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女神の眠り編 その2

その夜は、深い闇の新月だった。

俺もソレイルも、新しい魔法陣を整えたり、装備を買ったり(素寒貧……)その装備にソレイルお手製の簡易魔法陣を刻まれたりして、いろいろあった。

ピカピカの装備で、真夜中に何してるんだ……なんて変な笑いが出てしまう。ソレイルが不思議そうにこちらを見た。


「本当にいいんだな。……もう、帰れないかもしれないんだぞ。」

「遺書は置いてきたぜ」


軽く笑う。


「帰ったら笑い話にして捨てるけどな。」

「そうか……なら……」


ソレイルの杖がじゃらりと掲げられた。トップに付いている黒い魔石の中に、炎のような光が揺らめく。辺りが輝き出した……その瞬間!物陰から人が飛び込んできた!


「うわっ!?」

「なんだ!?」


しかし転送は滞りなく行われ……俺たちは、見知らぬ洞窟のなかにいた。


「いててて……って、お前!?」


それは、いつもの貴族ぜんとした格好ではなく、まるで戦闘用神官のような服に身をガチガチに包んだリュミエールの姿だった……


「リュミエール!?」


ソレイルの焦りは相当なものだった。


「どうして来た!!!」

「兄上の危機に!僕だけが安全なところにいるのはもう嫌です!」


リュミエールは引かなかった。


「家の騒動の時も!僕だけが遠くへ逃されて!兄上の危機にも関われなかった!」


声が涙ににじむ。


「あの家で、苦しんでいた兄上に気づけなかった……!ずっと……」

「お前は公爵家の跡取りだ!こんな所で死んだら、残った父上はどうすると言うんだ!」

苦しげなソレイルの声に、決意の声が重なる。

「死なせません。」


きっぱりと言いきった。


「ガルドさんだけでなく、僕も兄上を守ります。僕の光は、誓約、浄化、遮断……反発属性の闇には、僕の光がよく効くと思いませんか?」

「お前……どこまで知って……!」

「公園で兄上とガルドさんが話しているのを聞きました。闇の女神……少しでも人が多いほうが良いでしょう?」


リュミエールは、涙の残る顔で笑った。


「いいんじゃないか?そのほうが安定するだろ?」

「ガルド、何を……!」


ソレイルを遮って、言った。


「どっちも必ず……守ってみせる。心配するな。」



ソレイルは渋々と言ったようにリュミエールがついてくることを認めたようだった。


「いちばん後ろにいろ。遮断役が一番最初にいなくなると困る。」


そんな事を言いつつも、声には心配が滲んでいる。微笑ましい。


「それにしても、この洞窟?不思議ですね……」


リュミエールはそっと黒曜石のような黒い壁に触れる。どうやらツルツルしているようだった。


「魔石に近いな……」ソレイルが小さくつぶやいた。「ただ、闇の魔力が浸透している。これを加工するのは無理だな。」

「こんなところでも魔法の話かよ!」

「兄上はこんな時に……呑気すぎます!」


俺たち二人の声が重なった。

狭い洞窟は、その時だけ笑いに包まれていた。



洞窟を抜けた先は、ひらけた草原と湖、そして湖を守るような森の姿があった。

深い夜。暗い森に包まれた湖の上に、ふわりと月のように浮かぶ女性の姿がある。……寂しげで、それでいて、何も見ていないような目。

……ソレイルと、よく似ていた。

黒くて長い髪、神秘的な紫の瞳、白い肌。華奢な印象さえよく似て、男と女なのに、まるで鏡映しだ。

……女性がこちらを振り返る。その目は、どこかおかしい。まるで今が見えていないような……


「私……?どうして?」


闇の女神は、ソレイルに手を伸ばした。


「私は自分なのに、なぜ別れているの……?ちゃんと元に戻らなくっちゃ。兄様も心配していらっしゃるわ……私、来て?」


呼びかけられて、ソレイルの瞳が揺れる。


「おい、大丈夫か!?」

「……私が、悲しんでいる……?違う、俺は………1つに戻らなきゃ……?駄目だ、引き込まれる、クソっ!」


ソレイルは身を翻すようにして後ろへ引いた。


「これが半身の厄介さか!」

「兄上!大丈夫ですか!」


リュミエールに支えられ、正気に戻るソレイル……ある程度、リュミエールの近くにいると、正気は保てるようだった。


「これが、光の遮断か……」


闇の女神はふとリュミエールを見た。正確には、リュミエールの遮断の光を見て。


「………兄様……?」


ポツリと呟いた。その言葉の意味は、俺たちには分からなかった。


「兄様……私は戻ります、そうしたら……心配いらないでしょう?」


闇の女神がふわりと浮き上がる。


「あの人も……あの人も戻って来てくれるかもしれないもの……」


ぴん、と空気が張り詰める。――殺気。来る!


「下がれ!」


ソレイルの魔法で強化した盾に、魔力を流す。


「ぐ……!?重っ!!!」


思わず声が漏れた。重力で叩きつけられただけでこの重さかよ!?骨が軋み、地面に押し込まれる!膝が崩れそうだ!


「普通の神なら今ので潰れてたな……」


まだ耐えられる――まだ、守れる!


「ソレイル!魔法陣はどうだ!?」

「今、書いてる!!!」


会話の合間にも、深い闇が、目の前に――……


「遮断します!」


リュミエールの声が飛び、目の前の闇が弾け飛んで消え去った。


「助かった!」

「援護します!」


リュミエールが叫ぶ。


「僕ら3人……誰が欠けても、勝てない戦いなのですから!」



「私……ねえ、私……戻りましょう……?」


闇の女神が、ソレイルに手を差し伸べる。ソレイルは踏み出そうとし……


「兄上!」


リュミエールの声でとどまった。

どうやら精神的に女神に引っ張られても、リュミエールの声でなんとか戻れるらしい。

がりがりと描く魔法陣は巨大だ。緻密な模様も入り組んで、まだ時間がかかりそうだった。リュミエールに、ソレイルに、風の刃が吹き荒れる。……正直、直接身体で守るしかなかった。


「ガルド!」

「いいから書け!」


血まみれになりながら、重い一撃からリュミエールを庇う。正直、腕にひびが入ってないか不安だった。


「どうして、どうして。ねえ、私」


子どものように呟く女神の言葉にもソレイルは耳を貸さない。当然だ。ソレイルの前にはリュミエールが、その前には俺が立っている。



通さない、通さない――通さない!

一歩も引きはしない。

その一心だけで、守り続ける。強化したはずの盾もひびが入っており、左手にはもう感覚がない。


(あと、どれだけ耐えられる……?)


考えるな。今は目の前の敵に向かえ。隊長の言葉を思い出す。何度も繰り出される闇の色をしたムチのような物を避けながら、だんだん、思考が鈍るのがわかる。

守らないと。

大事なのは、それだけ。

大きな闇魔法は、リュミエールが弾いてくれる。女神とソレイルのつながりも、リュミエールが断ち切る。ならばできることは、立ち続けるしかない。

ぐい、と額の血を拭うと真っ赤だった。視界が揺れる。それでも。

女神がもう一度落ちてくる……!もう感覚がない、呼吸が止まる!腕ではなく肩で、必死に押し返し続けた。その時。


一瞬、音が消えた気がした。


「………できた。」


ソレイルの言葉が、聞こえた。

後ろを振り返ると、大きな魔法陣が、闇色に光っていた……ソレイルはその中心で呪文を唱えている……


「が……っ!」


一瞬油断した俺の脇腹に、思い切り闇のムチが入る。だが。


「俺たちの……勝ちだ!」


ソレイルは目を閉じて、魔法を放った。

巨大な儀式の魔法陣から、うねるように黒い光が溢れ出す。

それは静かで、深く、すべてを包み込むような闇だった。


「私……どうしてなの……」


女神の両目から涙があふれる。黒い光に包まれて、それは神秘的な光景だった。


「眠れる……の?私」


ゆっくりと、一瞬だけ、女神の美しい紫瞳に理性が戻る。


「ようやく……眠れるのね……」


その目に、懐かしい色が一瞬だけ戻った――ような気がしたが、それを確かめる前に、女神はその目を閉じて、眠りを受け入れ、ゆっくりと消えていった。

……神々が居るという神界へ、帰ったのだろうか……。

その場を静寂が包む。変わらず月と湖はそこにある、けれど最早、女神の姿はどこにも無い。


「勝った……んだな……?」


無意識に言葉が溢れる。体中が痛み、もう立っているのもやっとだった。膝が、ガクリと崩れる。


「「ガルド(さん)!!!」」


両側から、流血も気にせず支えられた。温かい。


「ガルド」


ふと、声をかけられた。――ソレイルが、笑っていた。

初めて見た。――まるで子どもみたいに笑う、こいつの笑顔。


「……ありがとう。」


こぼれた言葉。

俺はふっと笑って身体に力を入れなおした。軽く握りこぶしを突きだしてやる。


「気にすんな!」


初めて、こつんと拳に拳が返された。


「本当に良かった……」


横で、リュミエールはただ泣いていた。


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