閃光玉になりたい2
よく物語の冒頭で、空から女の子が降ってくるというシーンがある。
ただ、今目の前で起こった事は、それとは似ても似つかない。
まず、降って来たという表現が生ぬるい。
この少女は、まるで大砲の弾のように突撃してきたのだ。
「な、何がっ――――」
俺は勢いよく立ち上がり、空と少女を交互に何度も見る。
「あれ、混乱させちゃった?」
その少女は、俺の目を見てそう言った。
「えへへ、ごめんゴメン。ヒーローだとかヒロインだとかは、なんでも空からやってくるのが普通だっていうからそうしたけど、失敗だったか」
その少女は、苦笑いを浮かべながら頬を掻いた。
「まあ、反省タイムはこの辺にしといて……。君は川神桜君――――通称アンデットさんで、あっているよね?」
純粋無垢な笑顔で、少女は訪ねて来た。
「…………知ってるのか、俺の事を」
俺の中で、この少女に対する警戒心をグッと引き上げる。
「そりゃそうだよ。君は有名人だもん。一年前の国際宇宙ターミナルにテロリストが侵入した事件での唯一の生き残り。そして皆にサバイバーと呼ばれ、英雄と称された男」
少女は俺に言い聞かせるように、ニヤニヤとしながら話続ける。
「ただその後、任務中、ずっと物陰に隠れ続けていたというだけで何にも功績を上げてない事が判明。挙句の果てに事件後、同級生の女子をレイプし、皆からアンデットと呼ばれ蔑まれるようになった男――――それが私の知る川神君の情報だけど、あってる?」
「……正確には、レイプはしていない。押し倒しただけだ」
「ハハハ、そうなんだ。まあ、同じようなものでしょ」
確かにそうかもしれない。が、俺の中ではそこが重要なのだ。
「お前は何しにここに来た。授業をサボった俺を捕まえに来たのか」
「やだなあ、そんな訳ないじゃん。というかむしろ、僕が来たからにはもっと安心してサボりなさいな」
少女は長髪を風に揺らしながら、満面の笑みでそう言う。
そんな風に揺れる少女の金髪を見て、一つの名前が俺の中に浮かんだ。
「お前は――――達成者」
「アレレ、川神君も僕を知ってるんだ」
「まあな。特徴を聞いていただけだったから、気づくのに多少遅れはしたが」
俺は、目の前の少女を知っている。
名前はクリア。ミドルネームもファミリーネームも無い、ただのクリア。
この世界で最高峰の超人であり、名前の通り、数々のミッションをクリアしてきたことから、達成者と呼ばれる存在。
「クリアって気軽に呼んでよ。同い年なんだし」
少女は晴れやかな表情で、俺にそう言った。
なんだか、さっきから警戒し続けている俺が馬鹿馬鹿しく感じる程の、フランクな接し方だ。
「達成者でいいだろ」
「良くないよ。これ以上僕を達成者って言ったら、僕も君をゴミクズアンデットって言うからね?」
「勝手にゴミクズを文頭に足すなよな…………」
こいつは恐らく、その気になれば指一本で俺を倒せるほどの実力者。変に機嫌を悪くすると何か厄介な事に繋がりかねない。
幸い、現状の彼女は機嫌が良さそうだし、ここは素直に、少女の――――クリアの言う事を聞いておこう。
「それに、さっきから言ってるけど、そんな警戒しなくていいよ。僕は川神君を捕まえに来たんじゃないから。というかむしろ、僕は君に、お願いをしに来たんだ」
「お願い? お前が? 俺に?」
「イエス」
こいつは世界最高補の超人であり、それゆえ軍の階級もかなり高いと思われる。
そんな女が、軍にとって一つの雑兵に過ぎない俺に、頼み事……?
「僕、こんな性格だし、あんまり回りくどく言うのは得意じゃないから、単刀直入に言うね」
クリアは、あえてなのか、そこで一度言葉を区切った。
緊張感のある間が、俺達の間に広がる。
「川神君――――僕と一緒に、狂わない?」
クリアは、神秘的な笑みを浮かべながら、そう言った。
「は?」
「僕は知ってるよ。川神君、今年度限りで退学になって、研究所行きになるんでしょ」
「――――そうだけど」
「つまり君は、今年度限りで実質人生が終わるって事だよね」
「それは……そうだな」
研究所での超人の扱われ方は過酷であり残酷。比喩でも何でもなく、文字通り実験のモルモットにされる。
超人にとって、研究所に行かされるのは死ぬのと同義だ。
そう言う意味では、俺の人生はあと二か月ほどで終わると言って良い。
「でも、だからどうした? 俺の人生が今年度限りで終わるのなんて、お前には関係ないし、どうでも良いことだろ」
ただ悪目立ちをしているというだけの、ザコ兵士で有象無象の俺の死は、所詮世界からすると、どうでも良い事柄でしかない。
超人の中も特別な人間であるクリアにとっては、右から左に聞き流す程度の事象のはずだ。
「――――実を言うとね、僕も死ぬんだ」
初めて、少女はこれまでの太陽のような輝かしい表情を、僅かに曇らせた。
「余命は後二か月。今が二月だから、君が死ぬのと同じくらいの時期に僕も死ぬの」
悲しく微笑むクリア。その表情が、妙に俺の心に突き刺さった。
「それは…………なんだか、ごめん」
俺は、少し威圧感を出すようにして接してきたことを後悔する。
「だからさ、残り二か月の命の者どうし、一緒に輝こうぜってことだよっ」
そこまで語ってもらって、ようやく俺は理解した。
この少女が、俺に何を求めているのかを。
「輝くと言うのは?」
「やりたい事をやるんだよ。規律にも、軍務にも囚われないで、毎日をまるで輝いているように楽しい日々にする」
太陽のような光り輝く笑顔で、クリアは語る。
「僕の理想は、死ぬ直前で、僕達狂った事をやってのけたんだよねって、笑いながら死んでいく。そんな人生を、僕は過ごしたい。残りの二か月を、余生じゃなくて、メインの人生だって思えるようになりたい」
「なるほど……」
クリアの純粋の笑顔を見れば、その言葉に一切嘘は無い事が分かる。
本心から、この少女は、俺と輝きたいと望んでいるのだ。
「もし君が僕のお願いを聞いてくれたら、僕は君の言うことなんでも聞いてあげるよ」
「は?」
「それくらいの覚悟が、僕にはあるから」
クリアはふざけた様な笑みを浮かべつつも、その奥には真剣な心が確かに燃えていた。
覚悟の強さが、目からうかがえた。
「――――やめてくれ。トラウマなんだ。その言葉……」
その言葉を聞くと、どうしてもあの日の事を思い出してしまう…………。
あの日……俺がアンデットになった日を…………。
「じゃあもう、駆け引きとか、交換条件とかは無しね。僕が思い描く未来の姿を聞いて、僕の頼みを受けるかどうか決めて」
そう言うと、クリアは一度深呼吸を挟んだ。
今から、心を込めてすべてを語ることを、俺は察した。
「僕はね、閃光弾みたいになりたいんだ」
「閃光弾? それって、大砲とかで発射して、猛烈な光で目くらましをするアレか?」
「そう。たった一瞬だけでも、目をくらませるほど強く輝いて、目を瞑ろうが、有無を言わさずに皆の目に映る、閃光弾に僕はなりたい」
クリアのその言葉はなぜだか妙に、俺の頭の中に入って来た。
クリアが目指す姿が、妙にイメージできた。
「花火みたいに綺麗に輝くんじゃなくて、皆が強烈に認識する光になりたい。例え、光が強烈過ぎて、皆に迷惑を掛けることになったとしても」
俺の目を真っすぐ見て、クリアは力を込めて語る。
「でもきっと、僕だけではそんなに輝けない。なんせ生粋の超人である僕は、想像力が乏しいから、輝く力はあっても輝き方が分からない。でも、普通の人に近い感性を持つ君ならば、輝くような、楽しい日常の送り方を思い描けると思うんだ」
クリアは、俺に向かって手を差し出した。
そしてやはり、クリアは真っすぐ俺を見つめている。
「だからお願い、川神君――――いや桜君。どうか、僕と一緒に輝いてください」
「いや、何を言って――――」
――――なぜだか不意に、ふと先ほどの、青空に無数のシャボン玉が浮かんでいる光景を思い出した。
そして、俺はこうはなりたくないと、そう思っていたことも思い出した。
俺は、誰にも認識されずに消えていきたくない。
誰しもに強烈に認識されながら、死んでいきたい。
「そうか。そうだよな…………」
俺は求めていたのだ。クリアの言う所の、閃光弾のような日々を。
皆の目に否が応でも映ってしまう、輝いた日常を。
俺は、何となく綺麗だけど、地味なまま消えていくシャボン玉じゃなくて、皆の視力を奪う程ド派手に輝いて、一瞬で消えていく閃光弾になりたいんだ。
俺はクリアの手を取ろうと、自らの手を伸ばす。
ただ、触れ合う瞬間で、俺は手を止めた。
「――――クリア、悪いんだが、答えを出すのを明日まで待ってくれないか」
俺は手をギュッと握って拳を作り、ニヤリと笑う。
「え? ど、どうして?」
俺は、悲しげな表情をしているクリアを、真っすぐ見た。
「輝きたいんなら、それ相応のやり方で返事をした方が良いと思ってな」
ニヤリと笑いながら、俺は言った。




