アオイの過去
拙者は魔法研究所の広間でミツバに自分の過去を語る。
元の世界で拙者が生まれた島原にて狼藉者に襲われ、心臓を軽く刺されながらも土方殿に助けられ九死に一生を得た拙者はその後、新選組の門を叩いた。
それはまだ芹沢筆頭局長が生きていた頃で、ちょうど大阪での相撲取りとの騒動後だったのでこの壬生界隈には新選組隊士以外はあまり人がいない。そう、京都や大阪の人間は新選組を壬生の狼と呼び、毎日治安維持として人を斬る行為に嫌気がさし忌み嫌っていた。
「待て赤猫ーーーっ!」
と、珍しい赤い色の猫が通り過ぎ、その後ろを赤い着物の女性が走るでござる。
ここにいるという事は、新選組の関係者でござろうか?
まぁ、今はおいておくでござる。
「……」
拙者は新選組屯所と達筆な字で描かれる門の前に立つ。
これはやがて総長になる山南殿が書いたものでござる。
そして、意を決してその門を叩いた。
「た、たのもー! 島原の葵光剣でござる! 新選組隊士になりたいでござるよ!」
「フフフ。誰ですか? この新選組の屯所の前で叫んでいる人は?」
すると、色白でまだあどけなさが残る細身の隊士の人が出てきたでござる。白鞘がやけに似合う、気品のある隊士の人だなぁ……。新選組隊士にしては殺気立ってもおらず、普通でござるな……入り立ての隊士の人でござろうか?
「せ、拙者は葵光剣。新選組隊士になりたいでござる! なので入隊させてほしい!」
「新選組隊士になりたい? これは、これは面白い事を言う。一体、誰の紹介があってきたのです? それとも自己推薦ですか? フフフ」
こ、この隊士の人は笑顔の裏に悪魔が見えるでござる……。
何だこの人は……まるで笑顔のまま人を平然と殺すような恐ろしさは……いや、今はそんな場合ではない!
「ひ、土方殿に言って貰えれば隊士にしてくれるはずでござる。新選組副長の土方歳三殿でござるよ。拙者は……」
「土方さんがそんな甘い人なわけじゃないでしょう。第一に貴方はまだ元服してるかどうかもわからない子供じゃないですか。私と一緒に壬生寺で遊びますか? フフフ」
(この人は……平隊士ではないのか?)
その頃、新選組副長助勤の斎藤一殿がこの門での騒動に気付き、副長室にて隠れて俳句をたしなんでいた土方殿に報告していたでござる。
「……という次第です。所詮は子供。酒でも飲ませて帰らせますか?」
「あの時の子供か……通せ。これで島原にも貸しを作れるだろう。暴れ獅子の芹沢局長だけが新選組の評判では困るからな。芹沢が島原で食器を割ったり遊女を手篭めにして暴れた件も、これにて解決させる」
土方殿は酒の匂いがする斎藤殿を一瞥し、立ち上がる。
「斎藤君。昼間から飲み過ぎるなよ」
「某は酔剣の使い手。今夜の見回りは某の独壇場だ」
「……いい殺気だ。君の活躍に期待してる」
そう土方殿は言い、副長室を出た。
そして、未だ拙者は謎の色白の隊士と言い合いをしていたでござる。
いや、竹刀を持ち立ち向かう拙者を弄んでいた。
それを、他の隊士達も集まり出し見ている。
何やら衆人環視での戦いになっていたでござる。
実際は、戦いと呼ぶには酷いものであったが……。
「ほーら、ほーら。そんな剣では私にも勝てませんよ。光剣さん」
「くっ! 子供だからと言って馬鹿にして!」
「口を動かすよりも身体を動かしなさいな。口先では人は斬れませんよ?」
「こ、この! 馬鹿にしてーーーっ!」
ピタ……と拙者は竹刀の切っ先をつかまれる。
そして、動こうとしたが動けない。
目の前の色白の剣士の悪魔のように透き通る笑みに、拙者の心は刻まれていた。
「馬鹿にはしてません。だからこそ立ち合っている。気組はあるからものになるかと思いきや、貴方は無駄な思考が多いようだ。竹刀であれ刀を抜いた以上、相手を殺す覚悟が必要。それが新選組の常識ですよ」
「新選組の……常識……」
……拙者は、甘かった。
新選組とは京都・大阪の治安を守る会津藩お預かりの団体。それは常に治安を乱し、幕府の敵を殺す事が目的だと思っていたけども、それは違った。この男の言葉の裏には、敵を殺さなかった以上は自分も殺されるという事を否応無く教えて来る殺気、威圧感がある……まさか、この男……この男は新選組の天才剣士でありながら、壬生寺などでも子供達と遊び、まるで子供のような無垢な感情と天の剣才を持つと噂される新選組副長助勤筆頭・沖田――。
「総司、からかうのはそれぐらいにしておけ」
『!』
すると、屯所の奥から低く冷徹な声がし、土方殿が現れたでござる。
蜘蛛の子を散らすように拙者と沖田殿の戦いを見物していた隊士達は消え出す。
沖田総司であるその人は言う。
「いやだなぁ土方さん。私は子供と遊んでいただけ。もし、土方さんの知り合いならば、新選組とは甘く無いと身を持って教えてあげて下さい。私は心に教えましたから」
フフフ……という笑みを残し、そこに残る隊士達も驚愕の視線を浴びたまま沖田殿は去った。
そして、拙者は土方殿と対峙する。
「せ、拙者は葵光剣! 新選組隊士になりたいでござる!」
「なりたい? なりたいじゃなれねぇよ。なる……という強い、確定した意志があって半人前だ」
「なる……という意志で半人前。ならば、一人前にはどうすればなれるでござる!?」
「人を斬る事だ」
土方殿はにべも無く言う。
そうだ。
この人は人を幾人も斬った事がある。
確か江戸方面にある多摩の田舎から出てきて武士になりたくてこの京にまでやって来た。
そして今は会津藩のお預かりのれっきとした武士。
この地の者達は認めていないが、自身を律し、武士道を行くこの人こそ元亀天正の時代の、戦国の世の誠の武士!
「拙者は……拙者は強くなる! 新選組で……最強になり、土方殿に貢献してやるでござる!」
「フッ……いい気組だ。若い頃の総司を思い出す」
「最強になるからには、沖田殿も超えるでござる!」
「吼えるな小僧。自分の実力も知らぬ者が吼えても見苦しいだけだ。総司は天才だぞ。貴様がどうにかなる相手では無い」
「吼えなければ小僧では無いでござる」
その拙者の涙ぐみながらの強い瞳に土方殿は口元を笑わせる。
「……まるで豺狼だな。フッ、見所だけはあるな」
「どんな剣士とて、初めは弱かったはずでござる。拙者は努力し、この新選組の最弱から最強を目指す。全ては命の恩人としての貴方に貢献する為。これは貴方の楽しみにもなるはずでござる」
「楽しみ……確かにそうかもな。犬が狼になれば、の話だがな」
そして、土方殿は拙者の前に立ち言う。
息を飲み、拙者はその鬼と呼ばれる副長を見上げた。
その品のある美しい唇は動いたでござる。
「お前は俺の為に強くなりたいか。なら、俺の小姓として地獄を味わえ。一月後、生きていたら新選組隊士にしてやる。そして、その先は更なる地獄の仕事を用意してやるぞ。それでもやるか?」
「拙者は葵光剣。武士に二言は無いでござる」
歯を噛み締める拙者は即答し、土方殿はニッ……と嗤った。




