魔物退治編
夜も深く、深く、闇の女神が支配する時間。誰も居ないはずの街の一角に、謎の影があった。
辺りは魔石街灯で明るいが、なぜかそれが、1つ、また1つと消えてゆく。
ガリ……ガリ……
石を削るような、砕くような、不気味な音が響いて、また1つ……また1つ……
翌朝、そこには、無残に壊された街灯の残骸だけが残されていた。
魔石は、跡形もなく消えている。
騎士団は魔石泥棒の噂で持ちきりだった。
炎属性が街灯を溶かして持ち去ったのかも?いや意外と地属性が無理に捻じ曲げて奪ったのかも……
今日もいつものように、訓練を終えると、最近すっかりお馴染みになった、騎士団の前で待っていてくれるソレイルと一緒に巡回に出かける。
本人はリュミエールの頼みだからといっているけれど、なんだか心を許してくれたみたいで嬉しい。
「最近は物騒だな…魔石ばっかり取っていくなんて。」
「しかし妙だ。魔石は一回用途を書き込めば、もう同じ働きしかできない……街灯や、下水の水浄化なんかが主なんだろう?珍しくもないものばかりだ。……何が目的だ?」
ソレイルは横で考え込んでしまった。……俯くと、出会った頃のことを思い出す。こいつ、顔だけは本当に良いな……くそっ……
「今どうでもいいこと考えただろう」「ソンナコトナイヨー」
軽口を叩き合いながら、今日は商業街へ向かう。
不気味な噂とは裏腹に、空は綺麗に晴れ渡っていた。
「えっ!?ここでも被害が!?」
商業街でもランプが壊されて、魔石だけが抜き出されていると言う。
「噂以上に広がってるじゃないか…」
「……外に置かれてる魔石ばかり取られているな。」
ふとソレイルが呟いた。
「下水用の水魔石、街灯の光魔石。ここのランプも外に吊るしてるやつだろう。」
「そうだな……家は確かに侵入しにくいけど……」
「だからって鉄を曲げてまで魔石を取るか?どこかの家に入って、生活魔石を取ったほうがよっぽど早い。」
本当に訳がわからなくなってきた。大変な苦労をして?大した効果もない魔石ばかり奪っている……?
「…………」
ソレイルは黙ってしまった。何かを考えつつ、ときどきありえない。なんて呟く。
「……何か思いついたりしたか?俺はさっぱり……」
「いや……うん……無いだろう……けど……」
ぶつぶつと呟いている。完全に自分の世界に入ってしまっているようだ。
とりあえずソレイルが落ち着くまで、そばで見ていた。何か思いついたものはあるんじゃないかな、ソレイル……
「もしかして……魔物、じゃ、ないか……?」
大分不安げにソレイルが言う。多分本人もまさか、と思っているのかもしれない。魔物だなんて、おとぎ話の中の出来事だ。でも。
「魔物か…!手ごわい敵になりそうだな……誰も戦ったことのある奴なんて居ないんじゃないか?」
「いきなり信じるな。」
「俺より頭のいいソレイルが考えて出した結論なんだろう?だったら信じるさ!物事は常に最悪を想定したほうがいいって上司も言ってた!」
「だからって昔話の存在をいきなり信じるな馬鹿め。」
ソレイルはため息をついた。
「昔……家で、絶滅した魔物の本を読んだことがある。……魔法生物寄りのやつは、魔力が餌……つまり、魔石を食べるんだ。」
「へぇ……なんか面白そうな本だな!魔物の生態なんてよく残ってたもんだ!」
「だからいきなり信じるなって言ってる……俺にも確信はないんだ。」
「知のソレイルと力の俺!組んだら最強じゃないか!?」
「また話を聞いてない……」
ソレイルは首を振って黙ってしまった。
その夜男は上司に怒られ、残業をして、それでもなお仕事が終わらず、日をまたいだ頃にようやく解放された。
(あ〜あ……明日も仕事だ、ついてない)
近道をしようと公園を突っ切る。その時だった。
ガリ……ガリ……
石と石を削り合わせるような。
不思議な音が、聞こえてきた。
(………?)
音に引かれて男はそこへ近づき、見てしまう。
……大型犬のような、石でできた人形のような。どこかデコボコとしたその不自然な命は、公園の街灯魔石に食らいついている!
「う、うわあああ!?」
男は思わず尻もちをつき、逃げようとしたが、石塊の犬はちらりと男を見るのみで、再び魔石をかじり始める。
男はもつれる足で慌ててそのまま、騎士団へ飛び込んだ。
騎士団は朝から大騒ぎだった。魔物が出た?眉唾だろう。何か大型の動物ではないのか……魔物なんておとぎ話の中の存在だ。実際に見たことがある者など、誰もいない。
ともかく最近頭を悩ませていたインフラ破壊の原因かもしれないものを見つけたのだ。騎士見習いから正騎士まで、かなりの人数が割かれて捜索が始まることとなった。
「……と、いうわけで。頼む、力を借りたいんだ!」
「お前返したと思ったら今度は借りを作るのか……」
「ソレイルの知識が絶対役に立つと思って!魔物なんて、誰も戦ったことないんだ!」
「魔物かどうかは分からないって……」
「目撃者の話によると、石でできた大型犬みたいなんだ。これはもう、伝説の魔物!」
こんな事を言ったら不謹慎かもしれない。けれど、村に派遣されてきていた騎士たちから何度も聞いた。昔の英雄の御伽噺。心が動かされないのは無理だろう!?
「………しかたない。貸し1だからな」
深い深いため息をついて、ソレイルは立ち上がった。
街のあちこちには、騎士団が散らばっていた。なにしろ昼間は目撃情報のない魔物。どこに潜んでいるのか……
「あっ、ガルド!どこ行ってたんだよ!」
同期の見習い騎士たちに、声をかけられる。
「善意の協力者に協力を申し出ていた」
「そうか……今は少しでも人出があると有り難い」
正騎士の上司が静かに頷いた。
「お前たち、分隊を組むぞ。善意の協力者を傷つけでもしたら大変だ」
「そこまでしてもらわなくとも…、」
「いえ、街の人々を守るのは我らの仕事!お気になさるな。」
ソレイルは居心地が悪そうに身をすくめた。
「ソレイル、魔物の居所とか、分かるか?」
「……昨日考えてた。おそらくだが……魔石溜まりの廃鉱が街の近くにあったろう。魔法生命系は大変低確率でそこから発生するんだ……昼は、そこに隠れてるんじゃないか?」
「すげぇ、ガルドの連れてきたイケメン、頭良い!」
「俺等その辺の草とかむしってたもんなー」
「お前ら……もっと真面目にやれ!とりあえずは廃鉱だ!いいな!」
いつものチームのわちゃわちゃに、巻き込まれて目を白黒させているソレイル。
……いままで、どこか誰とも距離をとっていたソレイルが、友達を作れたらいいな。そんなふうに、考えた。
いろんな質問をされながら、気まずそうに身をすくめているソレイルは、なぜか廃鉱につくころには分隊の尊敬対象にされていた。
「ソレイルさん頭良いっすね!俺とか店売りの簡易魔法陣しか使えないっすよ!」
「騎士は軽く回復できればとりあえず十分だろう……」
「けど、もっと上手く制御できるようになりたいんすよね……」
なんだか微笑ましい。良いことだ。
………廃鉱は、打って変わってしんとしていた。薄暗く、明かりの魔石も魔力を流せばつくだろうが、割れているものもある……
「いかにも……って感じだな。」
「幽霊とか出そうじゃね?」
決める俺の後ろから同期が茶化してくる……こいつ、雰囲気よく壊すんだよなぁ……
ソレイルがじゃらりと杖を振る。微細な魔力を流したのだろう。入り口から、ポツポツと明かりが奥へ向かってついてゆく。
「行くか。」「ああ。」
短いやり取りを終えて、俺たちは足を進めた。
………奥で、"そいつ"は眠っていた。大型犬ほどの体躯、まるで石のような体……報告通りだ。
ジリジリと近づいて……全員で囲んで攻撃する。卑怯と言われるかもしれないが、周りに被害が出るよりはマシだった。
「やったか!?」そのセリフはやってない。やめろ。そう思ったその時……
魔物の目が、開いた。
引き込まれるような金色だった。
ぶんと体の一振りで、騎士たちの剣をはじき飛ばし、後ろへ引く。……完全に、敵と見なされた。
「確かに心臓の辺りを刺したはずだぞ!」「効いてないのか!?」
騎士たちの混乱をよそに、魔物は駆けた。壁を駆け、ひとりひとり、確実に足や急所を狙っている!?
「くっ……!」
重い一撃を、何とか受け流す。ソレイルの援護の炎が、蛇のようにのたうって魔物の体を絡め取る。
……それでも魔物は止まらない、その炎をまとったまま、同期の騎士たちに突撃しかけて……炎がふっと消える。ソレイルの炎制御だ。だが、同期は勢いのまま吹き飛ばされてしまった。
……仕方がない。皆、実戦経験はほとんどないんだ。人相手なら訓練で何度もしてる。けど、こんなに素早い獣の相手は……
「下がっていろ」
ソレイルが前に出る。空気が歪む。一瞬で、炎が爆ぜる。
炎が走り、地を焼き、空気を歪ませる
その僅かな隙間を見つけて、踏み込んだ。
「おい!」
「分かってる!」
ソレイルの心配もわかる。だがーー
炎が迫る。避ける。掠める。
熱が背を撫でるーーだが、止まらない!
敵の懐へ潜り込んだ瞬間、ソレイルの声が飛んだ
「顎の下がコアだ!貫け!」
視線を上げる。
歪んだ顎の奥、わずかに脈打つ光。
次の瞬間、炎が辺りを取り囲む。
魔物の四肢を絡め取り、動きを封じた。
……踏み込み、刃を突き上げる。
――貫いた。
倒れ伏した犬型の魔物に、分隊の皆は歓声を上げた。なんとか……という辛勝だったが、勝てたのだ。当然だろう。
魔物の死骸は騎士団に持って帰られ、魔法学校で調べられるそうだ。あそこは研究者も多いからな……
ソレイルは、魔物の砕けたコアをじっと見ていた。
「どうしたんだソレイル!喜ぼうぜ!」
「魔物のコア……割れた魔石によく似ている……魔力溜りに発生する魔石との関連性……」
ぶつぶつとつぶやくソレイルを、強引に外へ引っ張り出す。今は皆と少しでも勝利を分かち合いたいじゃないか。
……廃鉱から出て見上げた空は、綺麗なほど晴れ上がっていた。
そして、1週間後。
俺は、今、晴れ舞台の主役だった。
騎士叙任式。
俺の、人生の憧れだった目標だ。
目の前には公爵様がいる。……リュミエールとよく似ている……?まさかな。そんな事を思いながら、俺は感動していた。
静かな聖堂。肩に感じる刃の重み。
ようやく……ここまで来れたんだ。
ただ……惜しむらくは、ソレイルは最後まで善意の協力者として、褒章も報酬も断固拒否していたことだった。
あいつがいなければ、あの魔物は倒せなかった、分隊は全滅していたかもしれない。なのに……
あとで何か必ずお礼をしなくては。そう思いながら、俺はただ、この人生の節目を誇らしく思っていた………




