闇魔法の秘密編 その1
その研究室は、確かに暗く、そして不思議な香りがした。しかし……
「滅茶苦茶広いじゃん!狭くないだろこれ!」
「誰も狭いなんて言ってない。ここで生きていたんだ。それなりの広さがあるのは当然だろう。」
ソレイルはそう言い、古い神話の本を本棚から引き出した。何度も読まれたのか、本の表紙が擦り切れている。
「それが闇魔法の本か?」
「闇魔法に詳しく残ってる本なんかない。見つかったら焚書だ。これは一般的な神話の本。俺の名前は光の神から貰ったそうだが、皮肉だな。」
焚書になるレベルなのか?闇魔法って。でも俺が見たソレイルの魔法は、とても危ないものには見えなかった。
「闇魔法使いが迫害されるのはな、主に暴発、暴走をするからだ。」
ソレイルが目を眇める。
「簡易魔法陣どころか、一般魔石に微量の魔力を流しただけで暴発するんだ。しかも周囲を精神汚染するおまけ付き……迫害され、追放される……地域によっては狩られることすらある。」
なんか話が恐ろしい方向へ向かってきたぞ……
「マジか。」
「マジだ。……故に追放された闇魔法使いたちは、隠れてコミュニティを築き、細々と暮らしている……らしい。その辺の正確さは分からないな……」
「それで?神話の本は何の関係があるんだよ?」
ソレイルは少し黙り、何かを考えたようだった。が、俺には分からなかった。
「神話では、6柱の神がいるな?」
「おう!魔法と同じ属性だな!」
「……闇の女神は、人間と恋をした。だが、手ひどく裏切られて、心を壊した。故に……闇魔法は、壊れた女神の影響で暴発するんだとさ。」
ちらり、とソレイルがこちらを見る。
「だが……不思議な事に、俺は闇魔法が暴発しないんだ。それどころか、呼吸のように自然に使える……」
それでふと思い出した。暗殺者に囲まれた時。やつらは一瞬で糸が切れるみたいに倒れていた。
「暗殺者たちの時も……」
「ああ、そうだ。だが、なぜ暴発しないのかが分からない。今はしていないだけなのかもしれない。いつかするのかもしれない。」
ソレイルは、ゆっくり本を置くと、両手で肩を抱え込んだ。
「俺は、自分の中のこの力が恐ろしい。」
………、あれからソレイルの家にある魔法の本から神話の本まですべては漁りきれなかったが、かなり漁った。……結果、闇魔法についての記述は見つけられなかった。……俺、ちゃんと親友の役に立てているんだろうか?
「結局何も分からなかったな……」
夕暮れ時にソレイルと並んで魔法街を歩く。ソレイルは、結局まだ街にいたいらしい。公爵様は寂しそうな顔をしていたが。
……そんな時だった。辺りの雰囲気が、急に変わったのは。
道行く人々が皆、倒れてゆく。口から泡を吹いて、叫び出している人までいた。……いったい、何が!
騒ぎの中心にいるのはまだ幼い子どもだった。母親らしき人物が恐慌して、子どもの首を絞め上げている!
「止めるんだ!何をして…!」
「おい、待て……」
その瞬間、だった。
ソレイルの杖の魔石が眩しく輝き、一瞬にして辺りの様子を元に戻す。
なぜ倒れたのか戸惑っている魔女に、箒から落っこちた眼鏡の男。いつも磨いている壺を割ってしまった老婆は泣いていたが。
子どもは泣きながら咳をしていた。母親も泣きながら子どもを抱きしめている。……今のは?
「闇魔法の暴走だな……そこの親子、来なさい。」
いつの間にか後ろにいた壮年の髭の男性が、親子に声をかける。
周りの人たちは一斉に親子を遠巻きにし、子どもは不安げにキョロキョロと、母親はがっくりと俯いていた。
「なに、悪いようにはしない。あと……」
壮年の彼は、俺たちを見てこう言った
「君たちもだ。今の現象……話したいことがある。特に、ソレイル。」
「………はい、師匠。」
ソレイルが師匠と呼んだ人の家は、魔法街の奥の方にあった。貴族街の城壁にも近くて、なんだか圧のある場所だった。
師匠はまず、闇魔法を使った子どもに話しかけていた。
「君は、闇魔法使いだ。……他に使える属性は?」
「わかんない……」
子どもが不安そうに答える。母親も、何か言いたげだが言葉にならないようだった。
「子どもにいきなりそんな聞き方…!」
「少し黙れ……大丈夫だ。」
「けど……追い出されたりするんだろう?」
「師匠なら悪いようにはしないさ」
ソレイルの説得で、一旦収まる。けど、この子だけでどうしろというのだろう?
その間にも師匠と子どもの会話は続いていた。
「ならば、この街で生きていくことはできない……だが、少し行った森の奥に、闇魔法使いたちのコミュニティがある。そこでなら受け入れられるだろう。」
「あの!」
突如、子どもの母が声を上げた
「私も……私もこの子についていきたいのです。夫は死んで、家族もいませんし……」
「安心しろ。普通は無理だが……紹介状を書いてやろう。そうすれば、その里の中なら生きていける。」
良かったと抱き合いながら泣く親子を見て、ホッとした。あの人、見た目はうさん臭いのに、いい人だ。
子どもと母親は、手を振って帰っていった。これから家で荷造りをして、闇魔法使いたちのコミュニティに向かうそうだ。俺も何度も手を振った。あの子はこの街を出ていく。ならば、もう会うことはないのだろう……
師匠の家に戻ると、2人は向き合っていた。
「さて、ソレイル。」
「はい。」
「あの力のことなのだが、お前、理由は分かるか?」
「いいえ。」
ソレイルは力なく首を横に振った。
「けど凄かったよな。お前の杖が光ったと思ったら、急にみんな元に戻って……」
「それだ。」
言葉は師匠に遮られた。
「私は闇魔法のコミュニティと連絡を取り合っている魔法使いの一人だから分かる。闇魔法は暴走しても、それをかき消すことなどできはしない。」
ソレイルが、ぞくりと肌を粟立たせた。
「どういう……ことですか?」
「ソレイルの闇魔法は闇魔法じゃないってことなのか?」
なんだか頭がこんがらがってきた。頭を使うことは、頭のいいやつらだけに任せていたい。
「そんなわけがあるか。……ソレイル、私は、お前を教えていた頃に、何か隠しているとは思っていた。お前は……闇魔法使いだったのだな?」
「…………はい。」
ソレイルの声は小さかった。そういえば家庭教師にずいぶんと長く教えられたと言っていた。なら、この人は、きっとソレイルにとって心の近い場所にいる人なのだろう。
そんな相手に闇魔法のことを明かす……勇気がいるはずだ。
「闇魔法の暴走は、暴走を広げてゆく。闇魔法使いなら多少耐性があるものの、それでも恐慌するのには変わりない」
「………はい。」
「お前の力は、原始に近い。この世界に魔法を与えた、闇の女神。……なぜお前がそんな力を扱えるのかは謎だが、闇魔法使いたちの問題の解決の一端になるかもしれない。」
そう言うと、師匠はサラサラと住所をメモに書き、渡してきた。
「この街に隠れ住んでいる2属性の闇魔法使いの家だ。闇を風で隠して生きている人で、私より闇魔法についての研究をしている。訪ねるといい。」
ソレイルは震える手でメモの切れ端を受け取ると、ギュッと握りしめた。
「ありがとうございます……師匠。」
「ところで」
突然師匠はくるりとこちらを向いた
「お前は何者で、何をしに来たんだ?」
「今更か!?俺はソレイルの親友で付き添いで騎士ですけど!?」
「親友じゃない」
………そろそろ認めてくれよ、ソレイル。
「はは、すまんな。ソレイルが傍に置いているなど珍しくてな。」
………こっちはこっちで、変な冗談は止めて欲しい………
その日は魔法街で別れ、再び明日ソレイルに付き添って2属性魔法使いの家に行くことになった。そろそろ、お家騒動で使った長期休暇も残り少なくなってきたし、再び休みを申請したいが、どうしたものか……
悩みながら上司に、休暇のことを打ち明けると、不思議そうに言われた。
「お前、公爵家のお坊ちゃんの護衛に任命されてたぞ。今後は基本、街で過ごしたい公爵家のお坊ちゃんを護衛しろって通達が……まだ確認していない?そんなことじゃあ駄目だぞ!わかっているのか!?」
怒鳴り声が本格的になる前に慌てて部屋から飛び出す。戻ってきた部屋に備え付けられたポストを覗くと、たしかに通達が……しかも、公爵様直々の依頼らしい。
「あの2人、もっと自然な親子になれるといいのになぁ。」
子供の頃、没落する前の家と両親を思い出して、目を閉じた。




