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女神の眠り編 その1

公爵邸の前に、豪華な馬車が止まる。

明るい金髪に、空色の瞳。……お家騒動の間、遠ざけられていたリュミエールだ。


「ただいま戻りました、父上。」

「ああ。ブランシュ侯爵家はどうだった。」

「幸せでしたよ。婚約者とも、ずいぶん仲を深められました。」

「そうか……」

「……ところで父上?」


急にリュミエールの様子が一変した。空気が張り詰める。


「僕は、必ず兄上を守ってくださいと言いました。……守るどころか、危機に晒した、と、聞いたのですが…?」

「……………」

「父上?」

「………済まない。お前とも約束をしたのに。私の力不足だ。」

「父上の馬鹿!約束をしてくれたからこそ、侯爵家へ行ったのに!」


ふう、とため息をついて、リュミエールは窓を見た。ーー騎士団寮の方だ。


「ガルドさんには、今度沢山お礼をしなくては……。」


その視線は、優しかった。




俺達は、いつもの酒場にいた。この1ヶ月ほど、ソレイルは老婆に渡された簡易魔法陣を覚えることに夢中になっている。


「闇の簡易魔法陣なんて初めてみたからな。この複雑な文様……勝負は1回限りだ。正確に覚えないと。」


声を落として、矯めつ眇めつ簡易魔法陣を観察している。


「謁見、が使えるんだろ?」


俺も同じく声を落とす。騒がしい酒場だ。これで周りにはほとんど聞こえない。


「一回駄目だったらもう一回行けば……」

「闇の女神だぞ。破壊に関する神話は何一つ無いとはいえ、神の一人だ……逃げられないと思ったほうがいい。」


沈黙がその場に落ちる。死ぬかもしれない。それでも構わない。けれど、俺はこいつを神から守りきれるだろうか…?

頼んだソーダ水をぐっと飲み干す。少し気分がスッキリした。


「お前いつもそれ飲んでるな。」

「なんだかスッキリした気持ちになるんだよ」


ソレイルは簡易魔法陣と地面を見比べて、杖でああでもないこうでもないと魔法陣を描く真似をしている。


「……こんな所でそんな事してて大丈夫なのか?」

「闇の簡易魔法陣なんか誰も見たことない、しかもあの老婆のオリジナルだぞ。平気だろ。」


なんだか、だんだん警戒心緩くなってないかな、こいつ……

そんな時、ざわざわと、酒場の空気が揺れた。

ガラの悪そうな男が二人、酔っ払ってこちらへ向かっている

反射的に、立ち上がった。


「ようねぇちゃん、美人だねぇ。そんな杖、必要ないだろう?俺たちと遊ばねぇ?」

「誰が女だ。巫山戯るな。」


ソレイルが低い声を出した。


「なんだぁ!?男かぁ!?」


クロエがはらはらと成り行きを見守っている。不安なのだろう。

慌てて男たちとソレイルの間に入った。


「止めとけ止めとけ、落ち着けって……」

「何だてめぇ!邪魔すんのか!」


どん、と胸を押される。瞬間、わずかにソレイルの杖が赤く光った。炎……!?


「ソレイル!」


慌てて名前を呼んだ。ふわりと杖の光が消える。


「……済まない」


やっぱり、最近のソレイルはどこか危なっかしい。


「なんだ?ビビってんのかよ!?」


男が腕を振り上げる。その時……!


「そこまでだ!」


凛とした声。振り返ると、酒場の入り口に一人の青年が立っていた。

如何にも貴族ぜんとした格好に、空気が一瞬で張り詰める。


「騎士を呼んだ!騒ぎを起こしたものは、さっさとお縄についてもらおう!」

「「リュミエール!」」


俺とソレイルの声が重なる。

リュミエールは俺たちの前まで歩いてきて小さな声で言った


「……とりあえず、宿屋で話しましょう。ここの皆さんに、これ以上迷惑はかけられません。」



宿に移動すると、リュミエールは前のように穏やかな雰囲気に戻った。


「お久しぶりです、兄上、ガルドさん。聞いた話によると、家の騒動では兄上を無傷で守りきってくださったのだとか。改めて、お礼を言います。」


貴族に頭を下げられて、俺はどうしていいか分からない。


「とりあえず頭をあげてくれ!」

「ふふ、そうですね。すみません。」


そして今度はソレイルに向かい合った


「兄上!罠とはいえ危険な場所に飛び込むなんて……何をやっているんですか!しかも家に帰らずに、街に住むなんて!」

「気に入ったんだ……」


ソレイルは言いにくそうに視線をそらした。……こいつ、本当にリュミエールに弱いな…


「それに、理由もある」

「……理由……?」

「すべきことが、見つかったんだ。命をかけてでも、するべき事。」

「命をかけてでも!?」


リュミエールは驚いて、ソファから立ち上がり、テーブルを揺らした。


「そんなの駄目に決まってるでしょう?ガルドさんからも、言ってください!」


空色の目が、動揺している。けど……


「悪い。俺も行く。こいつを守るって決めたから。」

「……………」


リュミエールは、俯いて黙り込んだ。


「守ってほしいって、そういうことじゃないです……」


俯いたまま、光るものが、二、三滴落ちた。

床に落ちる音が、やけに大きく響いた。


「危ないところから遠ざけて、笑っていてほしいんです。だって兄上、家ではずっと苦しそうだった……」


リュミエールは、宿の扉の前に立った。顔を上げたリュミエールは、涙に濡れ、しかし決意を持った瞳で俺たち2人をキッと睨みつけた。


「……行かせません。行きたいなら、僕を押しのけてでも通るといい!」


ーーこいつ、本気だ。

リュミエールの目は本気だった。潤んでいた空色の瞳に、覚悟が乗っている。


「本当お前ら兄弟、似てるよなぁ。なんでそう極端なんだよ。」


一息ついて思い至った。


「俺もそうか。」

「そうだ。」


横からソレイルのツッコミが飛ぶ。……返したいけど、今はそれどころじゃない。

リュミエールの前に立つ。真剣に、瞳を合わせた。


「全部わかってる……危ないのも、無茶なのも。それでも……それでも行くって決めたやつを、止められないだろ。」


ぐっと、迷いを振り切るように押す。それだけで、リュミエールはよろめいた。


「……悪い。」


それだけ言って、押しのけた。リュミエールが鼻をすする音がした。

振り返らずに、進む。

……振り返ったら、止まってしまうから。

何も言わずに、ソレイルも付いてきた。

……行くって決めた、それだけで。どうしてこんなに苦しいんだろう。



初めて出会った公園で、俺たちは無言で座っていた。リュミエールとのやり取り、死ぬかもしれない覚悟……全部持って、俺たちはそれでも"神"に会いに行く。


「後悔……してるか?」


「していないと言えば嘘になる。だがそれでもやるべきことがある。」


ソレイルは淡々としていた。少しホッとする。情の強いこいつのことだから、きっと内心はぐちゃぐちゃだろう。けれど、取り繕える程度には冷静だ。


「……決行日は、いつにする?」

「……済まない、この魔法陣、複雑でな……精密に大地に描くとなると……練習も兼ねて……1ヶ月欲しい。」

「じゃあ、1ヶ月後の夜にいつもの魔法街の宿の前の広場、時計の前な」

「分かった」


俺も装備を新調して、簡易魔石を埋め込んで……だいぶ値段がするな……

そんな俺たちの後ろで、植木の一つが不自然に揺れていたこと、考えることで手一杯だった俺たちは、気が付かなかった……


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