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公爵家のお家騒動編 その2

「本当にどうしようかな……」

「困ったな……家の者が見れば、すぐに俺だとわかるんだが。」


ソレイルは長い黒髪の先を指でくるくると弄んでいる。最近は表情も豊かになって、よかった。事情を聞いた後だと、心底そう思う。


「次は孤児院だったな。」

「ああ……って、雨!?走るぞ!」


急に降り出した雨に、俺たちは慌てて孤児院に向かって走り出した。結果…


「騎士様も先生も、びしょびしょじゃないですか!」


リヴィが慌ててタオルを持って出てくる。孤児院には風の簡易魔法陣なんてものは無い。自然に乾くのを待たなければならなかった。

ソレイルもすっかり濡れそぼったローブを脱ぐ。ちらりと腕に、金色が見えた。


「?それなんだ?」

「これか?腕輪だ。外せなくてな。金でできているから売れるなら真っ先に売り飛ばしたかったんだが」


長い黒髪が重そうに水を吸っている。


「ほんとお前って高そうなもの平気で売るんだな。初対面の時のコートだって、相当良さそうなものだったぞ。」

「家にはいくらでもあった」

「このお貴族様め」


リヴィは目を白黒させている。そういえばこの子はソレイルが貴族だって知らなかった。


「先生、いえ、貴族様……申し訳ありません、私、知らずになんてことを…」


「気にするな。俺は飛び出してきた身なんでな。ただの魔法陣研究者と思ってくれたらいい。」


リヴィは少しホッとしたように息をついた。




そして1ヶ月後。街は平和そのものだった。

ソレイルに送り込まれた暗殺者は、最初にかなりの戦力を投入したにも関わらず、ソレイルが無傷なことから、どうやら様子見をされているようだった。


「もう!俺が!誠心誠意土下座で話をつけるしか無い!」

「俺ももうそれでいい気がしてきたぞ……」


貴族街はがっちり壁で固めてある。ぐるりと回っても穴などない。門は聖騎士たちが守っている。空中は光の結界ですき間がない……

「詰んだ……」


ぐったりと俺たちは酒場のテーブルに突っ伏した。


「もう!何よいい年した男二人組が!」


クロエにどやされて、俺はソーダ水をぐっと飲み干した。

ソレイルはキッチンを借りて軽い昼メシを作ることにしたようだ。前一度食べさせてもらったが、本気で美味かった。あいつ料理人になるべきでは……?

ソレイルが腕をまくって炎を操る。あいつあんなに器用に炎を操れるんだ……前一緒に戦った時もそうだったな、まるで精密操作で炎が動いているようだった。


「本当にソレイルさんって料理が上手いのね!……あっ、綺麗な腕輪……」


クロエは年頃の女の子らしく、装飾品に興味がいくらしい。


「この街のシンボルマークね。」

「シンボル……マーク……?」


ソレイルは何かに気がついたようにふと動きを止めた。


「なあガルド。この腕輪のマークをどう思う?」


料理を片手に戻ってきたソレイルに、いきなり聞かれる。


「何って、この街のシンボルマークだよな?公爵家の……紋章の………」

「そうだ」ソレイルは僅かに口元を歪めた「これを見せれば……」

「もしかして、貴族街に入れる?」

「いや、そこまで簡単には行かない」


なんだ。結局どうすればいいんだ?


「これを門番に見せる。確認のために家のものが来る。確認ができる……つまり、その段階を経て公爵家まで行ける。」

「また回りくどいな……それだけ警備が厳重だって事なんだろうけどさ」


けれど、希望は見えた。

やることは決まった。


「よし、長期休みを申請して、一緒に公爵家だ!置いてくなんて行くなよ、親友!」

「だから親友じゃ無いと何度も……はぁ……」



貴族街への門は、高く荘厳で豪華だった。近づいた瞬間、白い鎧をまとった聖騎士たちが、剣を抜いてこちらを威圧してくる。


「この先に何用だ。名を名乗れ。」


リーダー格らしき聖騎士が対話のために前へ出てくる。それでも、その警戒と鋭さは本物だった。


「俺はソレイル。ソレイル·レオニエール。この腕輪が証明だ。後ろは俺の騎士。」


聖騎士は矯めつ眇めつ腕輪を確認すると、後ろの聖騎士に何かを伝えた。


「しばらく待つように」

とりあえず、警戒は少しだけ下がったようだった。それでも剣は下ろされない。


「あー緊張した。すげえ使い手が多いな。それにしたって、腕輪を見せたのにあの態度……」

「仕方ないさ。完全に証明できたわけじゃない。」


それから待つこと1時間。門が開き、馬車から降りてきた身なりの良い老人が、ソレイルを見て、感激したように目を潤ませた。


「坊ちゃま……!」

「では、この方は本当にソレイル様でいらっしゃるのですね。……失礼をお許しください。」


聖騎士のリーダーは、規律正しく礼をし、俺たちが門をくぐるのを見送った。


「坊ちゃま……こちらのお方は?」

「街にいた間の俺の騎士だ。ガルド、こっちは執事のフレデリックだ。」

「よろしくお願いします、ガルド様」


……様付けなんて、いったいいつぶりのことだろう。一瞬懐かしくなって、すぐに意識をソレイルへ戻した。



馬車に案内されて数十分。俺は馬車の中で緊張していた。

なにせこの馬車、広い、揺れない、フカフカ、いい香り……目の前で執事がお茶を淹れてくれても溢れない安定っぷりだ。おまけに馬車に備え付けの茶器はアンティーク……


「できればお前が先に飲んでくれ」

「ええ、わかっておりますとも。」執事はカップをソレイルのものと入れ替え、一口飲んだ。

「ええ。茶葉にも毒は仕込まれておりません」

「済まないな……お前を疑いたくはないんだが。」


目の前で繰り広げられる貴族のやり取りにも緊張している。着くのに三十分かかるって?この早い馬車で?公爵邸どんだけ広いんだよ!?


「ガルドさまもどうぞ」

「ハイ………」


レベルの違う世界で、なんだか取り残された気分で、俺は茶を啜った。



(心の中で)長い長い馬車の旅を終え、俺たちは公爵邸の玄関に下り立った。

……とにかく広い。いい匂いがする。なんだかソレイルの引きこもり生活とやらも意外と快適だったのでは……と思いかけて、思い出す。家族に毒を盛られる人生が幸せなわけがないだろう!馬鹿か!俺!

この場に立ったソレイルも、ずいぶんと浮いていた。街になじんだ服。長い杖、ジャラジャラ魔法陣……俺もだけど、こいつも大概だ。そう、腹をくくって公爵邸の扉を二人で開けーーようとして、執事に開かれる。中ではメイドさんがずらりと頭を下げていた。そしてーー


「……帰ったか。体は無事か?」

「……はい、父上……。」


リュミエールによく似た、騎士認定の場にもいた、この街の支配者ーー公爵様がいた。


「暗殺者を送られたと聞いた。止められず済まない。」

「父上が謝られることはありません」


………家族、なんだよな?ずいぶんと硬いやり取り、辛そうなソレイル。公爵様の方は心配しているようだけど、ソレイルのほうが少し距離を取っている。


「親父さんなんだろ?もっとドーンとぶつかってもいいと思うぜ?」

「……父上は母上を愛していた。母上は俺が殺したようなものだ……」


小声でひそひそと話していると、公爵様が咳払いをした。ぴんと背が伸びる


「君は……何だ、その……息子と随分、仲がいいんだな……?」


ピンときた。この公爵様、ソレイルがかなり好きだ。その上で距離取られてて寂しいタイプだ!


「俺でよかったら、いくらでも話しますよ!ソレイル…様の街での生活とか!仲の良い子供たちの話とか!魔法街での様子とか!」

「おまっ、父上に、何を……。あと様付けはやめろ!」


しかし、公爵様には効果がかなりあったらしい。


「そうなのか……?是非にでも聞かせてほしい。帰ってきた理由のついでにでも、ぜひ。」


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