虫の羽音を追い掛けて
本日の投稿。
「ッつ…!?」
驚き、困惑…何よりも焦燥が、少女の心を掻き乱す。
駆け巡るのは、〝例の虫〟の記憶…人を襲い、脳に卵を植え付ける悍ましい生態…仮に、〝コレ〟がその種の系譜だと言うのなら…己の末路はきっと、悍ましいに尽きる結末を辿るだろう。
――ブブッ、ブブブブブッ!――
忌々しい羽音が迫る、〝黒い手〟の形をしたソレが、己に触れる…その数秒先の未来に、少女は恐怖に目を閉じた…。
――ヒュウッ――
「――おっと危ないッ」
しかし、その瞬間…突如自身の頭上から発せられたその声に、少女は目を開き…その刹那…少女に迫った黒い手は、空から振って降りてきた女によって地面へ叩き落とされた。
「フーッギリギリセーフッ!」
そして、路地裏の攻防に現れた第三者、少女の救世主はそう、緊張感の無い声を上げながら…少女を赤い瞳で貫いた。
●○●○●○
――ピコンッ、ピコンッ――
「――アッハッハッ♪…1回やってみたかったのよねぇ〝スーパーヒーロー着地〟♪…うん、スッゴイ痛い!」
激しい明滅で自己主張する〝瀕死の身体〟を無視して、私はレイナを見る。
「うん、うんうんうん…〝寄生〟はされていないわね…良かった良かった♪」
「ありがとうございます、マオさん」
「どういたしまして――それで?…状況を説明して頂戴なレイナ――」
私がそうレイナに発言を求めたその時…不意に、私の持つ黒い〝右手〟が動き出し…妖しい魔力を噴き出す。
「フンッ!」
――ゴシャアッ!――
ソレが形になるより早く、掴んでいた右手を握り潰すと…その右手はいとも容易く崩れ去り、ボロボロと土塊のように転がる肉片が、その〝黒い手〟が人間の猿真似で有ることを証明する。
「――〝虫〟ね…大量の虫で人型を作って動かしていたって感じかしら?」
崩れ行く虫の腕を放り捨て…私は遠くに見える黒煙の奥に目を向ける。
『……』
其処には、全身を艶の失せた黒で覆う〝何者か〟が立ち尽くし…それはピクリとも動く事無くその場所に立ち尽くす。
「――ウェルダン?…いや、黒焦げか…中まで日が通ってそうだけど…まぁ十中八九――」
まるで、武蔵坊を思わせる程に動かないソレへ私がそう言うと…それから数秒と経たない内に、不動の焼け残りは…その〝外皮〟をボロボロと崩れさせる。
――カチッ――
「ッ…!」
「うわぁお…コレは中々〝気色悪い〟事この上ないわね」
――カチッ、カチッ――
炭が崩れ落ちると同時に、〝ソレ〟の腹からはそんな顎を噛み鳴らす音が響き渡り…奴の外套が覆い隠していた〝醜悪〟が人の目に晒される。
――カチカチッ…カチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチッ!――
それは…例えるなら〝狂人の妄執〟だろうか…精巧な虫達が、その〝人型〟に何千と押し込められ、其れ等は目に付く〝肉〟に、その牙を突き立てんとカチカチと鳴らす…見る者全てを不快にさせる悍ましい蠢動と、耳を塞ぎたくなる様な、心身を蝕む羽音の狂騒は…妄執的な狂人が創り上げた現代アートの様に、醜悪と技巧を遺憾無く発揮していた。
「ッ〝爆炎――」
「〝防御しなさい〟――レイナ」
その悍ましさに、レイナが脊髄反射の様に殺意の攻撃を紡ごうとする…そんなレイナに、私は彼女の言葉を遮って…〝膨張〟するソレへと一歩を踏み出した…。
――ドボォッ!――
瞬間、ダムが決壊したかのように抑圧されていた肉体から莫大な虫達が飛び立ち…私達目掛けて迫る。
「――クフッ♪」
迫り来る〝貪食の群れ〟に…私は防御も何も無く〝突っ切る〟と――。
――ボフッ――
そのまま…〝虫の激流〟に呑まれ…姿を消した…。
「〝変形〟――〝■〟♪」
○●○●○●
――ドドドドドッ!――
同刻…街中を幾人もの冒険者が駆け…〝一つの方角〟へと進んでゆく。
「――〝アーク〟!」
冒険者の一人が、己の契約する〝聖獣〟へ呼び掛ける…それに、空を進む〝白鴉〟は、その意図を察した様に己の相方へ告げる。
『――あぁ、瘴気だ…間違い無い』
「――既に包囲陣を展開している…後数分だ」
その言葉に聖獣アークは冒険者の頭上に高度を落とし…彼へ〝魔力〟を施す。
『だったら僕等は包囲陣の中で〝標的〟を直接叩きに行こう』
「――そう来なくちゃなぁ!」
一匹と一人はそう結論を出すと、そのまま更に速度を上げて路地裏へ飛び込む。
右へ左へ曲がりくねる路地裏を進み、みるみる内に〝反応〟との距離を詰めていく…そして。
『――〝標的が動き出した〟…〝来るぞ〟!』
アークがそう、相方へ警告を出した…その言葉とほぼ同時に、冒険者ニックが路地裏を曲がる…その刹那。
――ブワッ!――
正面に現れた分岐路から、大量の〝黒い虫〟が彼等を出迎えた…。
「ッ――〝アーク〟!」
『あぁッ、任せろ!』
その瞬間、二人は阿吽の呼吸で連携を取り…そして、〝白い魔力〟と〝黒い瘴気〟が…路地裏で衝突した…。
●○●○●○
―バチッ、バチッバチッ!――
魔力の障壁に阻まれて、虫達が潰れてゆく…。
――ギギギギギッ――
展開した防壁は、何度も何度も迫り来る黒い虫達の群れと衝突し…その障壁は徐々に押し返され、障壁の内部は徐々に小さく狭くなる。
このままでは、魔力が保たないと…私は焦りを感じながら、しかしそれ以上は何も出来ず…ただ耐え凌いでいると…その時。
――ブワッ!――
不意に、軋みを上げていた障壁が軽くなる…黒一色だった障壁の外側には明るくなり…外は完全に無音に変わる…。
――パリンッ――
「……」
警戒心を高めながら、障壁を解く…足元には、運悪く障壁と仲間に挟まれ潰されたのか、何十匹の虫の死骸が転がり…念の為と、幾らかのサンプルを除いて全てを焼き消してゆく…そうして、一先ずの窮地を脱却し、一息を付いていると…。
「ッ…アレは」
不意に、私はマオさんの姿が見えない事と…私の正面方向に突き立てられた槍を見る。
「マオさんの槍…?」
その槍の存在に、私の中で疑問が走る…何故なら、先程まで私の見ていたマオさんの手には槍等なく…槍を振るう音さえもしていなかったのだから…。
「〝態と槍を出した〟……でも、何で――」
だとするならばと、私がその可能性を考え…槍を観察していると…ふと…私は槍の突き立てられた地面に…虫達の死骸に覆われた〝手紙〟を確認する。
――パサッ――
ソレを拾い上げ…その手紙の内容を確認すると私へ宛てた手紙が記されていた…その中には簡素なメッセージ。
――――――
レイナへ
虫達を追う、暫くの間別行動で。
冒険者達と協力して。
――――――
そのメッセージを見終えると同時に、私は手紙を燃やす…そして、その槍を収納袋に入れた…それからやや遅れて…私の元に、幾人かの気配が集まる。
「――〝動くな〟…〝魔導書を捨てて膝を付け〟」
そして、私がその気配に目を向けた瞬間…直ぐ目の前に近づいていたその人が…私の首に刃を添え…そう、命令する…その言葉に。
「――分かりました」
私は抵抗の素振りもなく…触媒を手放して、膝を地面に付けて手を上げ…無抵抗を示すのだった。




