街編 その3
その日は、孤児院にソレイルが先に来ていた。
どうやら最近はリヴィに水魔法の基本を叩き込んでいるらしく、彼女にも「先生」と呼ばれているらしい。子どもたちからの情報だ。
そんな時、子どもの一人が高い木に登って降りられなくなってしまった。無茶や怪我はするなよって、普段あれほど言っているのに!
子どもを助けるため、俺も木に登る。
……風属性の魔法使いなら、安全にこの子を降ろすことができるかもしれないのに、俺は反発属性の「地」だ。
……人にはどうしてもできないことはある。分かっていても、少し悔しかった。
「こっちだ!大丈夫か!?」
「騎士様の兄ちゃーん!」
子どもをしっかりと抱きとめる、その瞬間!ずるりと足が滑って……落ちる瞬間、子どもを無意識にギュッと抱きしめて庇う。
……?痛みが来ない?目を開けると、はらはらとこちらを見上げているリヴィと、杖に付いた魔法陣の1つを淡く光らせているソレイルがいた。
「……助けて、くれたのか……」
「……借りを返しすぎたな。もうしない。」
ソレイルが杖を下ろすと同時に、俺たちは少し落下した。地面はもう近い……助かった……
「騎士様!アランも!どうしてそんな無茶するんですか!?」
そして俺と子ども達には、リヴィからの雷が落とされた……
「……頃合いだな。」
青年は、静かにそう呟いた。
「納得されたので?」
「あの兄上が助けた。それなら……信じてみるのも、悪くない。」
今日も今日とてソレイルと一緒に、俺は魔法街を巡回していた。……無理矢理ついてきたとも言う。
でも、なんだかんだと最近は態度がそこまで冷たくないので、受け入れられているのだと思う。
ソレイルはどうやら今日は手持ちの魔法陣を改造するらしい。金属のプレートと、ビー玉のような簡易魔石を買って、おそらく杖は今以上にジャラジャラと騒がしくなるのだろう。
「……兄上。」
知らない声だった。慌てて振り返り、相手を見定める。……魔法街が悪いわけじゃないが、この辺は変な奴が多い。
しかしそこで気づく。彼はこの間、孤児院の前で蹲っていた……
しかし、その声はどうやら俺にかけられたものではなかったらしい。
「………リュミエール?なぜ……」
ソレイルが動揺している。知り合いか。兄上と呼んだということは……
「……兄弟?ソレイルの?」
じっと見つめてくる目線は、しばらく感じていたものと同じだった。
「………はい。リュミエールと申します。兄上と貴方に、少しお話が。なので、宿を取らせていただきました。」
有無を言わさない強い意志を感じる言葉だった。
「申し訳ありませんが、どうか一緒にきていただけますか?」
宿の部屋のドアを閉めると、喧騒がピタリと止まった。どうやらよほど防音性の高い部屋を取ったらしい。
(貴族みたいだし、当然か……?)
青年は、ソレイルの弟だとは名乗ったものの、いかにも貴族という雰囲気で、髪の色も目の色も、ソレイルとは対照的だった。
「お呼びだてして、申し訳ありません……お二人に、話があって……」
青年の空色の瞳が、ゆるりと潤んだ。
「兄上……。いなくなってから、探しました。ずっと……父の様子が更におかしくなってから、兄上が急に居なくなってから……探して……」
「……リュミエール……」
「どうして今まで何も言わなかったのですか!?お祖父様のことも、お祖母様のことも!全部、一人で……!」
声を荒げた青年は、荒々しくぐいっと目尻を拭い、ソレイルに詰め寄った。
「……済まない。俺が黙っていれば、それで済むと思った。」
「済むはずがないでしょう!?」
そこでリュミエールと名乗った青年は、くるりとこちらへ向きを変えた。
「貴方を……善人だと信じて、お願いがあります。……どうか、兄をこの街で匿って欲しいのです。」
「リュミエール!何を……!」
「ここしばらく、貴方を見ていました。兄上の一番近くにいたのは、貴方だった!だから!」
「他人を巻き込むなと言っている!」
ソレイルの言葉に、一瞬押されたのか、少し言葉を言い淀む。それでも、リュミエールの言葉は止まらなかった。
「詳しくは言えません……でも、家は兄にとって安全な場所ではないんです……どうか、お願いします……」
「分かった」
即決だった。
ソレイルがまた何か言っている。けれど、決めた。ソレイルには何度も助けられた。善意には善意で返すべきだ。……俺が、善意に生かされてきたように。
「どうか、なるべく兄のことを気にしてあげてください」
リュミエールは、そう言って待たせていた馬車で帰っていった。……自然と、今日はこの宿をソレイルが使うことになった。
「じゃあ、俺はそろそろ門限が近いから帰るけど……何か危険があるんだろ?気をつけろよ?明日は朝番はないから鐘の音がなったら迎えに……」
「……お前は、それでいいのか。」
静かな声だった。
「何も聞かずに、貴族の揉め事に首を突っ込んで……そうして、人は死ぬんだ。……お前はそれでいいのか?」
「いいに決まってる」
ソレイルが目を見開き、何かを言おうとした。が、何も言えず、結局は口を閉ざす。
「そもそも俺は、貴族の揉め事で死ぬはずだった。それを村の爺ちゃんや婆ちゃん達、シスターや、派遣されてきた騎士の人達なんかが守ってくれていたんだ。」
懐かしい思い出が、つい口をつく。あの人たちは今も幸せであるだろうか。
「理不尽は許せない。……だから、引かない。それじゃ駄目か?」
「駄目だな。」
思いっきり心の中でずっこけた。今良いこと言ったと思ったのに……
「残される者の事を考えろ。落第だ。……それじゃあな。」
ソレイルは杖でグイグイと押してきて、本気で部屋から押し出そうとしている……
「悪かった!悪かったって!死なないように気をつける!その上でお前を気にする!それでいいか?」
「………やっぱり落第だ」
無常にも押し出された俺の目の前で、ドアは閉ざされた。
「リュミエール。お前に、頼みがある。」
父の話は唐突だった。
「ブランシュ侯爵家へ行け。」
「なぜです?」
咄嗟に反論する。だが父の視線は逸れない。
「今、この家は安定していない……。お前を巻き込むわけにはいかないのだ。」
呆然とする。僕は数としてすら数えられていないのか……?
「だが、お前にしか任せられない。……家を、繋げ。」
「……兄上は、どうなるんですか?」
「私が守る。……守って、みせる。」
そこまで聞いて、張り詰めた空気が和らいだ。
「兄上の境遇に、最近まで気付かない父上に任せるのは不安だな……」
「………」
「……でも、それは僕も同じですからね。……絶対、絶対兄上を守ってください、父上。」
「ああ。……もう、父上と母上の思い通りにはさせない……。」




