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ぱんでみっ!  作者: 陽碧鮮
第壱章 始まる生活 終わる日常
24/34

最後の……

         ☆


 そういえば…——普段なら、余りそんなことを話さない姫野が珍しく、こう前置いてから語り出した。

「なんでも今日、学校に手錠を掛けて過ごした人がいるって話よ」

「へえ」

 この学園のことだ。どうせ極度のマゾヒストか、自分の力を制御する設定のやつだろう。まあ、あり得るのは後者だな。春先の浮かれた気分だというには、いささか時期が過ぎていると思うし、暑さで頭がおかしくなるというほど、夏にもなっていない。

 関わらないことが一番だ。脳内に漂う様々な考えを、その一言で吹き飛ばす。

「…怖い話よね。突然ムチで叩いてください、なんて言われたらどうしようかしら」

 おっと、姫野は前者の方だったか。

 二人でそんなことを話していると、隣からおずおずと手を挙げたクリス先輩が、俺のプレゼントしたキーホルダーを揺らしながらホワイトボードをこちらへと向けた。

『誰かに無理矢理ってことも…』

 そんな新たな意見に、珍しく姫野と声が被る。

「「それはない」」

 どうせ目立ちたいからの行動に決まってる。そもそも手錠を掛けるやつってどんな危ないやつだよ。

 俺たちの強い否定により、若干縮こまるクリス先輩。そんな先輩の頭を撫でて、落ち着かせているとき、突然玄関の扉が開かれた。更にそれに続くように何かが倒れる音が聞こえる。

「ちょっと、誰か入ってきたわよ!」

 その言葉に、クリス先輩は身体をくっ付けるように俺へ近づいた。急に見知らぬ人が入ってきたのだ。怖がるのも無理はない。

 クリス先輩に抱き着かれて動くことのできない俺は姫野——は頼んでも断られそうだったので早乙女を頼る。

「薫、見てこい」

「承知しました」

 流石執事。素早い動きで、玄関へと向かっていく。

 少しすると、早乙女が見知らぬ男を抱えて戻ってきた。どうやら暴れる様子はなく、静かに抱えられている。

 そして、手には——

「手錠?」

 姫野がそう呟いた通り、そいつの手には本物の手錠が掛けられていた。ああ、なるほど、

「こいつが姫野の言ってた目立ちたがり屋か」

「違うわよ。マゾヒストに決まってるじゃない」

「両方違うけど⁉︎」

 うわ、今まで静かにしていた男が急に声を荒げた。男は抱き抱える早乙女から抜け出すと、俺へと向かい、袖を掴んで諭すように言う。

「俺様がここへ留まることを光栄に思うがいい! 誰が来ても絶対にドアを開けるんじゃないぞ?」

「マゾのくせしてやけに高圧的ね。挑発してるの?」

 やめてくれ、うちのお姫様を怒らすんじゃない。

「この俺様に逆らう気なのか? ふん、やめて——」

 男が言い終わる前に、姫野がバン、と机を叩く。ああ、キレちゃったよ。俺にまで怒りが飛び火しないと良いなぁ。

「…あんた、何でこんなに人様の家で偉そうなの?」

「ご、ごめんなさい」

 そう言うならここは俺の家だから、そんな壊れるように机を叩かないでほしい。

 ——ピン、ポーン…。

 怯えた男を憐れみの目で見ていると、突然、チャイムが鳴り響いた。誰だろうか。

「ちょっと待てぇぇぇ!」

 すると、いつものように玄関へ向かおうとする早乙女の前に男が立ち塞がる。男は誰かに話を聞かれたくないのか、声を潜めて話し始めた。

「俺様の言うことがわからなかったのか⁉︎ あれは無視しろ、例えるなら嵐だ! 過ぎ去るのをじっと待て!」

 俺、というよりも、ここにいる男以外の全ての人間が首を傾げる。だが、嵐、という表現が適切だったことは次の瞬間に明らかとなった。

 ——ピンポーン…ピンポーン…ピンポーン…ピンポーン…ピンポーン…ピンポーン…ピンポーン…ピンポーン…ピンポーン…ピンポーン…ピンポーン…ピンポーン——

 姫野の時とは違う、異質な、どこか機械のような感情のないものがひたすらチャイムを鳴らすような感覚。今も鳴り続けるチャイム音は、なぜだかとても、恐ろしかった。

「龍也ぁ‼︎ いるんでしょぉ⁈ どうして開けてくれないのぉ⁈」

 そして扉の先から聞こえてくる感情の無い声。クリス先輩が更に俺の服を強く握る。これには、早乙女はおろか姫野まで金縛りにあったように動けないようだった。

 あれだな、鼠が入り込んだと思ったらそれを捕食しようとしたライオンまで付いて来ちゃったパターンだ。いやあれはライオンなんて生易しいものじゃないな、生霊とかだよ。俺の部屋が曰く付きの物件、とかにならなければいいんだが。

「は、は…」

 連れてきた本人は乾いた笑いを浮かべるだけだ。一体どんな墓地に遊び半分で行ったのやら。

「と、止まった?」

 そんなことを考えているうちに止まるチャイム。だが、終わった、なんて考えも次に響いたドアノブが回る音で消え去った。

 鍵をかけておけば良かったというよりも、一体誰がこの部屋に二度も人が入ってくると予想できただろうか。

「おじゃましまぁす」

 そんな声と共に扉が閉じる音。ドクン、ドクン、ドクンと胸の動悸が激しくなり、それが最高潮に達すると同時、それは廊下から姿を現した。

「んーー…」

 姿を現したのは、垂れ目が特徴的な至って普通の少女。ただ一つ、そのチャームポイントとも呼べる目から生気が失われていることを除けば。

 少女は部屋——というよりは俺たちを一人ずつ見ながら、ぶつずつと呟き始めた。

「…冴えない男はいいとして、執事男…? いや…まあ問題なし。金髪は…龍也はロリコンじゃないし、問題は——」

 そう言って姫野をじっと見つめる。俺があんな目に長時間見つめられ続けたら、気が狂ってしまうのではないだろうか。事実、姫野も普段の気の強そうな雰囲気というよりは、少し怯えているように見える。見つめられていた時間はそう長くはなかったはずだが、永遠にも感じられたこの時間は少女が口を開くことによって再び動き始めた。

「ねえ? あなた、龍也と話したでしょ?」

 少しの間の後、姫野はいつも通りの表情へと戻り、口を開く。

「ええ話したわよ? 何か悪かったかしら」

「…………ない」

「え?」

「許さない! 龍也は私のものなの! 色目を使って龍也を(たぶら)かさないで!」

 先程の落ち着きとは一転、声を荒あげて姫野を睨む。睨まれた姫野はというと突然の少女の発言に「はあ?」とでも言いたげな表情だった。

「私の方が龍也のことを知っているの! 私の方が龍也のことを愛しているの! 世界中で! 一番! 私が私が私が私が私が——」

 まるで壊れたテレビのように同じ言葉を繰り返す少女。だが、龍也と呼ばれていた男が一言、「病美(やみ)っ!」と叫ぶと先程までが嘘のように黙った。そして、

「…もういい」

 そう一言呟いた。それが諦めの言葉だったなら、どんなに楽だったか。少女が口元を吊り上げる笑みを浮かべたのを見て、俺はそれが更なる悪夢を呼ぶであろうことを悟った。

「…龍也、もう帰ろう? こんな見ず知らずの人の部屋にいつまでも留まってたら迷惑だし。後は二人でゆっくり話そうね」

「は、はは…」

 胸の隙間から丈夫そうな縄を取り出す少女を見て、男は膝から力無く崩れ落ちる。良かった、被害を被るのはこいつだけか。外道? 何とでも言え。悪霊相手に生贄一人で済むなら安いものだ。

 そう思って見ていると、突然少女を一人の影が遮る。そしてそれは、いつの間にか俺の近くから消えていたクリス先輩だった。

 二人は見つめ合う。

「そこ、退いてくれないかなぁ?」

 クリス先輩は、首を横に降ると文字の書かれたホワイトボードを、少女に見えるように反転させた。

『ワタシの能力は『みんなのまとめ役(メディエーター)』。同学年、又は下級生の非行や喧嘩を強制的にやめさせる能力。あなたの行動は少し目に余ります。今日のところは帰ってください。これは上級生としての命令です』

 かっこいい。それがまず第一の感想だった。いつもはほんわかとしているクリス先輩の先輩らしい行動…初めて見た。

「くっ…!」

 流石の少女も、能力とあってはどうすることもできないのか、悔しそうに顔を歪ませながら玄関へと向かっていく。そして、

「龍也…ごめんね。また、明日」

 最後にそう言い残して少女は消えていった。

○、○*☆(こ、怖かった)…」

 少女が消えて、緊張が解けたのか床へへたり込むクリス先輩。

「格好よかったですよ」

 あの場に出る勇気。それを賞賛しながら俺はいつものようにクリス先輩の頭を撫でる。

 撫でられるクリス先輩は、先程まで纏っていた雰囲気は消え去り、いつものような優しい雰囲気へと戻っていた。

「で、どうするの? こいつ」

 忘れていたとばかりに姫野がそう言って座り込む男を指す。

「あ、ああ…!」

 全員の視線を一身に受けた男はよろよろと立ち上がると、クリス先輩の前へと歩いていき、(ひざまず)く。そして、崇拝するべき存在でも見るかのようにクリス先輩へと顔を上げて口を開いた。

「女神様…! あの邪悪の権化から助けてくれた礼に、俺様は貴女様にどこまでも付き従うことを誓おう!」

 これが、五人目。部活動を作るために必要な人数の最後の一人となる、白谷龍也(しらたにりゅうや)との最初の出会いだった。

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