来たる戦に備えて
――ブブブブブッ――
――ズズ、ズズズズズッ――
「――戻ったぞディザイア」
「――あら、お帰りなさい…どうだった、〝魔術〟の使い心地は?」
川辺の拠点にて、下水道の茶番から帰還した蟲の王へ私は問う…その問いにベルゼは上機嫌に笑みを浮かべながら自身の玉座に腰を下ろす。
「うむ…〝切り札〟は奴等にも通用した…しかし、火力は目を見張るが如何せん消耗が大きい…利用する虫共の数も多い故…あまり常用は出来んな」
――グチュッ、カチャカチャカチャッ――
ベルゼの報告を背中越しに聞きながら…私は手元の作業台に置いた〝ソレ〟に意識を払いながらベルゼに返答する。
「そう…だったら〝準備期間〟の内に調整しておきなさいな…何も一撃必殺に拘る必要は無いし、ある程度削れば他の魔獣が狩れるでしょ?」
私がそう言うとベルゼは鼻を鳴らしながらふんぞり返り…それから、深く息を吐き出して、肩の力を抜く。
「言われずともそうする…それはそれとして…貴様は一体何をしてるのだ?」
「ん?…あぁ、ちょっとした実験…ほら、貴方から〝眷属化〟のノウハウは教えてもらったでしょ?…だから、その眷属化の使い勝手をもう少し良くしたくてね…その実験を〝この子〟にしてもらってるの」
そしてそう紡がれるベルゼの問いに、私はそう答えながら…目の前の、角兎と…その身体に根を張る〝細胞片〟を観察していた。
「……〝仕込み〟はもう済んだのか?」
「えぇ、粗方ね…それよりベルゼ、〝巣〟は幾つ使ったの?」
「〝2つ〟だな…一応言われた分の〝巣〟は残している」
「うん、だったらもう仕込みは要らないかな…残り〝6つ〟…最低でも4つのこってれば戦いの盤面は此方で操れる」
――ゴポッ!――
「キュッ?」
独り言の様に私はそう言いながら、血濡れた作業台から、毛が一つ無い〝角兎〟を抱き上げ…出口へ。
「――む?…何処に行くつもりだ?」
「仕込みは済んだし…後は祭りまで人間達を観察しておくわ♪…ついでに、街に〝種〟を撒いておきたくて…ね♪」
そんな私を呼び止めるベルゼへ、私はそう返すと…この身体を少し弄り…姿を変える。
「それじゃあ行ってきます!――〝ベルゼお兄ちゃん!〟…ナンテネ♪」
立ち去る間際、ベルゼの目に映っていたのは…地面に届く程長い髪を結わえた…其処いらに居る小学生と同程度の背格好をした…私の姿だった。
○●○●○●
――ブブッ、ブブブブブッ!――
「うっ…気ッ色悪いなオイ」
「〝雪崩火〟…さっさと焼き殺しちまった方が良いな」
下水道のある空間、不自然に作られた空間に炎が巡る…その入り口に立つのは二人の魔術師…一人が炎の魔術で部屋の中を焼き焦がし、もう片方はその部屋の中から響き渡る大量の蟲の羽音に顔を顰めていた。
――シュウゥゥゥッ!――
「……どうだ、相棒」
「ん……おう、魔力も生命の気配もねぇ…完全に〝処理〟出来たぜ」
「うし、だったらずらかるか…こんな気色悪い場所に長居してらんねぇ」
それからものの数分して、室内は炭と灰の山を築き上げ、焼け跡には生命の欠片も存在していない…ソレを確認し終えると、二人は下水道からそそくさと出てゆく。
「――やぁ、ご苦労さまベック君、ポイス君」
「「ッ!――〝ドクター〟!」」
そして、彼等が下水道から出てきた時…彼等を出迎える様に白い梟と、黒髪褐色の男が其処に佇み視線と言葉を彼等に贈る。
「いや、〝発見済み〟の…〝蟲の巣〟を破壊してくれて助かるよ…暫くの間休んで欲しい…次の巣でも、よろしく頼むよ…さ、調査交代だ、私とヴォルフ君が代わろう…コレはちょっとしたお小遣い」
――チャリッ――
そして、彼等へ労いと共に決して安くないお小遣い、金貨5枚を彼等へ送ると…そのまま下水道の中へと潜っていく…そして。
「さて……ヴォルフ君、君はどう思う?」
暫く進んだ先で…ドクターがその口を開いた。
●○●○●○
「……」
その問いの意味に、黒き狼は沈黙する…その沈黙は疑問故と言う訳ではなく…白き賢鳥の言わんとする事を理解した上で、その上で〝葛藤〟しているが為の沈黙だった。
「――〝レイナ・ハーレー〟…あの少女は、我々の味方…なのだろうか?」
「……敵、裏切り者かも知れない…か」
「少なくとも、彼女は〝協力的〟だ…我々の不利になる行動は一つもしていない…だが」
「レイナ・ハーレーの〝使い魔〟…契約を結んだ獣の所在は、未だ判明していない」
「そうだ」
薄暗い下水道の空気に引っ張られてか、二人の間にも何処か陰鬱な暗い空気が巡ってゆく。
「この期に及んで、彼女の使い魔は姿を現していない…敵の正体も、何処に居を構えていたかも割れたにも関わらず…彼女の使い魔が目撃されたと言う事実は無い」
「…ベルゼに殺された可能性は?」
「〝使い魔契約〟に際して刻まれる刻印は、両者の生存状況を共有出来る…死んだのなら動揺一つ見せないのは異様だし、生きているなら、既に追跡の役目を果たしたと言うのに彼女の元に戻らないのは妙だろう…確定とは言えないまでも、〝レイナ・ハーレー〟が〝敵〟である可能性は消えない」
「……」
二人は沈黙の中を、進む…その歩みは普段と変わらないにも関わらず、彼ら自身が感じる足取りは、酷く重く感じていた…しかし、そんな沈黙も長くは続かず…二人は同じ結論を出す。
「――〝疑わしきは罰せず〟…だね」
「…見張りを増やし、要観察するしか手は無いだろう…必要最低限以上の情報も与えない方が良いか」
それは…〝要監視対象〟として、レイナ・ハーレーを手元に置くと言う結論…その結論に達すると、ドクターは自身の周囲に張っていた〝防音障壁〟を解除し…ヴォルフへ言う。
「――私から、レリック君には伝えておこう…君は〝イベント〟に備えながら、可能な範囲でレイナ・ハーレーを監視していてくれ」
「…分かった」
1人と1匹はそう言うと、気を取り直して下水道内の〝不審点〟探しに集中し…街の地下に広がる暗闇の深みに潜っていく……その、一方で――。
――ザッ…ザッ…ザッ…――
件の〝要監視対象者〟は…人混みの中に居た。




