ヒロインはどこ?
☆
「それにしても意外だったなあ」
バイキング場を出て、手持ち無沙汰な俺に忍田が提案したのは、意外にもファッションショップだった。
なんでも、忍田曰く、
「家が旧家である故、あまり煌びやかな服は持ち合わせていないのでござる。もう高校生にもなるのだから、そのようなものの一つや二つ持っていた方が良いと思った次第で…」
だそうだ。今日の格好が制服なのは、あくまでここに訪れた目的が委員会の仕事だから、らしい。変なところで真面目というか、まあいいのだが。
「遅いなぁ」
そう言うのも、俺がここで待たされてから既に十分近くが経過しているからだった。
俺が現在いるのは試着室の前。いやその言い方だと誤解しか生まないな。なぜ俺が試着室の椅子に腰掛けているのかというと、時は三十分前に遡る。
店を訪れてから、当たり前のように俺を置いて中へと入っていく二人を見送り、二人を待つ間、適当に店内をぶらついていたのだが、そこで、
「ねえ! これ、カッコ良くない⁉︎」
姫野が指ぬきグローブを持ってきたのが始まりだった。当然のことながら俺は言葉に詰まる。いや、別に俺はこいつの趣味を否定するつもりはないし、このキラキラとした目でそう聞くこいつを傷つける趣味もない。ただ、言うなれば感性の違いだ。中二病が世界に蔓延してからはファッション界もかなり改革したらしいしな。
甲の部分に髑髏の刺繍が付けられた漆黒のグローブを、さながら誕生日プレゼントに高価なものを貰って使い始める子供のような表情で装着していく姫野。
ここまでは平和だったんだ。いいや、確かにこの後感想を述べなければならないのが若干キツかったが、それはさしたる問題じゃなかった。問題だったのは、そこに偶然か、それとも狙ってか、忍田が現れたこと。忍田は俺を見つけると、まず一番、
「のう! これがお洒落というやつでござるよな?」
そう口にした。身体中にアクセサリーをジャラジャラと付けて。
当然俺は閉口する。この時は姫野もそうだったかもしれない。
そんなことなど知る由もない忍田は、少しの静寂の後、姫野を見て緊張の糸が切れたように笑い出した。
「ぷっ! あははははは! なんでござるか、その手袋! それじゃあ寒さを凌げないでござるよ、あははお腹が痛いぃ!」
…それは流石に言い過ぎだと思うぞ。ほら、姫野の顔がどんどん真っ赤になっていく。
「ぼっ防寒が目的じゃないし! あんただってそのジャラジャラしたアクセサリー、一言で言えばセンスないわよ⁉︎」
「なっ⁉︎」
そこからは目も当てられない討論。聞いているだけで頭が痛くなりそうだったのでその場を離れたのだが、しばらくしてから二人がやってきて、
「ファッションセンスがどちらが高いか、あんたに審査してもらうから付いてきなさい」
と、ここに連れてこられたのが約十分前。その後、各々が良いと思った服を試着室に持ち込んだところで現在に至る。
正直どちらが勝ちでも負けでもいいのだが、それだと二人が納得しないので。
「おーい! まだかー?」
「女子の着替えを催促するって男としてどうなの?」
俺の声に反応して試着室のカーテンの隙間から顔を出す。…それにしても冷めた目だった。
そこからは一転、静かに二人が着替えを終えるのを待つ。そしてやがて、試着室のカーテンが開かれた。
「おお…!」
思わず漏れた感嘆——とは間逆と言っても差し支えない意味を込めた声。二人とも、ドヤ顔をしてるから余計にタチが悪い。
まずは忍田。中世ヨーロッパの貴族が好んで着ていそうなガチのドレス。…こいつはこれを着てどこへ行くつもりなのだろうか?
よく見ると先ほどまでたくさん付けていたネックレスが消えており、その代わりと言わんばかりに——十本の指全てに——指輪が嵌められていた。ゲームの装備でもここまでは付けねえよ。
そして、視線を移した先に佇んでいたのは姫野。
…黒! それが一番最初の感想だった。
黒のシャツから黒のスカートに黒のコート。極め付けは黒い逆十字のネックレスを下げている。なんだこいつは、これから魔女の夜宴にでも行くのか?
ちゃっかり指ぬきグローブ付けてるし。
「さあ、どちらの勝ちかしら? まあ、聞くまでもないけどね!」
「…姫野殿は暗殺者か何かでござるか?」
「う、うるさい! ほら、さっさと決めて!」
そう急かしてくる姫野だったが、俺は既に決めている。俺は名前を呼んだ。
「——店員さん、この二人の服を見立ててくれませんか?」
☆
先ほどは打って変わって、姫野を先頭に訪れたのは本屋。どうやら先ほどは忍田が選んだから次は私の番、ということらしい。
ちなみに二人の買った服は俺が持っている。いや、持たされたが正しいか。
中へ入るとこれまで通り、二人はそれぞれ奥へと消えていく。
「あ、ファンタジーライフだ」
店に入ってまず目に入ったのは圧倒的人気を誇るファンタジー小説、『ファンタジーライフ』。教科書は一部抜粋だったから、なんだかんだで気にはなってたんだよな。
とりあえず第一巻だけ、手に取った俺は奥へと進む。
先ほど、ファッション界にかなりの改革があった、と言ったが、最も改革があったのは書店業界かもしれない。今や、ほとんどの大人がライトノベルを読むのも漫画を読むのも抵抗がなく、中二病が蔓延する前とでは違い、受け入れられ、波及している。
閑話休題
漫画コーナーへと向かった俺だったが、意外にも二人の姿は見当たらなかった。姫野、はともかくとして忍田が真面目な書籍を読むとは到底思えないのだが。
一通りの新刊を確認した俺はその後、適当にぶらつく。本と言っても漫画くらいしか読まないし、読んだとしてもたまにライトノベル程度だ。最近は忙しさも相まって本自体に触れていなかったと思う。
そのまま店内を回っていると忍田を発見。へえ、料理本のエリアにいるなんて、こいつも人並みに料理ができ——
「えへへ、カレーライス、美味しそうでござる」
——俺の期待を返してくれ。初めて見たよ、料理本を料理目的以外で読むやつ。
俺は忍田を見なかったことにして、さらに先へと進んだ。すると、姫野の姿が見えてくる。
ここは…ミステリージャンルか。へえ案外読書家なのかもしれないな。
「ミステリー好きなのか?」
「え? …ああ、あんたか」
俺だとわかった瞬間に表情変えすぎ。傷つきそう。
「ええ、好きよ。最初は周りの人たちと関わりたくないからって不純な理由で読み始めたのだけれど、文字に触れて、実際に、第三者ではなく、そこにいる一人のように犯人を探していく。どんどん深みにはまっていったわ。ま、大抵は最後までわからなくてやられた!ってなるんだけど。最近では漫画やライトノベルでもよく取り扱われるようになったから敷居は低くなったし、あんたも読んでみれば?」
「オススメとかないのか?」
本のことはさっぱりだから、ここでは姫野に聞くのが最善の選択だ。
「うーん、私は基本ライトノベルとか漫画のミステリーは読まないし、本格ミステリーになるけどいいなら…これとか」
これを機に本を読み始めるのも一興だろう。空いた時間を使えば普通に読めそうだ。
「さんきゅ」
「意外ね、本なんて読まなそうなのに」
うっ。
「図星ね、本当にわかりやすいんだから」
いや、姫野の観察眼も捨てたものではない気がするが。
「まあ、たまたまだ。少し気が向いただけ」
「そう。忍田は?」
「料理本コーナーにいたぞ」
「へぇ、意外なこともあるじゃない」
姫野が意外そうな顔をする。まあそう思うよな。でも、
「料理の写真を見て涎垂らしてた」
「…逆に納得したわ」
俺も逆の立場なら全く同じことを思っただろう。
「会計済ませてくる」
変な空気になったので逃げるようにそう言う。俺たちのせいじゃないのに。
「あ、これも一緒にお願い。はい、これお金」
お願いってなんだろう? 強要する言葉? 大したことではないので全然問題ないのだけれど。
忍田と入り口で待ってる、とのことだったので、さっさと会計を済ませて外へ出る。
ああ、いたいた。遅いって怒られるか——
「…千埜先輩?」
「Yes、ボンジュールです」
「こんにちは」
どうやら先に外へ出ていた二人が千埜先輩とばったり出くわしたらしい。いや、姫野は面識がないのか。
「私のボケは無視ですか」
「会って早々にボンジュールなんて言われても反応に困るだけです」
なぜ、会ってすぐのタイミングでボケようと思ったのか。
「三人は何の目的でここへ?」
「スイーツバイキングですよ。千埜先輩こそどうしたんですか?」
「ほら、私は図書委員長ですから」
そう言ってすぐそこの本屋のものであろう———俺と全く同じレジ袋を掲げる先輩。
図書委員長が必ずしも本屋目的だとは思わないのだが。でもまあ図書委員長というくらいだし、本はかなり嗜むのかもしれない。
俺は興味本位で聞いてみる。
「先輩はどんな本を買ったんですか?」
「これです」
「アウトォォォ!」
千埜先輩が袋から取り出したのは、声に出すのもはばかられるような題名の、端的に言えばハードな官能小説だった。
「No、この作者は素晴らしいです」
聞いてねえ! 二人はというと、忍田はなんのことかわかっていないようだったが、姫野は顔を赤くして居心地が悪そうにしている。姫野、これが委員長クラスの存在だ。
「それはともかく面駅君。私が正妻なので心配はしていないのですが、休日に愛人を二人連れて遊び回るのはいかがなものでしょうか?」
は? 唐突に何を言いはじめるんだ?
後ろの二人は愛人という言葉に反応してか不機嫌オーラを出している。
「どういうこと?」
「それは——」
「私が説明します」
ものすごい冷めた目でそう聞かれた俺が誤解を正そうとすると、その間に先輩が割って入る。
「簡単な話です。この前、面駅君に公衆の面前でとても恥ずかしいプレイを強要されたので、その責任を取ってもらうだけの話ですから」
そのネタいつまで使われるんだろう。というかいつか話の原型がなくなるんだろうな。
「…本当なの?」
「No、冗談です」
「「…………」」
…これが委員長クラスの存在か。結局委員会に一年生を入れることはできたのだろうか。
「では、私はこれで失礼します」
そう言って一礼した先輩は立ち去っていく。…嵐のような人だった。
残された俺たちは少し疲れた表情で、お互いの顔を見遣る。
「あんた…いつもあんなのと?」
「ああ」
「苦労してるわね」
ああ、確かに苦労がわかってくれる人がいるだけで報われるのかもしれない。
「あれ、忍田は?」
少し目を離した隙に、俺たちの前から姿を消している。よくまだ騒ぐ元気があるものだ。
「ああ、あいつならついさっき、あそこのゲームセンターに目を輝かせて入っていったわ」
なんてことないようにそう口にする姫野。
「どうして止めなかった?」
「…めんどくさくて」
忍田に千埜先輩と、度重なる中二病たちによって姫野の疲労が見て取れる。
「じゃあ二手に分かれて探すぞ。俺は奥を探すから」
「はいはい」
軽いやりとりを交わした後、俺は三度目となるゲームセンター入りを果たした。
「いないな」
奥まで来すぎたのかもしれない。だとすると姫野が見つけてる頃か。俺は踵を返そうとしたとき…視線を感じた。辺りを見渡すと、視界の端が目に留まる。あの小さな背丈と目立つ金髪は——
「クリス先輩?」
その声はこの喧騒の中でもしっかりと届いたようで、先輩はビクッと肩を震わせた。
『奇遇だねー』
奇遇もクソもあるか。友達との約束はどうした?
先輩は俺から目を逸らして汗をダラダラと流す。いや、逸らしたんじゃない。クリス先輩の視線の先には——
「…早乙女」
「はい」
呟いただけだったが、万能執事は聞き逃さなかったらしく、俺の下まで歩いてきた。
「どういうことだ?」
『薫は悪くないの!』
「クリスティーネ様は潔白です」
いや、どっちが悪いかは聞いてないし。お前らカップルか何かか?
「おーい! 面駅殿〜!」
俺が口を開こうとした瞬間、奥から忍田の声が。姫野とも合流したようで、後ろには姫野の姿が見えた。
「む? お二人は面駅殿のご知り合いでござろうか?」
早乙女は背が高いし、逆にクリス先輩は小学生並みに背が低いから秘密結社学園の生徒だとは思ってないようだけど。
「こっちはお前が言ってた宇宙人だぞ」
「ええ⁉︎ 本物でござるか⁉︎」
「?」
クリス先輩はチンプンカンプンな表情だ。忍田はサイン色紙を持って来れば良かったでござる、とか言ってるし。
そんなこんなで話していると、やがて忍田が思い出したように口を開いた。
「あ、そういえばあれが皆でやりたくて呼んだのでござるよ!」
忍田が指差したのは——
「プリクラ?」
「そう! ぷりくらでござる!」
後ろで立っていた姫野が俺たちに説明する。
「どんなゲームか説明したら、みんなで撮りたいって聞かなくて」
「この際、お二人もご一緒に!」
そう言って強引に皆の手を引く忍田。なんとまあ忍田らしいというか。
中へ入り、手早く操作を終えた姫野が俺の隣へと入る。
「少し狭いな」
「ほら、もう始まるわよ」
機械からは、カウントダウンの声。そして——
『はい、チーズ!』
みんなで撮った写真は、思い出の、最初の一枚となった。
☆
『 個人調査表
第3学年 5組 21番 学生番号30521
氏名 偶像愛 女性
生年月日 平成45年 2月 26日生 18才
住所 ——
設定能力 『蕩ける声音』【A】…自身が声に出したお願い、命令は全て強制力を持つ(ただし自身、対象、第三者を肉体的、精神的に傷つけるような命令は不可)。派生として『声薬』というものがあり、効果は応援することで対象の肉体や攻撃を強化するといったもの。
二つ名/称号 『学園のアイドル』
備考 ・生徒会の次に発言力を持つと言われる秘密結社学園委員長の一人。放送委員長。
・月に何度か副委員長に泣きつく。
・夜は、誕生日に買ってもらった犬のぬいぐるみを抱かないと寝られない。
・千埜淡とは席が近いためか、最近は二人が楽しそうに話す場面をよく目撃する。』




