公爵家のお家騒動編 その3
公爵様の客間に通された。この家、個人で客間とかあるんだ……
部屋の出口に、遠巻きにこちらを伺う兵士たちが守っていた。まあ、俺は家の外の人間だしな。
「それで」公爵様が口を開いた「帰ってきたのは、暗殺者の件か?」
「はい。……俺だけではなく、周りも巻き込もうとしました。……もう、個人の問題ではありません。」
「父上と母上も、困ったものだ……」
公爵様は、どこか悲しげにため息をついた。
「……あとはいつ動くか、そのタイミングを見計らっていた。お前が帰ってきてくれたのは、ちょうど良かった」
どうやら公爵様はもう暗殺者たちの元を止める準備をしていたらしい。
「……お前を守りながら、戦うことができる。」
公爵様の視線は、柔らかかった。
ソレイルは戸惑ったように目を逸らす。……罪悪感があるとはいえ、仲良くしてやれよ。
「その、そういえば、リュミエールは……」
「ああ、言ってなかったな。実は……」
コンコン、と。言葉を遮って、扉が鳴る。さっきの執事が、そこに立っていた。
「申し訳ありません、公爵様、ソレイル様、ガルド様……近衛兵隊長の具合が悪く、編成の見直しが必要かと感じまして……」
「……そうか。」残念そうに息をついて、公爵様は立ち上がる。
「すまないな、準備でこちらも慌ただしい……だれが父の手のものかもしれない。お前たちは、この客間でしばらく休んでいるといい。別室で泊まったって構わないぞ。……準備が整えば、呼ばせてもらう。」
重々しく、しかし僅かに優しく頷いて、公爵様はやって来た近衛騎士に連れられて出ていった……。
部屋に残された俺は複雑だ。あまりにふかふかしたソファに身体が沈み込みそうになりながら、軽くソレイルに問いかける。
「お前の部屋にも客室ってあったのか?」
「……無くちゃ人を呼べないだろう……まあ、呼ばないし、基本的には地下の研究所に引きこもっていたし……」
この家、地下もあるのか。
「引きこもっていた頃は、変な話だが、心が落ち着いていたんだ。家族を見て罪悪感を感じることもない。好きな研究に打ち込める。無理に闇を抑え込むこともない……人前では炎で隠してたしな。自分の食べたいものも自分で決めて好きな味に出来たし。……たまに毒に当たったが。」
楽しそうに話しているけど、それはかなり重い思い出なのでは……?
「でも……あの日は間が悪かったんだ。食料を調達するために外に出たら、祖父母に会ってしまって……ひたすら責められて……どうしても、どうしてももうここにいたくなかったんだ。」
懐かしむように、目を細める。
「貴族街は出るだけなら簡単なんだ……研究成果の杖だけ持って、公園で休んでたら……お前、お嬢さんだなんて。」
クッ、と笑い声が漏れた。一気に赤くなる。
「あ、あれは本当に申し訳ないと思ってるんだ!許してほしい!」
「分かってる分かってる」
唇を歪めたままソレイルは手をひらひらと振った。
その時、再び客間に、コンコンという音が落ちた。
部屋に入ってきたのは先ほどの執事だった
「どうした、フレデリック」
ソレイルに呼ばれて、慌てたように顔を上げた。
「実は、リュミエール様がソレイル様を呼ばれておりまして……」
「リュミエールが……?わかった、すぐに行く。」
「リュミエールに会うのも久しぶりだな。」
「……ガルドさまもリュミエール様とお知り合いなのですか?」
「ああ、こいつを匿ってくれ、って最初に頼まれた仲だぜ!」
「そうなのですね……」
執事は、先に立って歩き始めた。
「こちらです、どうぞ。」
……ついた先は、豪華で大きな扉だった。
「大広間……?フレデリック?ここにリュミエールがいるのか?」
執事は無言で俺たちの背後に回り、思い切り背を押した。
勢いと体重でドアを押し開け、直後ドアは閉められる。
「申し訳ありません……!」
辛そうな声とともに、扉に、壁に、天井に。薄い金色の幕が張る。
「光の結界……まさか!?」
ソレイルの言葉に、慌てて前を見る。
……大勢の近衛兵と、暗殺者。そして見知らぬ老人と老女が立っていた。
見知らぬ2人の老人。だがこの2人がすべての元凶。その事実だけで十分だ。
すらりと剣を引き抜き、周りの近衛兵や暗殺者たちを牽制する。
周囲が、わずかに身構えた。
「止めろ…元公爵と元王女だ。」
苦しげに声が落ちる。……何もかも、一人で抱え込もうとしている目だった。
「だから何だ。お前を苦しめてる事に変わりない」
「無茶だ」
「無茶でもいい。……理不尽は許せない。」
理不尽に潰された父と母。……今ならよく分かる。必死で耐えて、それでもダメだったことが。
……こんどこそ、そんなふうにはさせない。
「言っただろう。怒っていいんだって。」
「…………」
「お前は理不尽の中を生き抜いたんだ。生きることは、何も悪くない」
ソレイルは目を閉じ、息を吐く。再び見開かれたその目には、反抗の炎が宿っていた。
「……別れの挨拶は済んだか?」
老人が、壇上で声を上げた。
「ここまで踏み込んできたのだ……生きては返せない。すまないな……行け!」
声とともに、近衛兵たちが波のように近づいてくる。俺はソレイルを背に庇い、兵士たちの視界から隠した。
「……炎の制御は任せろ。お前は、自分が生き残ることを考えろ」
「そっちもな!俺は避けたり受け流すのが得意なんだ!」
途端に近衛兵の波を焼き払う第一波が放たれた。魔物戦で見た時より威力が弱いのは、おそらく性格故だろう。それでも焼き払われた兵士たちは燃え上がり、慌てて床を転がる。――俺は、炎に突撃してきた兵士に向かって踏み出した!
炎が、爆ぜる。剣士が舞う。……無名の騎士だと言うのに。近づけない。殺せない。なぜ?
――老人は、ただ呆然と二人を見据えた。
「何をしている……たった二人だ。」
「あなた……」
縋り付く細い腕と、声が震えた。妻が怯えている。
「心配するな。」
だが、視線は逸らせない。
伝う炎は部屋を焼き、天井にまで届く……本当に、光の結界を張っていて良かった。
「殺せ!もはや黒髪の方だけでもいい!」
だが、兵たちの振り下ろす剣は、ことごとく弾かれる。……いや、確実に剣士は傷が増えている。なのに流れる血も数の差も気にしない……なぜ?闇の力を知って、なぜあれに味方をする?
――家を守るため。あれだけは必ず殺さねばならぬのに。
爆炎が、兵を焼いていく。剣士はひたすらあれを守っていた。理解ができない。なぜ、なぜ、何故……!?
結界に、ぱきんとヒビが入った。外から、大勢の声が聞こえる。
同時に、老人の顔色が変わる。
「殺せ…!黒髪の方だけは、何としても……!」
縋り付く老女を支えにするかのように抱き合い、後ずさる。まるで怯えているかのようだった。
剣戟は、さらに激しくなる。腕にナイフが刺さる。致命には遠い。乱暴に引き抜いた。後ろから放たれた爆炎をすり抜けて、なるべく敵の射線上からソレイルを隠す。
少しでいい。あと少し、時間さえあれば――
息を詰めて、血まみれのまま、それでもその場に立ち続ける。急所だけは通させない。刃は肉を裂くが、骨も臓も外している。それでも、もう、時間の問題――
しかし、蜘蛛の巣のように広がった結界のヒビは、まるで内側からではなく、外から解かれていくように崩れていった。
やがてそれはカランと音を立てて落ち、キラキラと音もなく消えてゆく――
「済まない!解除に遅れた!」
公爵様とその兵たちが、部屋になだれ込んできた。
意識が途切れなかったのは奇跡だ。あと少し深ければ終わっていた。
俺は、抑えきれない痛みと疲労で、その場に座り込んだ。……視界が揺れている。間に合った……
流石に老人と老女は取り押さえられ、近衛兵たちも次々と剣を置いた。公爵様は、俺の惨状を見たのち、ソレイルが無傷なことを知って、一瞬安心し、その後慌てて公爵家の医者を呼んでいた。
戦いが一段落し、空気が一瞬緩んだ。その瞬間――
「死ね!穢らわしき闇め!!!」
暗殺者の一人が、隠し持っていたナイフをソレイルに投げつけた!ここからでは……届かない!
その瞬間
"シュボッ"
暗殺者のナイフが、刃部分までまとめて炭まで焼け焦げて、崩れ落ちた。
ソレイルはゆっくりと取り押さえられた暗殺者に向かってしゃがみ込みーー
「で?穢らわしい……何だって?」
………俺はソレイルを敵に回すのはやめようと心に誓った。
そして公爵家のお家騒動は終わり、俺は水魔法のスペシャリストに傷を回復され――その後、元々の疲労と回復疲労で、こんこんと3日間眠り続けていたらしい。
「……遅い。」
全ては不機嫌なソレイルに聞かされた話だったが。
「どれだけ寝てるつもりなんだ……全く。」
まず、元凶のあの2人――ソレイルの祖父母は、立場を考えても処刑できず、また、元は仲の良い親子だったことからも、蟄居で済ませることになったらしい。
「表向きは病気だがな。」
ソレイルから聞いた話によると、彼らはソレイルに対してはほとんど何も言わず、ただ、それが最善だった。そう呟いたそうだ。
執事は、どうやら生まれたばかりのかわいい盛りの孫を人質に取られていたらしく、しかし、裏切ったものを公爵家に置いておくわけには行かない、と祖父母の蟄居先で、下働きからまた始めるそうだ。
「……終わってみると、妙な気持ちだ。」
ソレイルは、どこか晴れ晴れとした顔でそう言った。
「あの人達はもういない……。会わない。……会えないんだな。」
俺はそれを静かにスープを啜りながら聞いていた。というかこのスープ美味いな。ぱっと見は消化のいい野菜を使っているのに、滋味あふれるたっぷりの野菜の味がする……
「ちなみにそれは俺が作った」
「えっ……マジで?」
本当に料理人を目指してもいいと思う。世界の損失だ。
「それで……ガルド。相談があるんだが、まだ休暇は大丈夫か?」
「おう!1週間取ってきたから平気!今まで全然休んでなかったしな!」
「それはそれでどうなんだ……?」
軽く頭を押さえるソレイルに、話の続きを促す。
「……せっかく帰ってきたんだ。伝手でも何でも使って、俺の闇魔法のことを調べてみようと思ってな……」
「そういや、闇魔法ってどんな魔法なんだ?俺、田舎の村育ちだからそこまで詳しくは分からないんだ。」
ソレイルは大きなため息をついた。
「ああ、めんどくさい……長い話になる。今日はもうスープでも食べて寝てろ。明日話す。」
背中越しにひらひらと手を振って、ソレイルは静かに扉を閉めた。




