闘争と逃走
――ドドドドドッ!――
「ッ――〝ブルゥ〟!」
「――フフハッ♪」
大地から飛び出す何十もの棘を躱し、迫る私へ差し向けられた黒い魔力のブレスを跳んで避ける。
「ッ!」
「――やっと〝対面〟ね!」
かれこれ十数度の試みの末に、私は漸く…遠巻きに私に攻撃を加えていた〝化物〟を私の間合いに捉える。
――ジャキンッ――
「――フンッ!」
硬質化した触手を数本束ね、更に魔力を付加し火力を増強する。
(皮膚は堅牢で物理も魔術もダメージを大幅にカットする)
タフな相手は今までにも何匹か居た…剣と鎧を纏ったゴブリンや、頑健な頭骨を持った野猪にも、攻撃が弾かれた事は有る。
「――〝狙いやすい部位〟は装甲で護られ、ダメージが通り難い…でも、手合への対抗手段が無い訳じゃない」
〝弱点への攻撃〟…目や頭、負傷部位への攻撃は、通常よりもダメージ量は多い。
「――狙うのは、その荒々しい血走った目玉!」
そこを狙えば、例え格上相手でもそれなりのダメージは期待できるのだ…尤も、肝心の弱点への攻撃は極めて高い難易度のテクニックであるのだが。
――ヒュンッ!――
放たれた触手の斬撃が、化物馬の眼を狙う――。
「と見せ掛けて〝後ろ脚の傷〟♪」
――ドスッ!――
直前まで化物馬の眼へと肉薄していた触手の槍が、刹那軌道を変えて馬の背後…初手に私が傷付けた太腿の傷を突く。
「――ブグルゥッ…!?」
その一撃に、化物馬は呻く…しかし、その反面大して減少しないHPに、私は深く溜息を吐く。
「当てても深く刺さらない…ダメージも大して入らないか…はぁ、ホント嫌な敵ね」
(此方の高火力は粗方試したけど、全部失敗かぁ)
――ジュオッ!――
――ブチッ!――
伸ばした触手を通じて逆流する様に迫る〝毒〟を、自切して対処し…更に私目掛けて迫る黒い穢れの棘を背後に跳んで躱す。
――タッ!――
「――あ〜もう止め止め、このポンコツコンパスめ、とんだ化物を呼んでくれちゃってぇ…!」
メキメキと、私はその手に握り締めたコンパスに更に力を込めながらそう悪態を吐きながら、此方を見詰める化物馬を一瞥し…そして〝駆け出す〟…。
「そう言う訳だから〝サヨナラ〟――勝てないって分かってるなら逃げるわね♪」
〝敵のいる方角〟と…反対の方角へ。
――ガサッ!――
「とんだ無駄な時間だったわねホントに…」
草木を掻き分けて、そのまま戦線を離脱する…背後に感じる〝気配〟見る間に遠ざかり…それから何事も無く小さな森を抜ける…。
――カチカチカチッ!――
「うるさいこの馬鹿ッ、アンタの所為で酷い目に有ったんだから…その落とし前、ちゃんとつけてもらうわよ?」
道中、私の背後をカタカタと針を揺らして指し示すコンパスにそう脅しを掛けながら…私は久方ぶりの敗走を決めた。
○●○●○●
――ガサッ!――
〝虫〟が逃げた…脇目も振らず、一目散に。
「――」
その逃走は、正しい行いだった…何せ、〝虫〟の攻撃が幾ら己に向けられようと、大した深手ではないのだから…〝虫〟が逃げるのも成る程、道理であろう。
――カッ――
とはいえ、〝アレ〟に逃げられるのは困る…あの〝虫〟が持っていた、あの〝黒い箱〟のアレ…此処まで観察して、漸く少しは掴めてきた。
「――〝ブルゥ〟…!」
〝アレ〟は、〝己等〟にとっては正しく〝力の源泉〟と言える代物だ…あの〝虫〟めは気付いているのか分からないが…確かに、〝アレ〟は己へ強い〝意志〟を投げ掛けていた。
〝己を喰らえ〟…と。
――ゴッ!――
だとするなら、ソレを受け入れない道理は無い…アレを喰らえば、己の肉体は更なる高みへ至るだろう……ソレは〝あの虫〟に持たせるには惜しい代物だ。
――バキッ!――
「――ヒヒィィンッ!」
〝何としても〟…〝我が手に収める〟…。
――パカラッパカラッパカラッパカラッ――
黒馬は掛ける…自身の目に映る…〝軌跡〟を愚直に辿りながら…その爆進は開けていた彼我の距離を凄まじい勢いで潰して行き…闘争は一変して、〝追走劇〟へと転ずるのだった。
●○●○●○
――ゴゴゴゴゴゴゴッ――
「ん?…地震?」
その〝揺れ〟に気付いたのは…森を抜け、草原を馬の姿で駆け抜けていた時だった。
――パカラッパカラッパカラッパカラッ――
微かな大地の振動が私に伝う…その振動に疑問を抱く私へ…不意に、〝耳〟がその違和感を捉える。
――パカラッパカラッ…パカラッパカラッ(パカラッ)――
地面を蹴る蹄の音…ソレへ微かに〝ズレ〟が発生している…その事実に、私はふと嫌な予感が過ぎり、後ろへ振り向くと――。
「――oh…嘘でしょ?」
私の視線の遙か先…私が抜け出したあの小さい森の中から這い出す〝黒いソレ〟に…私は冷や汗と共にそんな言葉が漏れ出る。
――パカラッパカラッパカラッパカラッ――
見覚えのある〝巨躯の馬〟…いや、誤魔化すのは止めにしよう、あの化物馬が地面を蹴って疾走していた…その狙いは当然〝私〟だろう。
「――完全に撒いたと思ったのにッ、何でバレたのかしら!?」
――バゴンッ――
ソレを認識した私は、全速力で地面を蹴り抜ける…先程以上の全速力に周囲の景色が勢いよく流れていく…しかし。
「――チッ、駄目ね…!」
(完全に〝捉えられた〟…相手の速度に完全に競り負けてる…!)
そんな全速力こ私を嘲笑う様に、黒馬はグングンと距離を詰め、私との間合いを狭めて行く。
「攻撃は通らないのに相手の攻撃は受けきれない、足の速さも押し負けるだなんて、ホントふざけた〝標的〟ね…!」
(このままじゃ轢き殺されるわね…地上戦が駄目だって言うんなら――)
――ゴポッ!――
地上での競争は不利と見切りをつけ、肉体を変化させ空に逃げる。
――バサッ!――
「――流石に空へは追ってこれないわよね?」
空から地上の化物馬を見つめながら私はそう言う。
「……」
そんな私を地上から睨み付ける化物馬は、懸念する様な出鱈目な軌道も跳躍もなく…地面からずっと私を睨み付ける。
「ホッ…流石に空まで駆け上がられたら逃げ場がなかったわ――」
一先ず安全を手に入れたかと、私はそう胸をなで下ろし…そう口走る、その時…不意にさっきまでの戦闘の情景が蘇る。
――ゾッ!――
刹那、地上から物凄い魔力の放出が私へ向けられ…その瞬間、私は反射的に軌道を正反対の方向に変えて猛進する…その直ぐ後。
――ブンッ!――
私の真横を、ドス黒い魔力の塊が通り抜ける…もし仮に軌道を変えていなければ、今頃その魔力の弾丸によって己は鶏ミンチに成り果てていただろう。
――ブワッ!――
そんな感想も束の間、攻撃を外したと見るや否や、その化物馬は私への追撃を始め、凄まじい数の弾幕を私へ差し向ける。
「――チィッ、しつこいわね!」
そうして、私と化物馬の〝逃走劇〟は、望まれぬ幕を上げ…私は決死の回避を繰り広げながら悲鳴を上げて逃げ惑うのだった。




