校則と拘束
☆
「面駅殿一緒に帰るでござるよ」
最近、ホームルームが終わるといの一番に寄ってくる。お前は犬か。
「悪い、図書室に寄ってから帰るわ」
そんなわんちゃんの誘いを突っぱねて俺は席を立った。
あの図書委員長の誤解を正しにいかないといけないんでな。
「むう、また図書室でござるか。……もしや昼時の千埜殿の発言は……」
声は小さくて聞こえないが珍しく難しい顔をしている。今日の夕飯の献立でも考えているのだろう。
「拙者もお供するでござる」
何でそうなった。お前本とか興味ないだろ。
流石に高校の図書室に児童コーナーはないぞ? と本気で言いたくなったがぐっと堪えた。どうせすぐに飽きて出ていくに違いないし。
「まあいいや。行くぞ」
「出発進行!」
五月蝿い。やっぱり帰らせようか。そもそも図書室でのマナーを心得ているのがすら心配だ。
「面駅殿ー! こっちでござるよー! 早く早くー!」
「そんなに急ぐと危ない──」
「痛っ!」
ほら、言わんこっちゃない。顔面から入ったぞ。…………手裏剣柄か。
「……みっ見た⁉︎」
「何が?」
「……な、何でもないでござる」
決してぶつけただけではここまで赤くはならないだろう。凄いな、耳まで真っ赤だ。
「とうちゃーく! でござる」
そんなことをしている間に目的地の図書室へとたどり着いた。
「頼もーーーーっ!」
そんな声を上げて忍田は図書室の扉を開く。その結果、中にいた生徒たちの注目を集める形となった。端的に言って最悪だ。
「はい、頼まれに来ました。ご用件は?」
あ、千埜先輩。相変わらずのロボットのような無表情だ。心の中では何を考えているかわかったものじゃないが。
「えーと……特に用はないでござる。拙者はただの付き添いである故」
そしてここのくの一は正に何も考えていないと。馬鹿だ。正真正銘の馬鹿だ。
俺の周りにはネジが外れているやつしかいないのか……?
「付き添い、ですか」
「あー、こんにちは。千埜先輩」
やっぱり少し気まずいなぁ。勿論俺は何もしてない。主にこの先輩のせいで。
「こんにちは、男子生徒」
「もう隠さなくても大丈夫ですから! むしろバレますからね⁉︎」
千埜先輩の恐ろしいところは常に無表情のため、ボケなのか本気で言ってるのかがわからないところだ。
最近はそれにも慣れてきたが、それでもたまに冗談なのかわからないから怖い。
「そうか、君が」
「え?」
隣を見ると男子生徒が。名札を見るに三年生だろう。千埜先輩に気を取られて全く気がつかなかった。
そんなことを考えていると、その先輩は再び口を開いた。
「ああ、自己紹介がまだだったね。僕は三年一組の荒井駿。よろしくね」
今日の放送で聴いた声だ。ということはどこかの委員長か。見た目はなんだか近所に住んでる優しいお兄さん、って感じだ。
そして話した感じもまともな人だ。数時間前に放送事故を起こしたグループの一人だとは到底思えない。今のところは、だけど。
「俺の名前は──」
「大丈夫、君の話はよく千埜さんから聞くからね、面駅くん」
全然隠してないじゃん! 情報屋なのに情報筒抜けじゃん!
それとも俺の情報はゴミ同然の価値しかないのだろうか。いや、考えるのはよそう。
「時に面駅くん、この前のスリーサイズの話は事実なのかい?」
「真っ赤な嘘です。捏造です」
ここはしっかりと誤解を解いておかなければ。というかここに来た目的だし。
「そうか、良かったよ。君を裁かなくちゃいけなくなるところだった」
ん、裁く……? 聞き間違いか?
「そういえば荒井先輩、何か用事があったんじゃないですか?」
委員長同士だし、大事な話の最中に俺たちが邪魔をしてしまったんじゃないだろうか。
「ううん、特に用事があった訳じゃないよ。巡回中にたまたま寄っただけさ」
巡回中……委員長の仕事だろうか?
「荒井先輩の所属している委員会って──」
「おーい! 面駅殿ー!」
俺の言葉はこちらへと走ってくる忍田の声によって掻き消された。声がしないと思ったらどこかを彷徨いていたらしい。手には『忍法書』と書かれた分厚い本が握られている。
「話は終わったでござるか?」
また周囲の視線が痛い。流石に注意した方がいいだろう。
「忍田、少し静かに──」
「ねえ、君」
だが、そんな俺の言葉は再び掻き消される。ただし、今度は荒井先輩によって。
「む? 拙者のことでござるか?」
「うん、君」
あれ?何だか周囲の温度が下がったような……。
「さっきの君の大声、図書室での迷惑行為禁止って決まりに反してるよね。それに学園内では走ってはならない──校則違反だよ」
「どこの誰かは存じ上げぬが、そんなお固いことは言わずにもっとゆるーく行こうでござるよ」
その瞬間、荒井先輩の後ろに般若のお面が見えた……気がした。
あっ、これ……もしかしなくともやばいやつじゃね?
「先輩には敬語。これは最早社会の常識だよね? 君の行為はさっきから校紀を乱しているんだよ。それともあれかな、君は委員長の僕、引いては校紀委員会全体に敵対すると解釈してもいいのかな?」
「い、いや…そんなことは……」
ようやくこの状況の不味さに気がついたようだ。もう遅いと思うけどな。
「僕の能力は『絶対粛清』。対象に『絶対守護』の能力を付与する代わりに、その場から一切動くことを禁止する能力だよ。効果は僕が動くことを動くことを許可するか、三時間時間経過するかのどちらかまで続く。今日は初犯ということで大目に見てあげるから一時間、きっかりここから動かないで反省してね」
「いっ一時間⁉︎」
「文句があるなら聞くけど?」
「ないでござ──いえ、ありません……」
自業自得なんだけど、これには流石に同情せざるを得ない。まあ、こいつには良い薬か。
「うう…何で拙者がこんな目に……」
「……君には説教も必要のようだね」
忍田への罰が増えたところで千埜先輩が近づいてくる。
「仲が良さそうですね。気が合ったようで何よりです」
「え?」
「あんなに荒井くんが活き活きとしているのは久しぶりに見ました」
……本気で怒っているようにしか見えないのだが。俺よりも全然付き合いの長い千埜先輩には、また違って見えるのだろうか。
「まあ、冗談ですが」
「笑えねえよ⁉︎」
「それで結局何をしに来たのですか?」
さらっと流しやがった。どんなメンタルしてるんだ。
「先輩の誤解を解きに」
「──?」
「今日の放送で言ってた先週のことですよ」
「ああ、面駅くんが無理矢理私のスリーサイズを測ろうとした話ですか」
「違いますからね⁉︎」
飛躍しすぎだ。それじゃあもう犯罪者じゃねえか。
「冗談です」
「………………」
「しかし何の用かと思えばそんなことでしたか。安心して下さい。もう人に言ったりはしませんから」
俺が危うく学園中から変態扱いされそうになったことを『そんなこと』とは恐れ入った。
まあでも、これでもう広まる心配は無くなった訳だし、そろそろお暇するとしよう。
「帰るのですか?」
「はい、用も済んだので。忍田は──」
「ねえ、話聞いてる?」
「……っ! もっ勿論聞いていたでござるよ!」
「……三十分追加ね」
「きっ鬼畜〜〜っ!」
「──先に帰ったと伝えて下さい」
「承りました。あ、少し待ってて下さい」
そう言ってパタパタとどこかへと行ってしまい、少し経って戻ってきた千埜先輩の手には一枚の紙が。
「これ、もし良かったらどうぞ」
そこには主張の激しいフォントでこう書かれていた。
『やり甲斐のある仕事、してみませんか? 図書委員募集中。お気軽にどうぞ』
「これ…何ですか?」
「見ての通り、委員募集の用紙です。今日、必死にアピールした筈なのに何故か誰も来ないので」
来るわけねえだろ!
「どうですか? 今なら私のスリーサイズの情報が特典として手に入りますよ」
「そんなに必死にならなくても……」
情報の価値が一気に下がりすぎだ。サイン百万枚分とか言われてた偶像先輩が泣くぞ。
「冗談です。……ですがこれからも気軽に来て下さい。待ってますから」
「はい、勿論です」
珍しく口角が若干上がっている千埜先輩の姿にこちらも思わず笑顔でそう返す。まあ、ここがないと宿題が半分もわからないし。
図書室から出た俺は静まり返った廊下を歩きながらこの後に起こるであろうことを思い浮かべる。
寮へと帰れば姫野に遅いと怒られ、早乙女先輩が紅茶を淹れてくれて、クリス先輩は今日の出来事を絵に起こして楽しそうに見せてくれるんだろう。
そんなことを考えていた俺が結局千埜先輩の誤解を解いていないことに気がついたのは、その日の夜のことだった。
☆
『 個人情報書
第2学年 6組 12番 学生番号20612
氏名 クリスティーナ・ハーシェル 女性
生年月日 平成46年 3月 24日生 17才
住所 ———
設定能力 『みんなのまとめ役』【B−】…同学年、又は下級生の非行や喧嘩を強制的にやめさせ、一時的に対象の能力を封印する能力。『断罪』の下位互換のような能力とでも認識しておけば良いだろう。
二つ名/称号 『宇宙人?』
備考 ・学園の中で最も低身長。
・ドイツからの留学生。
・言語開発に自らの中二病力を全てを注いだので話すこと以外は全てまとも。能力も便宜的に決めているだけで能力が欲しいという気持ちは無いようだ。』
『 個人情報書
第3学年 5組 22番 学生番号30522
氏名 千埜淡 女性
生年月日 平成44年 4月 1日生 18才
住所 ———
設定能力 『嘘つきは死の始まり』【A】…千埜淡に対して一切の嘘がつけなくなる能力。
二つ名/称号 『図書委員長』『学園の情報屋』
備考 ・生徒会の次に発言力のある、委員長の一人。図書委員長。
・無表情。それ以外の表情は滅多に見せない。
・知りたい情報があればその情報に見合った対価を支払うことで教えてもらうことができる。』




