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ぱんでみっ!  作者: 陽碧鮮
第弐章 流転する生活
34/34

変調と診療

          ☆


 サァー…という風音と共に学園中の緑が揺れる。少し遅れて、軽く開かれた窓から気持ちの良い風が入り込みカーテンは波のようにはためいた。

 もうすぐ夏になろうかというのに、最近の気温は例年に比べて過ごしやすいもので、まだまだ春先というものである。

 俺は何かを見るわけでもなく、ただぼんやりと窓の外に目を向ける。

 ……平和だなぁ。

 そんな感想が思わず溢れてしまうほどに——まるで一昔前の小説にある学園のように穏やかな時間。

 だが、そんな妄想も——ようやく黒板を書き終えた——教師の言葉によって強引に現実へと引き戻された。

「それでは、今から陰陽道について説明する」

 ………………はい。

 陰陽思想と五行思想が〜という教師の話をBGMの代わりのように聞き流しながら俺はこの“普通ではない”学園のことを今一度思い返していた。

 この秘密結社学園と呼ばれる学園は、世界中の思春期の子供たちほぼ全てが中二病に発症するという嘘のような世界の中で屈指の人気を誇っている学園であり、俺——面駅秀勝が四月から通っている学園だ。そんな変人に人気のある学園の授業がもちろん普通のはずがなく……例えば——元素記号の代わりに百を優に超える神々の名前を暗記させられる、とでも言えばこの学園の恐ろしさが多少なりとも理解してもらえるだろう。だから、

「五行には、木火土金水がある」

「ふっ…俺は氷…すなわち理を外れる者だ」

 はぁ…頭が痛い。

 教師が説明を終えると同時、ちょうどに独特なチャイムが鳴って授業の終わりを告げた。

 これが最後の授業で、後は帰るだけだというのにまったく気持ちが軽くならない。そして俺はその原因をはっきりと理解している。

 そんなことを考えていると、狙ったかのように俺を悩ます原因が近づいてきた。

 大和撫子という言(、、、、、、、、)葉が似合う可憐な少女(、、、、、、、、、、)——

「それでは一緒に帰りましょうか。面駅さん」

 忍田咲良が。


         ☆


 俺は忍田と並び歩きながら、今朝からの出来事をもう一度振り返る。

 確か、最初は…朝だ。俺が忍田と通学路で出会ったときから、すでに異変は始まっていたんだ——


「おはようございます。面駅さん」

「え?」

 朝の何気ない挨拶…のはずが、忍田のらしくない(、、、、、)口調で思わずそんな声が漏れる。

 口調だけではない。明らかに普段の忍田の纏う雰囲気とは異なっていた。何か、妙に落ち着いているというか——。

「何の冗談だよ。似合ってないぞ?」

「はあ、私の制服の着こなし、何か至らぬ点があったでしょうか」

 そう言って自身の身だしなみを確認し始める。後ろを見ようとして、くるっ…くるっとスカートが揺れる姿は——いや、何でもない。頑張ってキャラ作りをして来たようだが、馬鹿…じゃなくてどこか抜けているところまでは直せなかったようだ。

「あまり女の子をからかったりしたら、イケませんよっ」

「……はぁ?」

 面白いくらい下手なウインクを決めてそう言う忍田に、思わずそんな声が漏れる。

「まったく……また変な遊びでも考えついたのか…? って——」

少し話し込む間に生徒の人通りはすっかりまばらになっていた。

「ほら、遊びはそれくらいにして俺たちも早く行くぞ」

「ああ待ってください〜!」


 この頃はまだふざけてるとしか思わなかったんだが…学園に着いてからも——


「よく来たな、我が禁じられし盟友よ」

「ああ、おはよう」

 教室へと着いた俺は、クラスメートの枝野の挨拶を軽くいなして自らの席へと向かう。もはや手慣れたものだが、ただ一つ、クラスメート全員に同じ挨拶をしている枝野には、クラスメートの全員がその『禁じられし盟友』とやらなのかとツッコミたい。

 そんなくだらないことを考えていると、チャイムが鳴る——と同時に俺たちの担任である、霧野先生が教室へと入ってきた。

『それでは、朝のホームルームを始めたいと思います。忍田さん号令を』

 先生が忍田にそう促す。俺は忍田に目を向けるが、その(たたず)まいは正に格式の高い家柄の令嬢のものであり、クラスメートも俺と同様に忍田に釘付けとなっていた。

 そんなクラスメートたちから好奇の目で見られている忍田は意に介した様子もなく、すぅー…っと小さく息を吸うと、

「起立」

 皆に起立を促す。俺を含めたクラスメートは立ち上がると、次の訪れるであろう『ひれ伏せ』という忍田独特の号令に合わせようと身体を傾け——

「礼、着席してください……皆さん?」

 忍田以外の全ての時が止まった。

 俺は頬を流れる汗が机に落ちるのを見て、初めて我に帰る。

 …イマナニガオキタ?

「えっ⁉︎ みっ皆さん、どうかしたんですかっ⁉︎」

 これ絶対演技じゃねえ。こんな器用なことができるやつではないことは良く知っている。

 となると——

「変なもんでも拾い食いしたのか…」

 そこまで馬鹿だったとは…こいつは俺の理解の範囲を斜め上に大きく超えてきやがる。

「つっ面駅さん! 皆さんの様子が!」

 あたふたと狼狽する忍田を尻目に、俺は再び席へ着く。

 結局、我に帰った霧野先生がなんとか立て直し、ホームルームを再開させるまで、この異様な空気は続いた。

 そしてその後も忍田に起こった異変は続き——

 昼休みを告げるチャイムが鳴り響く。すると、いつものように(・・・・・・・)、チャイムが鳴り終えるのを待つ前に、忍田の弾んだ声が聞こえる。

 ただ、いつもと違うのは(・・・・・・・・)——

「面駅さーん! ご飯食べましょう、ご飯!」

 結局午前中に元に戻ることはなかった。先ほどの休み時間まではクラスメートたちに囲まれ、色々と聞かれていたようだったが、それも解放されたようだった。

 俺の席に隣の席をくっ付け、小さなお弁当箱を開いた忍田は、行儀よく挨拶をしてから卵焼きを美味しそうに頬張る。

「甘いですぅ♡」

「………………」

「面駅さんも食べますか? 今日の卵焼きは上手にできたんですっ」

「……………………」

「えっと…大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃねえのはお前だろ⁉︎ 変なもんでも食べたのか? それとも頭打ったのか⁉︎」

 ついに溜めていた気持ちが爆発する。だっておかしいだろ⁉︎

「なんでこんな可愛くなってんだよ⁉︎ なんで突然クラスメートの男子たちの人気持っていってんだよ⁉︎ なんでお前が卵焼き作れんだよ⁉︎ 女子力見せてんじゃねえよ!」

 駄目だ。調子が狂うってもんじゃない。こいつを元に戻さないと俺が確実におかしくなる。

 俺の溢れ出た言葉を突然受けた忍田は、

「……かっ——」

 頬を赤らめて、

「——可愛くなっただなんて…そんな…」

 ………………………。

「うわあぁぁぁぁぁ‼︎ だからこんなの忍田じゃないぃぃ!」

 誰だ。俺と話してるこの大和撫子な美人は。俺にこんな知り合いはいない。

「面駅さんが壊れちゃいました…」

 違う! 壊れてるのはお前だ!

「あーもう! 今日放課後俺のところに来い! 絶対だぞ!」

 こいつは放課後、保健室で観てもらった方がいいだろう。家でもおかしいようだったら家族がちゃんとした病院に連れてってくれるだろうし。

「そ、そんな大胆で一方的に帰る約束をされるなんて…嬉しいような困るような…」

 忍田が何か呟いていたが、俺は何も聞こえなかった。


「——さん! 面駅さん! もう、聞いてるんですか?」

「ああ、悪い」

 忍田の言葉でふと我に返る。今俺たちは保健室まで向かっていたのだ。

「どうして保健室になんて行くんですか? 私は見ての通り、健康ですよ! ほら、この通り!」

 今日一日忍田を見ていて、わかったことがある。それは、喋り方や雰囲気こそ変わったものの、基本の部分はいつもの忍田のままだと言うことだ。

 だから、こんな風に廊下で平然と逆立ちができるのだろう。抜けているというか、何というか…。

「ほら! 見てください、こんなに元気で……」

 そこまで言ってようやく忍田は、自らのスカートが重力に従っていることに気づく。つまりは下着が…そういうことで。

 …純白のレースか。

 動揺したせいか、バランスを崩して倒れ込むが、すぐに起き上がりスカートを直す。

「…見ました?」

「悪い、考え事してた。どうかしたのか?」

 顔が真っ赤だ。というかこの状況にデジャヴを感じる…。

「なんでもありませんっ!」

 紅く染まった顔を見せないようにと——隠すように先へと走っていき、あっと言う間に姿が見えなくなってしまった。

「仮にも校紀委員が走るなよ…………ったく、なんで忍田なんかにこんなドキドキしてんだ…」

 そんな気持ちを振り払うように、俺も忍田の後を追った。


          ☆


 階段を降りると、保健室の前で息を切らす忍田の姿があった。忍を謳っている割には体力がないんだな。今は忍とは程遠い存在となっているけど。

「ここが保健室か。実際に入るのは初めてだな」

「言われてみれば私も初めてです。保健室にお世話になる人も多いのに、珍しいですよね私たち」

 それは体育の時間にクラスメートの馬鹿たちが、無駄にかっこいいことをしようと無理して怪我するからだ。

「普通にやってれば怪我しないだろ。普通」

「それもそうですね」

 軽いやり取りを交わした俺たちは、そのまま軽い気持ちで扉を開き、

 ——ガララ


「ほら、ここが良いんだろ? このマゾ豚が!」

「最高ですぅ(ゆう)様ぁ♡」

「キモいから名前で呼ぶな!」


 ——ガララ

 そっと閉めた。

「俺、頭がおかしくなったのかもしれない」

 そうでもなければ、きわどい格好をした女子生徒が沢山の男子生徒を鞭のようなもので叩きながら罵倒していて、部屋中が赤い蝋燭(ロウソク)で埋め尽くされている——なんて光景を見るわけがないのだから。

「鞭で…遊んでたのでしょうか?」

 どんなプレイだ。

 ただ忍田にも見えたということは、さっき見た光景は現実だったということだ。ある意味幻覚よりも恐ろしい状況である。

「日を改めるか」

 今日は偶然変質者が大量発生したに違いない。関わったらやばいと俺の第六感が警告している。

「忍田、今日は帰る「失礼します」おぉぉ⁉︎」

 扉を開いた忍田はそのまま中へ入っていく。俺と同じものを見た上でそんな平然と中へ進めるなんて正気の沙汰じゃない。

 忍田だけを行かせるわけにはいかないので、警戒レベルを最大まで上げつつ、俺も中へと進んだ。その先にあったのは——

「あ〜、いらっしゃ〜い」

 普通の保健室だった。

「ふふ、ど〜したの〜? 狐さんに化かされたみたいな顔して〜」

 目の前にいる女子生徒は、頭の上に手で耳を作って、コンコンと狐の真似をする。

 第二印象は、ゆるふわな不思議ちゃん、だろうか。虫さえ殺せなさそうな雰囲気を(まと)っていた。第二印象は。

「あの、さっきこの部屋で鞭…とか持ってませんでした?」

「ん〜? 持ってないよ〜?」

 女子生徒は意味がわからない、というニュアンスを含んだ苦笑いでそう応じる。

 彼女の第一印象は、鞭を使っていたことに対するドン引きと恐怖だったのだが——やっぱり、さっきのは見間違いだったんだろう。こんな人が、笑いながら鞭を使うわけがないじゃないか。

「あ〜、二人は初めましてだよね〜? 私の名前は悪井(あい)(ゆう)です〜。一応〜保険委員長を任されてるんだ〜。保有能力は『働かざるもの(メディカル)生きるべからず(ドッグ)』って言って〜、能力によるあらゆる傷を回復させることができるんだけど〜回復させた人は対価として隷ぞ——じゃなくて…私の元で働いてもらうって能力だよ〜。働いてもらう期間は傷の深さによってまちまちかな〜」

 能力による傷、という部分が肝だな。要するに『ごっこ遊び』で負った傷なら、なんでも治してあげますよってことだ。

 それにしても…また委員長か…。

 俺の脳裏には、千埜先輩…偶像先輩…荒井先輩…そして千埜先輩の顔が浮かぶ。

 あの先輩方の仲間か…。良い予感はしないなぁ。

「面駅秀勝です。よろしくお願いします」

「忍田咲良です。よろしくお願いします」

 そう思いながらも、簡単に自己紹介を済ませる。

「面駅くんに、忍田さんね〜。よろしく〜」

 そんな俺の気持ちも知らずに悪井先輩はにっこりと微笑んだ。

「それで〜、今日はどんな要件なのかな〜?」

 壁にかけてある白衣を着た悪井先輩は近くの席に座ってそう聞いてくる。

 ここに来てから衝撃の連続ですっかり忘れていた。えっと確か、

「あー、朝からこいつの様子がおかしくて。頭でも打ったんじゃないかと」

「私は大丈夫ですよ!」

 隣でそう騒ぐ忍田を無視して話を続ける。

「そうですね〜。それじゃあ私が能力を使ってみます〜」

 確かに能力のせいじゃないとも言い切れない。やってみて損はないだろう。

「えいっ!」

 ……………………………。

「別に何も起きませんね」

「能力による影響ではないみたいですね〜。それじゃあ熱でも測ってみましょうか〜」

 まあ、そんなもんだよな。

 悪井先輩は、体温計〜え〜と、と言いながら沢山の引き出しの中の一つを開く。

 中には沢山のものが詰められており、お世辞にも綺麗とは言えない。だがやがて、その手は一つのものを引っ張り出した。

「これかな〜」


 →赤い蝋燭


 ……どんな顔をすればいい?

「あ、あ〜違った〜」

 隠すように再び中へ蝋燭を突っ込む。しかしもう遅い。俺たちの目にはしっかりと焼きついた。

 いや、あれは何か悪井先輩にとって必要だったんだ! ——人にロウを垂らす以外の用途が。

「あれね〜アロマキャンドルだよ〜。私最近すっかりはまってて〜」

「あ…あ、ああ! そうでしたか! びっくりしましたよ、急に取り出すから」

 やはり俺の考えすぎだったか。もう少しで悪井先輩の名前が『ドS先輩』に変わるところだった。

「あろまきゃんどる、って何ですか?」

「外国のお香だ」

「なるほど」

 俺たちがやり取りする間に、悪井先輩は別の引き出しの中を(あさ)る。

「あ、これだよ〜きっと〜」


 →首輪


「「「…………………」」」

 俺はどんな顔をすればいいんだよ。

 今度はどんな風に自分に言い聞かせればいいんだ。

 首輪…首輪…。——人の首につける以外の用途が思いつかない!

 俺は緊張しながら悪井先輩が喋り出すのを待つ。

「「「…………………………」」」

「こっこれはね〜。(みこと)ちゃん…飼育委員長の! ほら〜この前放送で話してたでしょ〜?」

「あっ、そうかそうですよね! あの先輩沢山ペット飼ってそうですから、たまたま首輪を忘れていったんでしょうね」

 あの放送事故事件の後、偶像先輩とは仲直りできたのか。それだけは気になるところだ。

「そうそう〜」

 それにしても、少し前の俺はどうかしてたな。首輪は人に着けるものじゃなくて、ペットに着けるものに決まってるじゃないか。きっと保健室に入るときに見た幻覚の印象が強すぎて、思考能力が麻痺しているんだろう。

「ん〜ん〜…」

 悪井先輩は引き出しと三回目の戦闘を繰り広げていた。

 保険委員長なのに、器具の管理がこんなにもおざなりで大丈夫なのだろうかとも心配になってくる。

「あ〜! 細長いもの掴んだよ〜! きっとこれだ〜」

 悪井先輩は思いっきり、手を引き出した。


 →鞭


「「「……………………………」」」

 いやいや、これも何か使い道があるんでしょう? 俺は悪井先輩を信じてますよ!

「わっ私知〜らない! なんだろこれ〜」

「もう擁護できないぃぃぃぃ‼︎」

 駄目だ。これ以上ここに留まったら危険だ。俺は忍田の手を掴んで走り去る。

「あっわっわっ、どうしたんですか面駅さーん!」

「失礼しましたー!」

 部屋を出た俺たちは、少し進んだところで立ち止まる。さすがに追っては来ないか。

「ふぅ…これからは保健室使えないな」

「…? どうしてですか?」

 こいつの危機察知能力は置いておくとして。もう今日はこのまま家に帰ろう。

 俺たちが再び歩き出そうとした時、俺は確かに聞いた。

『あー逃げられちゃったじゃない! もう、早く出て来なさい! 下僕たち!』

『『『はい! 有様♡』』』

 ………もう嫌だこの学校。

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