑えることが出来たならとても喜ばしいことじゃないか。君はいつもは剣が嫌いなはずなのに、どうして剣を持つんだ?」
「本物の剣の話は今はいいだろう!」
「良くないさ。剣は剣。人を傷付ける危険なものだ。君がこれ以上彼女に剣を向けるというのなら、僕は君をランチに誘うのを今後止めるしかない」
「え、それは困る!」
ロバートの言葉にアンリはあっさり剣を収めた。
「不愉快な思いをさせて済まないね。アンリ・ロイドール氏はどうやら変わった君に照れているようなんだ」
ロバートの言葉にセシルは曖昧に笑んだ。
ポリーヌも、ロバートもとても優しい。
アンリの反応が普通の反応なのだ。
「あの、ごめんなさ」
「謝んじゃねー!」
セシルは何か言わなければと焦り、口から出たのは謝罪の言葉だった。謝らないと決めていたというのに。
しかし、言い切る前にアンリから止められた。
「あんたに謝られたくない。俺はあんたを嫌な奴だと思っていたいんだよ。今更いい人ぶるとかふざけんな。あんたが嫌な奴でいてくれないと文句が言いにくいじゃねーか。俺はな、ただ文句言いたいだけのクソ野郎なんだよ」
アンリの言葉にセシルは思考が追いつかなかった。
「そういう訳だ、セシル・ジラン嬢。アンリ・ロイドール氏の言葉は気にしなくていい」
ロバートがまとめるように言った。
それはつまり、アンリは少し前のセシルと同じようにただの八つ当たりをしているということだろうか?
「だから、気にすんなって。あー、もう。じゃああんたが残してるそのサンドイッチくれよ。今日はそれで解決ということにしてやる」
そう言うとアンリはセシルの残していたサンドイッチを取って食べた。




