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ぱんでみっ!  作者: 陽碧鮮
第弐章 流転する生活
33/34

人知れぬ予兆

          ☆


 放課後の学園。すっかり人気のなくなった廊下ではガラス越しに窓から射し込む夕日によって橙と黒の鮮やかなコントラストが浮かび上がっていた。

「ふんふんふーん♫」

 そこに響く陽気な歌声。その声の主は美しい黒髪をなびかせ、床に映し出されたオレンジ色の床だけを器用に飛び移りながら進んでいく。

「むっ!」

 少し経ったであろうか。突然、泡が弾けるように少女から声が上がった。

 先にあったのは自動販売機。それを見据えた少女は一瞬走るような体勢をとったが、

「とっと…廊下は走らないように」

 まるで怒られたときのことを思い出した子供のような怯えた表情をとり、再び歩いて進み始めた。

 そして、ようやく自動販売機の前までたどり着いた少女は何度か辺りに人がいないことを確認すると、

「うんしょ…」

 床に頭を押し付けて自動販売機の下を注意深く凝視し始めた。

 四つん這いになっているせいでスカートから下着が丸見えなのだが、そんなことなど気にもとめていないとばかりに下を覗く。手裏剣柄の特徴的な下着を履いた臀部がふりふりと揺れている姿は端から見れば滑稽極まりない。

 大和撫子を彷彿とさせる優れた容姿。だが、合コンに行っても確実に地雷扱いされるタイプ。

「あ、十円玉見つけたでござる」

 つまりは残念系女子であった。

「この十円玉、よく見たらギザギザしてるでござるよ! もしかして不良品!?」

 校紀委員として放課後の学園の見回りを行っていた残念系女子こと忍田咲良はその十円玉が使えることを確認すると、ふところから蝦蟇口のお財布を取り出してブラックコーヒーを購入した。

「なんでこの学び舎はぶらっくこーひーしか売ってないのでござるか。うぅ…苦い…」

 純粋、と言っていいのか。いや、ある意味“純粋”とはまったく対極にあるであろう珈琲を口に含むと、途端にしかめ面で、べーっと舌を出す。

 少し飲んで顔をしかめる。それを繰り返してようやく缶を空にした咲良は休む前よりもずっと疲れた様子で、恨めしげに空になった缶を見つめると、キモチ強めにゴミ箱に投げ入れた。

「そろそろ帰るでござる」

 そう呟いた咲良はいつも通り、教室に置いた荷物を取りに歩き出す。これが委員としての役目がある日の咲良の日常だった。

 今日もその日常が過ぎていく——

「やあやあ、ご機嫌麗しゅうお嬢さん」

 はずだった。


         ☆


「む、誰でござるか?」

「怪しい者なんかじゃぁありません」

 突然現れたそれはにこにことした笑顔を顔に張り付けており、夕暮れ時のこの時刻には少し不気味に写っていた。

「私とほんの少しだけ、お付き合いいただきたくてね」

「むぅ…拙者、今日はもう疲れたでござるよ。日を改めてまた——」

「ちょいとお待ちなさいって。ほら…よってらっしゃいみてらっしゃい。決して無駄な時間にはさせません、よっ!」

 ひときわ大きな声を上げたかと思うと、指を鳴らして咲良の胸ポケットを指す。

「お嬢さん、ちょいと胸のポケットを確認してもらえませんかね」

 怪訝そうな表情を浮かべる咲良だったが、ポケットに手を入れると一転、驚いた表情になって、

「とらんぷが入ってるでござる!? どうやったのでござるか!?」

 胸ポケットからトランプを取り出した。

「あははは。そんな表情をされるとやりがいがあるね。それじゃぁ…」

 一息置いたかと思うと次の瞬間には、手から大きな花束が現れる。

「わぁ!」

「はいこれ、お近づきの印に。どうだい? 話を聞くつもりにはなったかな?」

「うんうん! もちろんでござる!」

 気づけばすっかり主導権を握られていた。

「嬉しいねぇ。それじゃぁここは一つ、私とゲームをしてほしいんだ」

「げぇむ?」

「うんうん、ちょうどそこにトランプがあるだろう? それで簡単なゲームを、ね」

 そこでゲームの内容が説明されていく。

「わかったでござる!」

「それじゃぁ始めようかねぇ」

 そして時はあっという間に過ぎていき、

「…負けたでござる」

「うんうん、良い勝負だった」

「悔しい…また今度やるでござるよ!」

「また今度ねぇ…そうそう、言い忘れてたけど——」

 そろそろ本格的に日が落ち始めた中。学園の一角で一人の声が響く。

「————、—————————」

「え?」

「———————、————、—————————」

「————————————、————————————」

 狙ったかのように流れ出した放送委員からの最終下校時刻を知らせる放送。クラシックだろうか。ゆったりとして耳に残る良い曲である。

「じゃあねぇ」

 それは最強の二文字を誇っていた生徒会が、無名の五人組に土をつけられた次の日の出来事であった。

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