歪み正すは執行者
――ドドドドドッ!――
「多い多いッ、加減しなさいよお馬鹿ッ!」
地上から空へ向けて、何十もの黒い魔弾が絶え間なく放たれる。
――バサバサッ――
高密度の魔力を内包した魔弾の弾幕は、その一つ一つが私のHPを大きく削るだろう威力を有し…ソレを無造作に扱う眼下の〝怪物〟へ、私は呪詛と共に羨望を抱く。
「全く羨ましいわね…私もそれだけ魔力が有れば、色んな魔術を試せるのに…!」
そんな声をその怪物は知る由もなく、只管に私を撃ち落とす事に執着し…手を変え品を変え、私に追い縋る。
「〝弾幕〟、〝速射〟、〝追尾〟…どんどん厄介な手数が増えて来たわね」
(流石にこう十分近くこんな高密度の弾幕を避け続けるのは集中が保たない…!)
かれこれ十数分続くこの逃走劇も、流石に疲労の色が濃くなり、脳を酷似した私では捌ききれず…遂に、最悪の結末がやって来る。
「――〝ブルンッ〟」
再度、魔弾の弾幕が訪れる…弾幕に込められた魔力を確認、不自然な軌道の魔術を警戒…其れ等全てを観測、分析し…〝通常パターン〟の弾幕だと、私の脳がそう判断する…その時。
――キュゥゥゥンッ!!!――
放たれていた魔弾が、ある一定のライン…つまり、私を中心にした範囲に入った瞬間…弾幕が突然低速に変化し…同時に、〝見覚えのある魔力の飽和反応〟に、私は次の一瞬に起きる〝未来〟を幻視した。
「――マジ?」
避ける猶予は無く、ただ辛うじて行う事を許されたのは…そんな、たった2文字の言葉を紡ぐ事だけだった…そして。
――ビキッッ!――
その瞬間、黒い花火が空を覆い焼いた。
○●○●○●
――ヒュウゥゥンッ――
一瞬にして、空は黒い魔力の爆発で彩られ…不完全な夜模様を生み出す。
――ドシャッ――
そんな空から零れ落ちた〝黒の一欠片〟は…焼き焦げた翼を辛うじて動かし…紛い物の器を大地へに降ろす。
――ゴプッ…ゴボッ――
「ハァーッ!…ハァーッ!…」
「……」
その〝模倣〟な欺瞞だ…獣から人へ姿を変える〝虫〟を見ながら…己は嘲りの中に感じる、僅かな感心をソレへ向ける…外側を取り繕っただけの伽藍洞、最早立ち上がる事すら出来ないその体たらくで…その目は未だ、〝生〟を諦めていない。
「――〝ヒヒンッ〟」
腹立たしい程に愚かで、呆れ返るほど醜いと…己はそう吐き捨てながら一歩、また一歩と歩を進める。
――カランッ!――
「ッ!?」
「……」
ジリジリと近付くと…不意に〝虫〟の身体から、〝ソレ〟が零れ落ちる…いや、ソレは自らの意思で〝己の前に姿を現した〟のだろう。
〝喰らえ〟
ソレが己の耳元で囁く、言われずともその腹積もりだ。
〝殺せ〟
ソレが己に纏わり付きながら告げる…命じられずとも、そうする。
――ズシンッ…ズシンッ…――
一歩、また一歩と近付く…〝虫〟は己を見上げながら…自らの死を待つ…彼我の距離は最早言うまでもなく…己は、その肉を踏み潰す為に蹄を持ち上げる…そして。
――ズンッ――
そのまま、振り下ろした――。
●○●○●○
――ズンッ――
迫り来る怪物の蹄が、私の視界を覆い尽くす…。
――――――
【マオ・ディザイア】〈部位欠損:脚〉
【原始の魔(人型:不完全)】
――――――
――――――
【状態異常】
・部位欠損:脚
移動不可、移動系能力の使用不可、脚部被ダメージ超増加。
――――――
(足の再構築は間に合わないか――)
「だったら…!」
残る魔力を片手に集める…魔術を行使する訳じゃない…ただ、残るリソースの全てを割いて…〝嫌がらせ〟に走るだけだ。
「――ァァッ!」
――ズドォォンッ!――
繰り出した掌底は、魔力を暴発させて私の片腕を木っ端微塵に吹き飛ばし、衝撃の余波で私を軽く吹き飛ばす。
――ズドォォンッ!――
その抵抗は幸か不幸か、私を蹄の一撃から救い…私とソレの戦局を引き延ばす。
「――ハァァッ…とは言っても、ね…」
右腕を失い、魔力が完全に底を突いた…足の再構築も出来ないと…凡そ火力に変化出来るリソースも、逃走に使えるリソースも無いこの状況は、正真正銘の〝詰み〟だった。
「――今度こそ、〝降参〟ね…完敗だわ」
私は、苛立ちを込めて此方へ向かうソレを睨み付けながら…そう言い、残る手を空に向ける。
「――でも、次は絶対殺すわよ」
そして、最後にそう負け犬の遠吠えを吐き捨てながら…ソレの魔力の高まりに…死を受け入れた……。
そうして、私は今度こそ…〝完敗〟の白旗を掲げ…殺される…〝筈だった〟
――〝カチカチカチカチッ!〟――
「「ッ!?」」
不意に私達の間で、コンパスが狂ったように動き出す…ガタガタと1人でに動き出すその様はあまりに異様で、私達の視線が一点に集まる。
――ガタガタガタガタッ!――
その視線を受けて尚もガタガタと動き出すソレに、私達が困惑を覚えた…その刹那。
――〝パキリッ〟――
ふと…そんな音が私達の視界外に響いた…その音はこの草原の中にありながら異様な程大きく鳴り響き…緊張に研ぎ澄まされた私達の反射神経がその音の鳴る方へと視線を向けた…その場所に。
「……あ」
〝その存在〟は居た。
――〝パキッ、パキパキッ〟――
ソレが何時から其処に居たのか、どうやって此処に来たのかは私にも分からない…ただ、その白い靄を纏った半透明の〝巨鹿〟の…空洞の視線が私達へ向けられた時…私達は理解する。
〝アレ〟は……〝明らかに触れてはならない禁忌〟だと…。
――パキッ、パキッ…――
草原の草を、枝葉を踏みながら…此方へ近付く〝ソレ〟に…私達は圧倒され、目を釘付けにする。
「アレは…何…?」
ゆっくり、ゆっくりと迫る幽鬼の如く白い鹿の姿に私は、つい何時もの癖で〝看破〟を行使する…すると。
――パチンッ――
《〝看破〟のレベルが上がり――
そんなアナウンスが響き渡ったかと思った、その瞬間…私の視界と耳いっぱいに文字と、言葉が紡ぎ、告げられた。
『愚カ者』『穢レタ獣』『我ガ本質ヲ覗キ視ルカ』『不遜』『強欲』『無礼』『浅慮』『ソノ視座デハ我ヲ見通スコト叶ワヌ』『蛮勇ニ慈悲ヲ』『死スル汝』『罰滅セシ貴様』『頭ヲ垂レ、贖罪ヲ願ウガ良イ』
――パキッ――
『我ハ怒リ也』『憤怒也』『誅罰セシ代弁者也』『穢レノ獣』『彼方ノ獣』『此ノ世ニ根ヲ張ル、悍マシキ邪神ノ同胞ヨ』『恐レヨ――』
『『『『〝我――〝豊穣ノ代行者〟ノ顕現ヲ〟』』』』
――ブチッ!――
視界いっぱいにそんな文字の束が、耳いっぱいに紡がれる老若男女の言葉の多重奏が、最後にその名を告げた瞬間…私の視界が突然暗くなる…それが〝目を潰された〟のだと理解する、その時…一つのアナウンスが、私へと届く…その内容は。
《レイド発生:レイドボス・豊穣の代行者の戦闘エリア内に侵入しました!…戦闘開始します!――戦闘参加人数――》
――〝1人/100人〟――
「――アハハッ…どうなってんのよ」
あまりにも〝絶望〟が過ぎた。




