公爵家のお家騒動編 その1
笑い声と食器の音。
酒の匂いが、むっと鼻をつく。
「本当にいらない……」
「気にすんなって! 俺も礼を返さないと気になるタイプなんだ」
「借りは返したって言っただろ……」
ぶつぶつと文句を言いながらも、結局ここまで連れてこられたソレイルは、しぶしぶ椅子に腰を下ろす。
逃げる気は、もうないようだった。
俺は満足して、メニューを差し出す。
「俺的にはこれとかオススメで――」
「……ガルド?」
背後から呼びかける声が、ほんの少しだけ上ずっていた。
振り向くと、クロエが立っていた。
笑っている。
──笑ってはいるが、目がうろうろしている。いつもの頬の赤い弾けるような笑顔がない。
「やあ、クロエ。どうしたんだ?」
「えと、その……」
ちら、と視線が横へ滑る。
ソレイルを見て、すぐに逸らした。
トレイを抱く手に、力がこもっている。
その視線は、ソレイルではなく、ちらちらと俺へ向いていた。
「横にいる、美人さん……だあれ?」
その言葉の端に、ほんの少しだけ、拗ねた色が混じっていた。
「ん? ああ、こいつはソレイル。この前の魔物退治で世話になってさ。今日はそのお礼」
「いらないって何度も言っている……」
低い声が、ぼそりと混ざる。
クロエは、その声にぴくりと反応した。
ーーそれから、何かを理解したように、表情が固まる。
「あっ……」
慌てて、しかしどこか安心したように……
「男性……すみません!」
「今、口に出したことで俺の機嫌は一気に悪くなったのだが?」
食べ終えて、酒場を出る。夜の風が、頬に涼しい。今日は1日休日を許されている。ソレイルを送る時間も十分あるだろう。
「はあ〜、食べた食べた。あそこの店、美味かったろ?でも何で冷めてから食べるんだ?」
「……俺が作ったほうが美味い。」
「えっ……マジで!?今度食べさせてくれよ!」
「嫌だ」
くだらない会話をしながら、近道の路地裏を横切ろうとして、ふと気づいた。……人の気配?
気付くと同時に、7〜8人が目の前の行く手を塞ぐ。慌てて振り返るも……同じくらいの数に囲まれている!?こいつら……気配を直前まで感じなかった……
「ソレイル様。お命、頂きます。」
相手の言葉に、前へ出る。この人数差は無茶だ。後ろの包囲網も破れない。守れない。それでもーー前へ出る。
14〜15人が、じわじわと間を詰めてくる。嫌な色のナイフを構える。
ごくりと、喉が鳴った。死ぬかもしれない。死なせてしまうかもしれない……しかし、そんな時、気配が変わった。
音が遠くなる。影が濃くなる。意識が……消えていく?
ふわりと一瞬浮かんだような感覚と、崩れ落ちそうな予感。
「……眠れ。」
ソレイルの声を皮切りに、暗殺者らしき者たちが糸が切れたように一気に崩れ落ちた。
全員倒れ伏した彼らは、奇妙に静かだった。息をしているのは分かるのに、まるで死んでいるかのような……
呆然とする。今のは……一体?何が起こったんだ?分かるのは、今、俺とソレイルが助かった事だけ……そして。
「今の魔法は……何だ?」
ソレイルは唇をかみしめて、……ふっと力を抜いた。
「闇だ。……通報するのか?」
闇魔法……忌み嫌われる魔法だとは知っている。暴走して、周りを巻き込むことも。でもーー
「まさか。助けられておいてそんな事するわけないだろ。」
ソレイルは驚いたように顔を上げた。
「それに……眠ってるだけなんだろ?なら、炎より優しいんじゃないか?」
心底驚いたように見開かれた目。そんな表情は初めてみたな。
……暗殺者?たちを縛り上げて、騎士団に報告し。一度、寮に帰って、一晩外出届を出す。
同期達には「カノジョか〜?」とか、「ほどほどにな!」とか声をかけられる。そんなんじゃないんだけど……
そして魔法街。ソレイルを宿のベッドに座らせて、俺は真正面に立っていた。
「ちゃんと聞かせてもらうからな!あの暗殺者?達は何なのか。ソレイル様とか呼ばれてたけどどういうことなのか。あと……。」
聞かなかった。踏み込まなかった。最後の事情。
「……お前の、正体とかここにいる理由とか、な。」
ソレイルはうつむいて、口を閉ざしていた。何かを言いかけて、止める。その繰り返し。俺は黙って待った。
だって、まるで、孤児院で怒られて、理由を上手く説明できない子供みたいだったから。
「俺の名前は、ソレイル・レオニエール。この公爵領を治めている、公爵家の長男だ。」
「嘘だろ!?マジ!?今からでもソレイル様って呼んだほうがいいか!?」
「止めろ!話の腰を折るな!あとそれは何の罰ゲームなんだ!!!」
ソレイルは、ツッコミでいつもの調子が戻ってきたみたいだった。時々詰まりながらも、少しずつ喋り出す。
「俺は……長い間引きこもってきた。」
「つまり引きこもりか」
「真面目に聞け」
コホン、と1つ咳をし、ソレイルの長い話が始まった。
「俺は、代々光を継ぐ公爵家に、闇属性として生まれた……祖父母は、それが許せなかった。
……特に祖母は、元王女だ。闇属性がいると知られれば、公爵家は失脚する。王族との関係も断たれる。
家の立ち位置も、すべて崩れる。
……王族の血に、闇などあってはならないと。
その結果、祖父母は母を責めた。」
ソレイルの神秘的な紫の瞳は、どこか遠いところを見つめているようだった。
「母は弱って、リュミエールを残して死んだ。父は家庭教師や護衛をつけて守ってくれていたけれど……どうしても、罪悪感がぬぐえなかった。炎の魔法の家庭教師が終わってから、すぐに引きこもったよ……父や、リュミエールや、祖父母を見ていたくなくて。でも……」
そこでソレイルは言葉を切った。言おうか言うまいか、迷うみたいに。
「祖父母が、毒を盛り始めたんだ。」
聞いた瞬間、意識が遠くなりかけた。家族は大切なものだ。置いていかれた今だって……なのに?受け入れられるものじゃない。
「家族同士で……?」
「………」
「毒を盛るって?」
だから初めて会った時、ソレイルはあんなに具合が悪そうだったのか。……少しでも、遅れていたら。
「でも……それは」
「言い訳は聞かない。……許せることじゃない。」
俺の言葉にソレイルが俯く。けれど、これは。理不尽は許せない。……俺の騎士としての感情だ。
ソレイルは、再び閉ざした口をゆっくりと開いた。
「初めて会ったときは……長年積もっていたストレスや毒がたまり続けていたからな。具合が悪くて……怒鳴って悪かった。」
「一体、どのくらい……」
「7年くらいかな。暗い部屋で、研究しながら、自分で飯を作って、でもたまに毒に当たって。」
……意志のはっきりした瞳が、俺を見る。
「けど、ようやく……少しわかった。お前が怒った。これは、理不尽なんだな。」
「当たり前だろう!」
目と目が会う。確かに、今までどこかあきらめていたようなソレイルの瞳にも、火が灯っているようだった。
「母を殺した俺が、怒っていいんだろうか?」
「お前じゃない」
「いつ暴発するか分からない、闇属性なんだぞ」
「お前は使いこなしてた」
「………やっぱりお前は、頑固だ。押し付けがましくて、うざったい。」
「承知の上だ」
「……そういうところが嫌いじゃない」
「えっ」
「……勘違いするな……まだ信用したわけじゃない」
それでも。
「……一度、戻らないといけない。公爵家へ。」
ソレイルは一瞬迷うようなそぶりを見せた。そして……
「……来るか?」
「当たり前だろ!」
間髪入れずに答える。
「親友なんだから!」
「親友じゃない」
……そこは、親友って言ってくれよ……
「で?いつ公爵家に戻るんだ?貴族街とか貴族の証明持ってないと入れないけど……」
「えっ」
「えっ?」
「考えてなかった……」
内心で思いっきりずっこけた。こいつ実はボケなんじゃなかろうか。
「こうなったらしょうがない。俺が誠心誠意話して……」
「止めろ。本当にやめろ。」
俺たちは押し黙ってしまった。公爵家に行きたい。なのに行く手段がない……
「魔法でパパっと!どうにか!」
「貴族街は光の結界で覆われている。入る隙間は……無いな。」
再び押し黙ってしまった。
「か……顔パスとか?」
「長年の引きこもりに何を期待している」
そうして俺達はその晩やいのやいのと思いついた里帰り方法を出し合ったのだった……




