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街編 その1

……その日の天気は、晴れているのか曇っているのか微妙な天気だった。

朝、慌ててラッパの音で起床して、朝食を詰め込む。体力訓練に対人戦、馬術に水泳。いろんな訓練をこなして、午前の巡回組とバトンタッチした。


「酒場にしけ込んだりするんじゃねーぞ?」

「当たり前だろう……見回りはともかく、昼から酒を飲む趣味はないよ。」


雨が降るかもなぁ。空を見上げる。今日は学校、孤児院、教会、酒場……一般の方々の居住地域が、俺の担当だった。

雨が降ったら孤児院の子どもたちと遊べないかもしれない……

少し残念に思いながら、一応レインコートの準備をして、俺は巡回に出かけた。

サラサラと細かい雨が水煙のように降りしきる。……まだ春先だからともかく、じっとりと重く制服が水を吸う。

今日の孤児院は騒がしかった。皆、外に出られないのが不満らしい。


「あっ!騎士様の兄ちゃんだ!」「本当だ!」「今日は外出れないんだよ!」


その中でも少し年上の、目を引く少女が現れた。騒ぐみんなをまとめながら、シスターが絵本を読んでくれると、子どもたちを誘導していた。


「ごめんなさい、騎士様……いつも騒がしくって。」

「全然構わないさ!むしろ、俺が遊んでもらってるくらいだ!」


ガッツポーズで腕の筋肉を見せる。少女ーーリヴィはくすくすと笑った。


「今日はケガしてないみたいで、安心しました!」

「俺は子供扱い!?」


会話が楽しくて、つい長居してしまったけれど、そろそろ次へといかなくては。


「それじゃ、俺は次の見回り先へ行くから!」

「あ……。いえ、気をつけて、騎士様……」


名残惜しそうなリヴィを尻目に、次は商業街へと向かうことにした。

酒場はいつも通り、熱がこもって酒の匂いを感じる。壁に埋め込まれた魔石の光が、柔らかな光を放っていた。


「いらっしゃいませ……って、なんだガルドじゃない!」


営業用から途端に普段の笑顔になって、俺に話しかけてくるのはこの酒場の看板娘のクロエ。

栗色の髪にオレンジの瞳。けっこうな美少女なのに、まだ恋人が居ないのが不思議だった。


「見てよ、このお客さんの少なさ!今日は商売上がったり、よ。」

「雨が降ってるもんな……しかも、結構じっとりと。」

「……と、いうわけで。ガルド、ちょっとご飯食べていかない?」


がっしり腕を掴まれた。


「いや、ちゃんと騎士団で食べるよ。また今度の休みに来る。」

「あーあ……ガルドったら、冷たいんだから。」


そう言いながらも笑って手を離してくれる。本当に良い子だ。


「何か変わったことはないか?怪しいやつはいなかったか、とか。噂でもいい。」

「噂……ウワサねぇ……。そういえば、最近街で謎の美形魔法使いが出るらしいわよ。どこから来たのか分からないんですって。」

「うーん……事件の種、か?」


ふと、この間倒れていた"美人"の事を思い出した。倒れても、握りしめて離さなかった杖は、魔法使いのものでは無かっただろうか………


「ありがとう、情報提供助かったよ。」

「次の休みには絶対に来てね!絶対よ!」


酒場での話も聞き終え、俺は商店街へ向かって歩き出した。




結果から言うと、魔法使いの話は、騎士団でかなり広がっているらしかった。悪い意味でもなく、いい意味でもなく。

ただ、謎の人物というのが引っかかるが。

地味な黒いローブに、フードをかぶっているらしい。紫の瞳が射抜いてくるような鋭さらしい。そして、なにやら杖にジャラジャラと簡易発動用の魔法陣を大量に付けているらしい……


(やっぱりあの人かなぁ)


確か、杖には何かジャラジャラと魔法陣のチャームのようなものが付いていた気がする。 倒れていたときも、あの杖だけは手放さなかった。


(次会ったら謝ったほうがいいよなぁ)


お嬢さん、なんて失礼な言葉をかけてしまった。……とても綺麗な人だったけど、本人は気にしていたのかもしれない。

次にあったときこそ名誉回復だ!と、唐揚げを口に押し込み、俺は密かに心に決めた。




そしてその一件から数日後、俺は、またいつものように巡回をしていた。

喧嘩の仲裁に、子供探し。猫探しに下水掃除。……最後の2つは、上司に怒られそうだ。

そんな時、人混みの中に目を惹かれた顔があった。格好はあの時からだいぶ地味になってはいるが、あの"美人"だ……


「君、大丈夫だったのか?」


彼は振り向き、露骨に嫌そうな顔をした。


「お前が助けてくれたそうだな。礼は言う。じゃあな。」


それだけ言うと、くるりと踵を返す。 そんな彼を反射的に引き止めた。


「あの時、かなり具合悪そうだっただろ?もう平気なのか?持病とか――」

「ああ、五月蝿い。放っておいてくれ。」


苛立ちを隠さず、相手は振り返る。


「大体お前は……」

「お前じゃない!ガルドだ!今はこの街の騎士団で、見習いをしている!」

「今はそんな話はしていない!おかしいだろう!名前も言わずに医者代と宿代を払って帰るって!?何が目的だ!?」

「えっ倒れてたら助けないか?」

「助けない!何考えてるんだお前……?お人好しすぎるだろ!?」

「それより君はなんて名前なんだ?呼びにくくて仕方がない。」

「…………」


"美人"はしばらく迷ったように目を彷徨わせ、まるで屈辱かのように答えた。


「………ソレイルだ。」

「袖振り合うも多生の縁、っていうし、これで俺たち友達だよな!」

「友達じゃない!し!これで借りも返した!いいな!」

今度こそ踵を返して去っていったソレイルに、伸ばしかけた手が結局届かずに終わる。


(……謝るの、忘れてた……)


しかし、病的なまでに白い肌、不健康に細い身体。どうにも体力がなさそうだ。


(だから倒れたのかな……?)


今度は一緒に巡回に誘ってみよう。そんな事を考えながら、今日は工業区の見回りへと向かった。




そして、また数日後。

商業街で俺たちは再びばったりと出会った。

ソレイルがこちらを見て、慌てて裏路地に入ろうとしているところを見つけ、俺は慌てて声をかけた。


「お、落ち着けソレイル!そっちは危ないんだ!」

「くそっ、また見つかった……!」


細い手首を握り込み、慌てて繋ぎ止める。嫌そうに手首を見るソレイル。……ちょっと傷つく。 それよりも、今しかない。そう思って思いっきり頭を下げた。


「済まなかった!初めて会ったとき、お嬢さんなんて言ってしまって……」

「バカ!こんな人通りの多いところで言うな!」

「どうか許してほしい……!」

「分かった、分かったからとりあえず頭を上げろ!手を離せ!!」


そっと手を離し、様子を伺う。……呆れたように、ため息をつかれた。


「はぁ……。謝罪は受け取った。もういい。第一あの日は切羽詰っていたんだ。そんなに怒ることでもなかった。」

「ソレイル……!良かった!これで俺たち、名実ともに友達だな!」

「いや誰もそこまで言ってない。」

「それはそうとして……ちゃんと運動して食べてるのか?びっくりするくらい色が白いから気になった。」

「気づけ。いま気にしなくていい所まで気にしている事に」

「俺この後孤児院まで行くんだ。だからさ、ソレイルも一緒に行こう!歩けば少しは健康的になる!」

「いや一つも理屈が分からない。なぜ俺が?」

「子どもたちもきっと喜ぶ!」

「ちょっと待て……おい……はぁ……」


あ、ちょっと押しすぎたかな。

しかしソレイルは不承不承という雰囲気でついてきた。子どもたちから学べることだってたくさんあるし、何より素直に信頼してくれるのはとても嬉しいからな。


「孤児院か……魔法陣の教育は進んでいるのか……?簡単なものは……」


孤児院に向かう内に、ソレイルもやる気になってきたみたいだ。きっと今日の訪問は楽しくなる……そんな予感で、俺はいっぱいだった。


孤児院は、思っていたより静かだった。

子どもたちの笑い声は奥から聞こえてくるが、ここ、玄関先は少しだけ落ち着いている。


「騎士様ってば、また怪我してるんですか?」


水桶を抱えたリヴィが、呆れたように眉を下げた。


「まだ騎士見習いだけどね……いてて」


先ほどすりむいてしまった腕を押さえる。

そのやり取りを、少し離れた場所で見ていたソレイルが、ふと口を開いた。


「お前……属性は?」

「えっ?」


リヴィが目を瞬かせる。


「えっと……水、だけ、ですけど……」


少し不安そうに答える声。

ソレイルは一歩近づき、床に視線を落とした。

指先で、簡単な線をなぞる。


「なら、この魔法陣が使える。初級だ。初心者でも、軽い癒やしは発現する」


描かれた陣は簡素で、だが無駄がない。


「……火属性の俺には使えないが」


ぼそっと付け足した。気にしているのか?


「えっ……本当ですか!?」


リヴィの顔が、ぱっと明るくなった。


「ありがとうございます……!」

「礼を言われることじゃない」


そっけなく言いながらも、視線は逸らしたままだ。

リヴィは何度も頷きながら、その場でぎこちなく魔法陣をなぞる。

淡い光が、ふわりと滲んだ。


「これで、子どもたちや騎士様の怪我も、少しは癒せます……!」

「俺、子どもたちと一緒?」


愕然として答えると、リヴィがくすっと笑った。

その様子を見て、ソレイルは小さくため息をついた。




「ようやく見つけた、のに……」

木の陰に、いかにも貴族ぜんとした青年が隠れて様子を見ている。

明るい金の髪、空色の瞳ーーどう見ても貴族だ。その背後には、護衛らしき影がいくつも控えている。

「兄上と一緒にいる……あの騎士……。怪しい……怪しくないか……?」

怪訝な顔をしてガルドを見つめる目は、どこか疑いに満ちていた。


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