闇魔法の秘密編 その2
朝のラッパで、俺は飛び起きた。騎士団制服を着て、慌てて素振り用の木剣を持ちかけて……下ろす。そうだ。今日から俺は正式にソレイルの護衛として、ソレイルが望む闇魔法の秘密を探すのだ。
木剣を置き、鋼の剣を帯刀する。……命を奪うための武器。けれど決して迷ってはならない。今の俺には守る対象がいる。それが親友なら、なおさら。
いつも通り、いつものごとく、魔法街の宿屋の前で、鐘の時間に待ち合わせだ。今日は、もしかしたら自分の秘密が知れるのではと、ソレイルは緊張気味のようだった。
「なーに!そんなに難しく考えるなよ!お前が何であっても俺は親友だぞ!」
「だから親友じゃない」
「もうそろそろ認めようぜ!」
いつも通り、いつものごとく。けれど、俺たちはどこへ向かっているのだろう。この先の答えは……
「ついた……」
たどり着いたのは、魔法街の住宅街にある、小さな一軒家だった。
ソレイルが震える手でそっと呼び鈴を引く。澄んだ高い音が鳴った。
中から現れたのは、ローブを目深に被った老婆だった。
「……何用かね?」
「……師匠から、2属性だと聞きました。」
あえて"何属性"かはぼかして、言外に伝える。老婆はくるりと踵を返した。
「……お入り。外でする話でもないだろう?」
俺たちは慎重に家へと入った。
中は意外と明るく、こっちだよ、と手招きされた客間のテーブルに座る。
「それで?」老婆の気配が変わった。
思わず立ち上がり、ソレイルを庇うように身体が動いた。
「あんたたちどっちが闇なんだい?」
「俺……だ。」
他人に開示するのが恐ろしいのだろうか。ソレイルは、恐る恐るといった雰囲気で答える。慌てて、俺も口を開いた。
「昨日闇魔法使いの騒ぎがあっただろ?その時師匠に聞いたんだ、ソレイルの魔法は闇魔法でも特殊だって……」
「お黙り。あんたにゃ聞いてないよ。いい加減座んな。気が散ってしょうがないよ。」
ボロクソに言われて、俺はすごすごと椅子へ戻った。
「俺の魔法は、闇魔法の暴走を、打ち消すんだそうです。」
ソレイルが、ポツポツと語り始めた。
「師匠から、根源に近い力、女神に繋がる力だと聞いて……」
「ほーう?」
老婆が不審げな声を漏らす。
「神話にもあったろう。今の女神は壊れている。女神に近い?むしろ逆方向だ……それでも繋がりがあると言うのなら……」
老婆はニヤリと笑った
「それは壊れる前、の闇魔法だ。こっちへ来な。"繋がり"を見てやろう。」
俺たちは、さらに奥の部屋へ通された。さっきの部屋とは打って変わって、薄暗い。
老婆は何やら魔法陣の描かれた箱に、血を垂らし、その中から透き通った、手のひらに収まる程度の水晶玉を持ち上げた。
……空気が、変わる。重くなる。
誰かの嘆きが、悲しみが、まるで部屋を満たしたようだった。
「………それ、なんだ?」
「ただの水晶玉、と言いたいところだけどねぇ。アタシの婆さんの婆さんの婆さん……どのくらい前の先祖か分からないが、女神を裏切った男が、女神に賜った水晶だよ?綺麗だろう」
「神話の……女神を裏切った!?あの!?」
「本当かどうかなんて知らないよ」
老婆は笑った。
「神様の恋愛事情なんて闇の中さ。大事なのはこれが、ホンモノってことだね。」
老婆はソレイルへ近づいて、水晶を渡した。
「心を研ぎ澄ませな。闇魔法を使うんだ。ただし、対象はこの水晶玉だよ」
両手の上に水晶を乗せられたソレイルは、恐る恐る目を閉じた。その瞬間、薄暗い部屋に小さな太陽にも感じられるほどの眩い光が溢れる……!
「ソレイル!」
慌てて駆け寄ろうとした俺を、老婆が止める。
「止めな。繋がりが切れちまうよ」
慌てて止まった。……止まるしか、なかった。
そして煌々と光り続ける水晶玉を見て、老婆は驚いたように息をついた。
「驚いた……。あんた、片割れ様だったんだねぇ……。」
光が収まり、ソレイルはふと肩から力を抜いた……ついでに、膝も崩れた。あわてて抱きとめて、落ちかけた水晶もなんとかつかみ取る。
「無茶すんなよ。」
「悪い……少し、くらっときた。」
俺は老婆に水晶玉を返しながら、きちんとソレイルを立たせてやる。……顔色が少し悪い。大丈夫だろうか……
「それで?婆さん。片割れ様って何だ?」
「カタワレサマ……?」
俺たちの会話を聞いていなかったソレイルが不思議そうに変な発音をする。
「片割れ様は片割れ様さ。」
老婆は水晶を再び厳重に箱に戻していた。
「知ってるだろう?神話の話。女神は壊れて、良心が砕けちまったのさ。」
ソレイルの顔色が、さらに悪くなる。
「……大丈夫か?」
「大丈夫だ。大したことない」
……俺の目には無理をしているようにしか見えなかった。
「それで……片割れ様って……」
「察しが悪いね!砕けた良心の生まれ変わり。それが片割れ様。その顔、その姿……あんたは女神の片割れの生まれ変わりなのさ。」
「女神……は、は……闇の女神だって?」
ソレイルの声が、震えていた。
そっと肩に手を置く。
びくり、と体が揺れた。
振り返ったその目は……子どもみたいに怯えていた。
「お前……怖くないのか?闇の女神。狂ったあの女神の片割れの、生まれ変わり……それが俺なんだとさ」
吐き捨てるように言う。
「俺は納得してる」
ソレイルの目が、わずかに揺れた。
「お前の闇は、優しい闇だ。誰も殺さない。……ずっと、そばで見てきた」
だから。
「間違いない」
ソレイルが、息を呑む。
信じられないものを見るような目で、こちらを見てーー
やがて、力が抜けるように俯いた。
「……俺は、ずっと悩んでたんだ。この力は、何なんだって」
両腕で、自分の体を抱き込む。
まるで、身を守るみたいに。
「そんなに簡単に……受け入れられるものか」
絞り出すような声。
「……こんな話。受け入れられるものか」
一歩詰め寄る。
「当たり前だろ。いきなりそんなこと言われて、はいそうですかって受け入れられるわけないだろ。俺だって、まだよく分かってない」
また一歩だけ距離を詰める。
「でも……」
言葉を探して、少しだけ詰まる。
「それでも、お前が変わったわけじゃない……それだけは、分かる」
その空気を、乾いた笑いが割った。
「はっ……甘いねぇ」
老婆だった。
壁にもたれて、腕を組んでいる。
「綺麗事で済む話じゃないって、さっき言ったばかりだろうに……それで?どうするんだい。」
どうする?とは?俺とソレイルの頭のうえにハテナマークが浮かんだ。
「闇の女神の片割れだと知って、一応それなりには受け入れた。それで?その"正しい"闇の力で、あんたは何をするんだい?」
俺とソレイルは、顔を見合わせた。……少なくとも、俺は考えたことがなかった。ソレイルもそのようだ。
「……わかりません、まず、正しい闇の力というのは、何ができるのか…」
老婆はニヤリと笑った。
「まず、正しき闇の力は三つある。精神の癒やし、深き睡眠、そして……死。」
「「死!?」」
俺たち二人の声が重なった。
「うるさいねぇ両側から叫ぶんじゃないよ。……安らぎの死は闇の高位魔法。ほかの魔法で死ぬよりよっぽど楽に死ねるんじゃないかい?」
「そんな言い方ないだろ!ソレイルはこう見えて繊細で気にしいなんだぞ!!」
「ちょっとまてだれが繊細で気にしいだ!」
やいのやいのと言い合い始めた俺たちに、老婆は「泣いたカラスがもう笑う、だねぇ」なんて呟いていた。
「で?続きはもういいのかい?」
「続き……何の話だ?」
「闇の女神の片割れに何ができるかって話だよ!」
まったくもう。
なんだか緩んでしまった空気のまま、俺たちはまた続きを聞くことにした。
「正しい闇魔法使いは正しき闇が使える。そして……神の生まれ変わりは、"謁見"できるのさ」
「……謁見?」
「ああ。神を呼び出すには3属性使い程の魔力の持主か、大人数での儀式で呼ばないと呼べないことは知っているね?」
俺たちはまた顔を見合わせた。
「知らない」
「確か……本に載ってた……ような。」
「アンタたち妙な所で常識に疎いね!」
老婆はなんだか疲れてきたようだった
「とにかく。まあ、神はそうやって呼ぶんだよ。その魔力も儀式も全部すっ飛ばして神に会える。これが謁見さ」
「……つまり、闇の女神に会って、闇属性を正しく戻してくれ、ということも出来る……?」
「それはお勧めしないね」
ソレイルの呟きに、老婆がピシャリと言った。
「言わば闇の女神は今、良心を亡くして"狂ってる"のさ。闇の女神の本質は優しさ。対峙してもすぐには死なないだろう。だが、話を聞いてもらえるとは思えないねぇ……」
「……今、見つかりました。」
「……ソレイル?」
何かを決心したような声。老婆を見つめる瞳の強さ。俺には分かる。ソレイルは、何かを決めた。
「正しい闇の力で、俺は何をしたいのか……。俺は、女神を正しく戻して、闇魔法使いたちを助けたい。」
「決めたんだな。」
「ああ。」
「曲げないんだな」
「曲げると思うのか?」
「実は割と……」
頭を引っ叩かれた。
「それなら、俺も装備を新調しないといけないな。」
「………ついてくる気か?」
「当たり前だろ?相棒。」
握り拳に親指を立てて、にやりと笑う
「……俺一人では、多分無理だな。しょうがない。ついてこい。」
唇を歪めて笑うソレイルに、俺も笑い返す。……俺は、騎士だ。こいつが理不尽を変えてみせるというのなら、俺が守る。
「方法もわからんのに突撃する気かい?これだから若いもんは……」
老婆は、乱暴に簡易魔法陣をソレイルへ投げた。
「私が研究した、癒しの高位魔法陣さ。深く深く、安らかに眠り、癒す……そんな魔法。暴走するこの魔力では、一度も使えなかったがねぇ。」
老婆は何処か寂しそうにその魔法陣を見つめていた。
「おそらくそんなちゃちな簡易魔法陣じゃ効かない。本気で行くなら、この魔法陣を覚えて、古代のように、儀式をするんだ。」
「それはつまり、大地に巨大な魔法陣を……?」
「ああそうさ。呼び出すのにもそのくらいかかるんだ。眠ってもらうにも、そのくらいかかるだろうね。」
ソレイルは簡易魔法陣をギュッと強く握りしめ、深々と頭を下げた。俺は老婆の両手を握って、ぶんぶんと上下に振る。
「助かるぜ!婆ちゃん!!本当にありがとう!」
「お前は気安すぎるんだ!」
慌ててソレイルに止められて、俺は笑った。
「本当に、成功すれば。この世界が変わるかもしれないね……」
老婆は、何処か遠い目をしながら、穏やかに笑った。




